知っ て いる 奇跡 は 死ん で いる 歌詞。 Mrs. GREEN APPLE / 僕のこと:歌詞の意味を徹底解釈!応援歌を超えた人生賛歌。

僕のこと

知っ て いる 奇跡 は 死ん で いる 歌詞

YouTuber ユーチューバー ならぬ TikToker(ティックトッカー)という言葉を知った。 そんな人気アプリTikTokでは動画にBGMや曲が使用されていることが多く、 有名曲はもちろん、 無名曲や聞いたことのない曲もたくさん出てくる。 著作権まわりはどうなんだろう、大乗なのか?と思ったけど、一応JASRACは絡んでいるらしい。 BGMマニアのモヤ学ブログとしては ほぼ 若者しか利用(投稿)していないSNSで独自の進化をしているBGMで 今どんな曲が支持されているのかを雑に調査。 調査対象はTikTokの公式サイトで 「トレンド」または「人気急上昇中」の表示に出てきた楽曲をピックアップ。 結果、知らない曲ばっかりで自分の音楽の世界の狭さを痛感。 まずは邦楽から おさるのうた『生活』 「君がいない日々生活毎日は僕は越えられそうにないから〜」 の歌詞に合わせて恋人親友との写真をスライド表示させるムービー。 いきなり初見だ。 TikTok効果なのかYouTubeのこの動画の 再生回数は142万回。 この「おさるのうた」というアーティスト(?)の詳細は不明だけど、 朴訥で少し震えたような歌声が歌詞と妙にあっていてプロのような上手さはないのに自然と引き込まれる。 iri『会いたいわ』 この曲を使ったものは 恋人同士の影を使った動画が多かったけど特に決まっていないらしい。 iri• ヒップホップ/ラップ• provided courtesy of iTunes 神奈川県逗子市在住。 自宅にあった母のアコースティックギターを独学で学び、アルバイト先の老舗 JAZZ BAR で弾き語りのライブ活動を始め、2014 年、雑誌「NYLON JAPAN」と「Sony Music」が開催したオーディション「JAM」でグランプリを獲得。 HIP HOP 的なリリックとソウルフルでリヴァービーな歌声で、ジャンルレスな音楽を展開。 2017 年 3 月には、Nike Women「わたしに驚け」キャンペーンソングとなったシングル「Watashi」をリリース。 ドノヴァン・フランケンレイターやコリーヌ・ベイリーレイのオープニングアクトを務め、Chloe や VALENTINO のパーティーにてパフォーマンスを披露するなど、多方面から注目されている新進女性アーティストである。 iri 公式サイトより ここで初めて知ったiri Mrs. GREEN APPLE 『僕のこと』 「僕らは知っている奇跡は死んでいる」の歌詞が印象的 なんか挫折からの成功のショートムービーや感動的なシーンで多く使われている.

次の

僕のこと (Bokuno Koto)

