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日産インテリジェントルームミラーが2020年春に次世代版、夜間の見え方改善

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1日付で日本電産に役員級3人が転職 モーター大手の日本電産は6月1日、日産自動車の元上級幹部3人を執行役員として迎えた。 日産で役員待遇の理事(VP)だった桜井隆幸氏、日産・ルノー三菱自動車の3社連合の共同購買組織でアライアンス・グローバル・ダイレクターを務め、本社物流調達部長も兼任していた村越慶太郎氏、インドネシア日産社長や中国の合弁会社・東風汽車で経営企画本部長だった泉田金太郎氏だ。 日産のナンバー3で副COOだった関潤氏も退社して4月1日付で日本電産社長に就任しており、日産で役員や役員ポストに近い上級幹部だった4人が立て続けに日本電産に転職したことになる。 桜井氏は日産で、今年4月1日付で理事に昇格したばかり。 国内営業などの日本事業担当だったが、経理部門が長く、会社のカネの流れを把握していると言われている人物だ。 また、村越氏が属していた購買部門は、内田誠社長も長く在籍していた経営トップの出身母体。 村越氏と内田氏は面識があるという。 泉田氏も、社長になる直前まで東風汽車総裁だった内田氏の直属の配下だった。 現社長に近く、日産の経営中枢で勤務していた上級幹部が同時に他社の執行役員で迎えられること自体が異常だ。 いくら職業選択の自由があり、転職が珍しくない時代であっても日産で「異変」が起こっていることは明らかだ。 組織マネジメント上、大きな問題があると見られても仕方ないだろう。 現に日産ではこの4氏以外にも「中枢で勤務する幹部社員が大量に退社する動きがある」(幹部)という。 そして社内ではいま、こう指摘されている。 「内田誠社長体制である限り日産の再生はない。 今のうちに逃げた方がいい」。 筆者も最近、日産の幹部社員が同様の主旨のことを同僚宛にメールで書いているのを見せてもらった。 リストラの先送り 前出・幹部は「私も辞めたい。 このままでは日産に未来はなく、いずれ20年前のように経営破綻寸前の危機がやってくる。 その要因は、抜本的なリストラを先送りしたからだ」と語る。 その幹部が指摘する「先送り」とは、次のようなものだ。 日産は5月28日、2020年3月期決算で最終損益が前年同期比で3191億円の黒字から6712億円の赤字になると発表。 この赤字規模は、カルロス・ゴーン氏が経営トップとして指揮した「リバイバルプラン」でリストラ費用の特別損失を計上して6843億円の最終赤字に陥った時に次ぐものだ。 今回の巨額赤字計上も6030億円の構造改革費用を計上したことによるものだ。 6030億円のうち固定資産の減損処理分が5220億円ある。 日産は11年度から6年間の予定で始めた中期経営計画「日産パワー88」で、市場占有率8%、営業利益率8%を掲げ、インドネシアやインドなど新興国で新工場の建設を推進したものの、新ブランド「ダットサン」などの商品が売れずに過剰設備となっていた。 今回の「コロナ危機」によって世界的に販売が落ち込んでおり、さらに生産能力が余剰となったことで、設備を削減するため減損処理を迫られた。 いわば「ゴーン時代の負の遺産処理」で巨額赤字に陥ったのだ。 20年度世界生産は最悪320万台か それを今回の構造改革で、18年度にグローバルで720万台あった生産能力を23年度までに540万台にまで落とす計画を立てた。 インドネシアやスペインの両工場を閉鎖する。 さらに、米ミシシッピ州にあるキャントン工場の生産能力削減も計画している。 日産が収益を確保できる損益分岐点が「工場の稼働率80%」。 工場の生産能力を540万台に落とせば、その8割の432万台生産すれば何とか利益を出せることになる。 しかし、実際の生産量はさらに落ち込むと予想される。 