しかもこの二人。 「熊の鼻先を叩け」という人がいるが、うまく叩けるものではない。 目に見えない奇妙な緊迫感が二 人の間に漂う。
(ため息をつきたいのはこっちのほうですよっ) 目の前の男にそう言えたら、どんなに楽なことか。 万が一熊に出会ったら(20m以上距離がある場合)、走らないで、熊の様子を窺いながら、熊から離れること。
香ばしい匂いが部屋中に漂う。
だらしなくソファに寝そべった速水は、緩めた襟元からネクタイを抜き取ろうとしている。
諦めきった表情で再びキッチンに立ち、軽食を作り出すマヤ。
苦心している様子を見て、マヤはやれやれとばかりにキッチンを離 れた。 (私は未経験だが)、側にのぼれる木があればのぼり逃げる。
「死んだふりをするなど論外(意識ある状態で、熊の爪や歯の攻撃にじっと耐えられる人間など誰もいない)」。
「何ですって!!!」 「何だと!!!」 一瞬で二人の間に火花が飛び散った。
まだまだ大人の女の魅力には程遠いだろう?」 「・・・」 「・・・」 まったく同時に、二人は顔を見合わせた。
羆は北海道では「山親父」、月輪熊は本州では「森の親父」と畏敬の念で俗称され、いずれも自然の元締め的存在で、日本の緊張感ある自然を創出している陸棲最大の獣達である。 やがて目指す部屋にたどり着くと、 放り投げるようにマヤをベッドに降ろした。 もしかして好きな人でもで きたんじゃないの?そう思いませんこと、速水社長?」 きわどい質問に、当の二人はびくりと肩を震わせた。
17ゴシップ誌やワイドショーに二人のバトル姿が披露されたのは一度や二度のことではない。
そして一気にシャツを脱ぎ捨てる と、青ざめ固まっているマヤに覆いかぶさった。
「もういい加減になさいませっ。
苦しまぎれにマヤはわめいた。
水を持ってきてくれ。
こうした衆目の集まる公式のパーティー 上で。
(もうっ。
「や、やめてやめてーっ。
マヤちゃんの新しいマンションここから徒歩で行 ける距離でしょ。 2:大雪山で単独熊と7? 以上のことは、過去の事例から明白である。 そんな経験を持つ私が実行し、他人にもすすめる熊の対策を紹介する。
10水城さんたら、冗談ばっかり。
しかし指先が もたつき、思うようにはずせない。
さらに、生塵は外に放置しない。
そんなこと!」 「何もここでしてくれって頼んでるわけじゃないのよ。
常ならば、今度こそ素直に なって彼の胸に飛び込みたいところであるが・・・。 またな、ちびちゃん」 「ええ。
ついでとばかりにちゃっかりと腰にまわされた手をつ ねる。
(嘘でしょ・・・っ。
「ああ、もう早くお迎えにきてよ~。
うぐぐと速水はうめき、再びソファに倒れこんだ。 「クマ用心」 私が熊(羆だが)に間近で出会った体験は、1:足寄で新生子のいる熊穴を覗きに行き、中を覗いた途端母熊に約60cmの距離から吠えられたこと。 キッチンで輸入品のチーズを切っていたマヤは、ぐっと包丁を握る手に力を込めた。
7お迎えにあがりました」 「な!何だ!?ど、どうして俺がマヤのベッドに・・・っ。 両種とも日本へは氷河期時代に海面の低下で(海水が雪の原料となり陸に堆積し、海水が減少したために)、日本列島とアジア大陸が数万年間陸続きとなった時に大陸から渡ってきて土着したもので、以来、人と同じ土地で生活している。
勘違いしないで下さい」 そう言って少しざらついた頬をなでる。
出没地に石灰粉を撒いて、足跡からその熊の挙動を監視して被害を起こす個体か否かを見極めるべきであろう。
<人家付近での熊の出没対策> 1940年代までは、民家では犬を普通のこととして、放し飼いしていたので、熊など野生獣は吠える犬を嫌って民家に近ずかなかったものだが、犬を繋留飼いするようになってから、民家に熊が近ずくことも稀でなくなった。
まったく世話が焼けることこの上ない。
喉が渇いた。 止めてください」 必死の形相で懇願するマヤに、うっすらと速水は微笑みかける。
毎回面 白おかしくメディアに取り上げられてはその事後処理に追われ、もはや気力もお肌もボロボロの今日 この頃だった。
しかし熊は環境的に樹林地を好む獣であり、奥山に熊の好む餌樹(ドングリ類、コクワ、ヤマブドウなど)を残し、樹を伐採し過ぎて山を明るくし過ぎなければ多くの熊は里に近づかないし、例え不用意に近づいてもまもなく立ち去るものである。
「や、やだなあ。
羆は冷涼な、月輪熊は温暖な気候を好む。 「---速水さん」 「ん?何だ・・・」 「冗談も休み休みにして下さい」 「・・・」 にっこり笑って、マヤは愛の言葉を跳ね返した。
8「時季により襲い方がちがう」 人に対する熊の襲い方は時季により2つに分けられる。
(も、もうだめ・・・!) 観念して眼を閉じるマヤ。
火傷するからあっちに行ってて下さい」 「嫌だ。
水城君の洞察力もちびちゃんにかかっては、その威力を失うらしいな。