知っ て いる 奇跡 は 死ん で いる 歌詞

音楽バラエティー番組『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)で披露するロジカルな歌詞解説が話題の作詞家いしわたり淳治。 この連載では、いしわたりが歌詞、本、テレビ番組、映画、広告コピーなどから気になるフレーズを毎月ピックアップし、論評していく。 今月は次の3本。 そちらもぜひ楽しんでいただきたい。 いしわたり淳治 今気になる三つのフレーズ 狩野英孝さんが音楽をやる時のアーティスト名である50TA。 かねて50TAのファンだったのだけれど、5月26日放送のテレビ朝日「ロンドンハーツ」で披露された新曲『ラブアース』が素晴らしかった。 あまりの衝撃で、何回もリピートして聞いてしまった。 何が素晴らしいかの説明のために、あえて歌詞をワンコーラス載せてみたいと思う。 『ラブアース』 誰かが言ってた雨雲の 先は青空が広がるって そんなあたり前な話 って思うくらいなら信じてみよ 子供の頃に夢見ていた 地球を救う正義のヒーロー それが実は今ボクらで 見えないテキと戦っている もしも雨や風の中で 進むべき道見失っても 自分を見失わない きっと笑えるその日まで ガンバって くいしばって 新しい道切り開く ふんばって 胸はって 感じた事ない力が 体中から あふれてくる 何コレ?すっごーい! 読んでお気づきの通り、最後の一行以外は特に珍しい言葉が出てくるわけでもなく、とてもクリーンな言葉選びがなされている。 でも、これは「世界を勇気付ける歌」というお題のもとで書かれた歌であるという性質上、ある意味で自然なことだと思う。 たくさんの人に当てはまるように書くということは、どうしても大きくて広い意味の言葉を使わざるを得ないから。 やはり特筆すべきは最後の「何コレ?すっごーい!」である。 まるで、それまでのお行儀の良い言葉たちが、長い前フリに聞こえてしまうような破壊力である。 こんなにもフリとオチが効いた歌は聞いたことがない。 聞いているこっちが、もう「何コレ?すっごーい!」である。 これまでにも自分を奮い立たせる歌は世界中にたくさんあって、「体の奥から力があふれてくる」みたいな内容の歌も、たくさんあったと思う。 でもそれらの歌はどちらかというと、これまでの自分の努力や挫折の日々を回想して、「こんな失敗もあった、こんな挫折もあった、流した涙は数えきれない、でも今、そのすべてが私の力になっている」という具合に、どのようにして今この力がみなぎったか、のプロセスの方にフォーカスするような内容が多かった気がする。 でもどうだろう。 料理番組でも、料理の作り方、プロセスだけを伝えて終わっているだろうか。 最後に出来上がった料理を皆で食べて、感想を言うところまでがひとつのパッケージではないだろうか。 視聴者としては、その料理の作り方もさることながら、最後の食レポ、感想を聞いて初めて「自分も作ってみようかな」と思うものではないだろうか。 その意味で、あふれてきた力の「プロセス」の部分だけを歌うのは、もしかしたら表現としては不完全だったのかもしれないと思った。 自分の体の奥からあふれてきた得体(えたい)の知れない力に対して、「何コレ? すっごーい!」と、食レポさながらに感想を述べるところまで、歌詞だって本来は書くべきだったのではないだろうかと、ふと思ったのである。 彼の本業であるお笑いというのはたぶん、自分がやりたいことをやりきることがゴールというよりも、誰かに笑ってもらうことがゴール、みたいな部分があると思う。 ドッキリにかけられて情けないほどジタバタしても、トークがうまく喋(しゃべ)れなくても、ネタがすべっても、どうあれ最終的に相手が笑ってくれたら、それはそれで正解、みたいなところがあると思う。 50TAの歌は一見するとふざけたものが多いのに、そこまで本人がふざけているようには思えず、むしろ不思議なくらい真剣さの方が伝わってくる。 笑われるなら笑われてもいいし、真っすぐにこの歌が届くなら、それもいい。 そんな気概を感じる、彼にしか作れない、素晴らしい二面性を持った歌だなと思った。 先日、「JAF Mate」という機関誌でその彼が書いているエッセーを目にした。 「幸せとは何か」というテーマで毎回違う人が書いているコーナーのようで、彼はその文章の中で、人生の節目に立ち会うことは多いし、人間心理の深い部分に触れることもあるけれど、期待されているほど人の幸せについて何か言えるようになっていないと言い、「幸せ」「不幸せ」ではなく、「ポジティブ」「ネガティブ」という表現なら、もう少し何か言えそうだ、と続けていくつか実際にあった依頼を例に挙げていた。 例えば、「一人だとただの暗い記憶にしかならなくて悔しい。 人をレンタルすることで、あのとき変な人と行ったなぁと、ちょっと変な思い出として残したい」という理由で、離婚届提出の同行の依頼があったのだそう。 これを読んで、なるほどと思った。 