日産の19年度(19年4月~20年3月)のグローバル生産は前年度比14・5%減少の約458万台。 新年度に入って20年4月の生産台数は62・4%マイナスで、トヨタ、日産、ホンダの大手3社の中では日産の落ち込み幅が最も大きく、トヨタやホンダが北米工場の生産を再開したのに、日産はできていない。 現実を直視できない内田社長 こうした状況から見て、「20年度の日産の生産は350万台から良くて400万台の間。 最悪のケースで320万台くらいに落ち込む可能性がある」と、日産に主要部品を納入する下請け企業の幹部は明かす。 しかも生産能力を540万台に落とすのは23年度までで、20年度はまだ削減途上。 最悪320万台にまで落ち込めば、稼働率は50%そこそこの状態になる見通し。 これでは21年3月期も大幅な赤字が続き、追加のリストラは避けられないという見方が金融機関やアナリストの中でも支配的になっている。 実はこのリストラ計画、昨年12月末ころまでの情勢がベースとなっており、「コロナ危機」による落ち込みリスクがほとんど織り込まれていない。 さらにいえば、インドネシアやスペインの両工場の閉鎖は、西川廣人前社長時代に方針がほぼ固まっており、内田社長が主導した新しい計画ではない。 事業構造改革計画自体に目新しさが感じられなかった。 昨年12月の社長就任以来、半年が経過したが、その間、内田氏は成すすべもなく巨大企業を「漂流」させ始めてしまったようだ。 内田社長は28日のオンライン記者会見で「これはリストラ中心の計画ではない」と語り、現実を直視していないことが日産社内で不評を買った。 さらに記者発表直後に「私のプレゼンテーションはパーフェクトだった」と周辺関係者に語ったといい、一部の社内をあきれさせた。 社員たちには「危機感がなさすぎる」と映ったのであろう。 今回の構造改革は、誰が見てもリストラ計画だ。 しかも生産能力削減には付きものの人員削減については「この場では公表しない」と内田氏。 すでに日産社内から2万人から3万人の人員削減が避けられないといった声が出ているのに、である。 将来ビジョンなき日産 要は生き残りのためにもっと大胆な「外科手術」をしなければならず、多くの社員がそれを覚悟し始めているのに、経営トップがそれを躊躇しているのだ。 内田氏の考え方に直接触れ、経営のリアルな感覚や結果を把握できる立場にいる幹部は「これではだめだ」ということになる。 そして、そうした雰囲気が組織の末端にまで伝わり、社員は不安を一層募らせている。 リストラは苦しいが、それを乗り切れば何が待っているのか、経営者はビジョンを提示することも重要だ。 しかし、今回の日産の再建計画からはそれが見えなかった。 一方、日本電産は電気自動車(EV)の心臓部である「トラクションモーター(動力源のモーターとそれを制御するコンピューターと減速機が一体となったもの)」で世界制覇を目論むばかりか、自動車メーカーよりも力を持つと言われるドイツの「メガサプライヤー」のような企業への変貌を目指している。 このため、買収戦略を今後も強化していく方針だ。 日産版「ガダルカナルの戦い」か 日産から日本電産に転職すると給料は大きく下がるという。 しかし、転職した人たちはこうした日本電産の「野望」に人生を賭したのだと見られる。 期待値の違いは株式市場でも如実に表れている。 日本電産の売上高は日産の6分の1程度しかないが、企業価値を示す株式の時価総額は日本電産の4兆147億円に対して日産は1兆7385億円。 日産の2倍以上もある。 再建計画におけるリソースの逐次投入は必ず失敗する。 旧日本軍は太平洋戦争におけるガダルカナルの戦いで、米軍の戦力を見誤り、戦力を逐次投入したため、累計では敵を上回る2万人以上の将兵を投入しながら結局、大敗。 それを隠して撤退を「転進」と呼んだ。 企業経営でも同じだ。 リストラをリストラと呼ばず、その実態を直視せずに、再建計画が回らなくなる度に追加でリソースを投入していく企業は結局、今以上に深刻な経営危機に追い込まれるだろう。