彼はエッセーの最後を「100パーセントのネガティブさを感じる状況であっても、一人の他者の存在を置くことで客観視できて、そこに数パーセントの面白みを見出すことができるのではないか」といった内容で、結んでいた。 たしかに、完全にプライベートな出来事の中に、赤の他人がいるという奇妙な状況は、自分で客観的に面白がったら、相当面白い。 人間の心理の深淵(しんえん)を覗(のぞ)き込むような彼の仕事の存在意義を初めて少し分かったような気がした。 6月13日放送のテレビ朝日『激レアさんを連れてきた。 』に「惜しまれながら休刊した伝説の雑誌『egg』を復活させた奇跡のギャル」として出演していた赤荻瞳さん。 高校時代に入ったギャルサークルの活動内容について話す中で、ギャルイベントの企画会議「ミーツ」の他に、「なごみ」という活動について話していた。 当時の彼女は365日なごんでいて、「今日何してなごむ?」みたいな感じだったそう。 この「なごむ」という表現がとてもいいなと思った。 大人になると「遊ぶ」という言葉に少し抵抗が出てくる。 例えば、誰かに「海に行って遊ぼうよ」と言われて出かけても、無邪気にビーチボールを追いかけるでもなく、誰かを砂に埋めてみるでもなく、なんとなく潮風に吹かれて無為に時間だけが過ぎて、気がつけば海の家でビールを飲んでいるだけだったりする。 これは「遊び」なのだろうかと思いながら。 そんな感じで、誰かを「今度、遊ぼうよ」なんて誘うのは、自分がもはや「遊び」とは何かがよく分からなくなってきている手前、少々気が引ける。 その代わりに口から出るのは、「飲みに行こう」だの「ご飯行こう」だのといった言葉になるのだけれど、それだって、厳密に言えば、酒が飲みたいわけでも、ご飯が食べたいわけでもない。 何がしたいかというと、つまりは「なごみ」たいだけなのである。 どこで何をしてなごむか。 大人の遊びとはすなわちそういうものなのではないかしら、とふと思った。 今はすっかりポケモンに夢中で、これはでんきタイプだ、みずタイプだ、しんかするだのしないだのと騒いでいる。 一日中ライダーベルトの電子音が鳴り響いていたあの頃が懐かしい。 ある日、仮面ライダードライブを演じていた竹内涼真さんがテレビに映っているのを見ていた5歳の息子がぼそっと、「ねえ、かめんライダーってホントにいるの?」と聞いてきた。 これは難しい質問だなと思って「本当にいると思う?」と聞き返すと、「んー、いるとはおもうけど、どっかとおいくににいるのかなあ、ってかんじ。 あんなかいじゅうも、じっさいにでてきたのをみたことないし」と言う。 「でも、ライダーショーに行くとライダーも怪獣も実際にいるじゃん?」と聞くと、「あれはぜったいなかにひとがはいってるでしょ。 あくしゅしても、てぶくろっぽいし」と言う。 なるほど。 もうすっかりヒーロー熱も冷めているようだし、これ以上噓(うそ)をつくのも何だなと思って、「仮面ライダーはいないんだよ。 映画みたいに、俳優さんがお芝居してるの。 だから、この俳優さんもほかのドラマとか映画に出てるでしょう?」と言うと、息子は目を丸くして固まってしまった。 鳩(はと)が豆鉄砲をくらった顔というのは、こういう顔のことを言うんだろうなと思った。 「びっくりした?」と聞くと、「うん、びっくりした。 やっぱりなあ……なんかへんだとおもってたんだよなあ……」とつぶやいた。 どうやら前々から過去のライダー俳優たちが普通にテレビに出ていて、一向に変身しないのを奇妙に感じていたのだそうだ。 しばらく暗い顔で沈黙したあと、息子はそれまでの表情とは一転、きらきらした顔で「じゃあ、せなもふつうのひとってこと?」と聞いてきた。 「せな」というのは、彼のお気に入りのキラメイグリーン(魔進戦隊キラメイジャー)の女の子の役名、速見瀬奈のことである。 「うん、瀬奈もただの女優さんだよ。 たぶん、この東京のどこかに普通に住んでるんじゃない?」と言うと、「えっ、じゃあ、けっこんできる?」と聞いてくる。 いや、それとこれとは話が別なんだけどな、と思いつつも「できるかもよ〜」と言うと、一人でデレデレしている。 ショックからの急激なポジティブへの発想の転換。 不思議な思考回路をしているなと思った。 よほど「結婚ってどういうことか分かってんの?」と聞こうかと思ったけれど、それは大人でも答えられない難問だからやめて、目の前のデレデレが止まらない生き物の肩を小突いては、しばらくこちらもニヤニヤした。 えへへ、いひひ、と。 あわせて読みたい いしわたり淳治 1997年、ロックバンドSUPERCARのメンバーとしてデビュー。 全曲の作詞とギターを担当。 現在オンエア中のコカ・コーラCM曲「世界はあなたに笑いかけている」(Little Glee Monster)や、情報番組『スッキリ』(日本テレビ系)のエンディングテーマ曲「Electric Kiss」(EXO)の作詞も担当するなど、さまざまな音楽ジャンルを横断しながら通算600曲以上の楽曲を手掛ける。