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【日産新型キックス】276万円から!2020年6月30日日本発売!最新情報、e

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日産自動車の田崎祐一氏(プラットフォーム・車両要素技術開発本部 内外装技術開発部 内外装HMI開発グループ)は、開発パートナーであるパナソニックの担当者を前に話を切り出した。 これは、次世代インテリジェントルームミラーの開発の一幕。 日産が2016年に車両への搭載を始めた現行品に次ぐ3代目のプロジェクトを主導した田崎氏は、コスト削減策を検討した結果、開発費をパナソニックに支払わないという結論を導き出した。 この点を切り取ると「日産は非道だ」となるが、会話には続きがある。 田崎氏は、「日産との共同開発品だが、他の自動車メーカーに自由に売っていい」とパナソニックに提案したのだ。 日産だけでは量産規模を確保できず 通常、自動車メーカーが部品メーカーに開発費を支払うと、その成果物は他社には供給できない。 日産は、自社で次世代インテリジェントルームミラーを囲い込むのではなく、「他の自動車メーカーへの供給で量産規模を確保し、コストを低減する道を選んだ」(田崎氏)。 裏を返せば、日産単独では開発費を賄えるだけの量産規模を確保できないということでもある。 「CMOSイメージセンサーや画像処理チップなどの主要部品を一から新設計した」(田崎氏)ため、開発費は一気に膨れ上がった。 「完成までに3年間もかかってしまった」と反省する田崎氏。 それでも、多くの時間と資金を投じて誕生した次世代品は、他の自動車メーカーが頭を悩ませている問題を見事に解決している。 その問題が、「LEDフリッカー」と呼ばれるちらつき現象である。 LEDは高速に点滅している。 点滅周期とカメラのシャッターのタイミングが悪いと、画像ごとの明るさがばらばらになり、映像がちらつく( 図2)。

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セレナNISMOとセレナAUTECH(写真:日産自動車ニュースルーム) 日産自動車のサブブランド「NISMO(ニスモ)」と「AUTECH(オーテック)」。 どちらも日産グループの関連会社だ。 「NISMO」は、日産のモータースポーツ活動や、そのノウハウを活かしたチューニングパーツの開発などに携わるニッサン・モータースポーツ・インターナショナルの通称であり、「AUTECH」はもともと日産の少量限定生産車を含む特装車および部用品を手掛ける会社としてスタートしたオーテックジャパンに由来することは、自動車に少しでも詳しければご存じだろう。 なお、本稿ではブランドを指す場合を「NISMO」と「AUTECH」、会社を指す場合を「ニスモ」と「オーテック」と表記する。 「NISMO」と「AUTECH」を2枚看板に 少し前の話となるが、昨年秋、日産は日本国内の「NISMO」ロードカーラインナップの拡充と、新たなスポーティサブブランド「AUTECH」の投入を発表した。 東洋経済オンライン「自動車最前線」は、自動車にまつわるホットなニュースをタイムリーに配信! 記事一覧は 両社とも過去に自前のコンバージョン車をなんらかの形で世に送り出してきた実績があるのだが、それとは別に日産本体の商品ラインアップとして、「NISMO」と「AUTECH」を2枚看板として育てていくことを宣言した格好である。 「NISMO」ロードカーについては一足先に2013年に日産内で始動したニスモ・ビジネス・オフィスという部署により、「ジュークNISMO」を皮切りに、これまで日本市場向けには、「GT-R」「フェアレディZ」「ノート」「マーチ」、直近の「セレナ」など6車種を販売してきた。 一方のオーテックは、これまでは「AUTECH」ではなく、「ライダー」「アクシス」「モード・プレミア」「ボレロ」などの名称で量産車ベースのコンバージョン車を日産のカタログモデルとしてラインアップしてきた。 今後はそれが「AUTECH」に置き換えられていくことになり、初めてラインアップされたのが「セレナAUTECH」である。 ちなみにいまでは日産の顔のひとつとなっている「ハイウェイスター」も、そもそも最初に世に出たのは1995年8月にセレナの前身であるラルゴに設定されたオーテック扱いの特装車だった。 ところが、あまりに売れ行きが好調なため日産本体で完成車として生産されるようになったという経緯がある。

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