次の

僕のこと 歌詞 Mrs. GREEN APPLE ※ wmf.washingtonmonthly.com

知っ て いる 奇跡 は 死ん で いる 歌詞

さてさて、久しぶりですが新年一発目のブログの更新をしたいと思います! 今年の一発目は10代後半の中高生に大人気のロックバンド「ミセス」ことが2019年1月9日にリリースしたNewSingle『僕のこと』です。 について 楽曲は、2019年1月9日にリリースされた、の8枚目のシングル曲です。 というバンド名は印象も強くて前から聞き覚えがあったけれど、一体どんなバンド?と思っている方のために、楽曲の紹介に入る前にまずはの紹介です! 2013年に結成され、2015年にからメジャーデビューした5人組ロックバンド。 結成からわずか2年でメジャーデビューし、大森のハイトーンボイス・超Popなメロディや若者に寄り添った歌詞が、10代を中心に圧倒的な支持を得る。 特にドラマ『』の主題歌に抜擢された『WanteD! WanteD! 』は、流行している動画「Tik Tok」のダンスが話題に。 彼らのが広まるきっかけとなった。 自分はロックバンドのライブに毎週のように出かけていますが、 いわゆる音楽フェスの中でも「ミセス」のライブはとりわけ若い(10代くらいの)女子が多い気がします。 彼らの音楽の魅力については最後に少し触れますので、まずは新曲『僕のこと』について、その歌詞や楽曲の聴きどころを書いていきたいと思います! 2. ああ なんて素敵な日だ 幸せと思える今日も 夢敗れ挫ける今日も ああ 諦めず足宛いている 狭い広い世界で 奇跡を唄う 僕らは知っている 空への飛び方も 大人になるにつれ忘れる 限りある永遠も 治りきらない傷も 全て僕のこと 今日という僕のこと 得ては失う日々 意味はある? 伝わることのない想いもある だから僕は時々寂しくなる みんなもそうなら 少しは楽かな 僕だけじゃないと 思えるかな ああ なんて素敵な日だ 誰かを好きでいる今日も 頬濡らし眠れる今日も ああ 嘆くにはほど遠い 狭い広い世界で 僕らは唄う 冬に咲く花に 命が芽吹くよ 駆けるは 雪の大地 青すぎた春を 忘れずに居たいと 語るは 友との地図 駆けるは 人の旅路 僕らは知っている 奇跡は死んでいる 努力も孤独も 報われないことがある だけどね それでもね 今日まで歩いてきた 日々を人は呼ぶ それがね、軌跡だと ああ なんて素敵な日だ 幸せに悩める今日も ボロボロになれている今日も ああ 息をして足宛いている 全て僕のこと あの日の僕らのこと 僕と君とでは何が違う? それぞれ見てきた景色がある 僕は僕として、いまを生きてゆく とても愛しい事だ この曲は言葉選びが非常にストレートなため、聴き手の心にすっと入ってきます。 また、曲を構成する楽器が多いのも特徴の一つです。 ギター・ベース・ドラム・キーボードに加えて、 ストリングスやトランペット等が前面に立ったアレンジになっており、メロディに壮大な印象を与えています。 【1】1番Aメロ 僕と君とでは何が違う? おんなじ生き物さ 分かってる でもね、僕は何かに怯えている みんなもそうならいいな 歌詞は、「僕と君とでは何が違う?」という問いかけから始まります。 「僕」も「君」も同じ人間です。 【2】1番Bメロ がむしゃらに生きて誰が笑う? 悲しみきるには早すぎる いつも僕は自分に言い聞かせる 明日もあるしね。 見え方を気にせずにがむしゃらに生きていると、誰かに笑われるかもしれません。 そのたびに惨めな気持ちになりますが、悲しみに暮れて過ごすには早すぎます。 まだ自分には手つかずの「明日」という未来がある。 そうやって自分に言い聞かせて過ごしているのです。 【3】1番サビ ああ なんて素敵な日だ 幸せと思える今日も 夢敗れ挫ける今日も ああ 諦めず足宛いている 狭い広い世界で 奇跡を唄う 毎日悩んではつらい気持ちになるけれど、だからこそ「幸せ」と思える今日は幸せだし、自分の夢が破れた日も自分を成長させてくれるきっかけになるという意味でなくてはならないもの。 だからこそそんな毎日の中で、あきらめずもがいて、少しでも夢に近づこうとします。 僕らは知っている 空への飛び方も 大人になるにつれ忘れる 限りある永遠も 治りきらない傷も 全て僕のこと 今日という僕のこと 10代後半という青春時代は、まるで空への飛び方を知っているかのように、自分の夢に向かって羽ば時期。 我々は大人になるにつれて、そんなかけがえのない時間を忘れてしまいます。 【4】2番Bメロ 得ては失う日々 意味はある? 伝わることのない想いもある だから僕は時々寂しくなる みんなもそうなら 少しは楽かな 僕だけじゃないと 思えるかな 努力して何かを得ても、次にはそれを失ってしまうような毎日。 人はそんな毎日に、意味があるのかと考えてしまいます。 どんなに心を通わせているように見えても、完全に自分の気持ちが相手に伝わることはありません。 だから時々、「僕」は激しい寂しさに襲われます。 自分だけではなければ、少しは楽に思えるかもしれません。 【5】2番サビ ああ なんて素敵な日だ 誰かを好きでいる今日も 頬濡らし眠れる今日も ああ 嘆くにはほど遠い 狭い広い世界で 僕らは唄う 誰かを好きでいれることも、思いが伝わらずに涙するのも、それ自体は素敵なことです。 毎日そんな経験のできるこの世界は、嘆いてばかりの憂うべき世の中ではなく、面白く幸せな世の中かもしれません。 【6】Cメロ 冬に咲く花に 命が芽吹くよ 駆けるは 雪の大地 青すぎた春を 忘れずに居たいと 語るは 友との地図 駆けるは 人の旅路 青すぎた青春の記憶を忘れずにいたいと、友と語り合いながら、我々は人生という旅路を駆けていきます。 「冬に咲く花」は、ここではのサッカー選手のことを暗に示しているのかもしれません。 冬の雪の大地を駆けまわり、躍動する選手の姿が思い浮かびます。 (このCメロのメロディが、全体の中でもひときわ壮大で美しいですね。。 ライブでも一番鳥肌が立つ部分です。 本当に素晴らしいですね、、!) 【7】ラスサビ 僕らは知っている 奇跡は死んでいる 努力も孤独も 報われないことがある だけどね それでもね 今日まで歩いてきた 日々を人は呼ぶ それがね、軌跡だと 我々は「努力は必ず報われる」という言葉が必ずしも真実ではないことに、大人になるにつれて徐々に気づいていきます。 しかしそれでも、今日まで歩いてきた歩み(=「軌跡」)こそが、人生を形作るかけがえのないものになるのでしょう。 (奇跡と軌跡が掛かっていますね、、!) ああ なんて素敵な日だ 幸せに悩める今日も ボロボロになれている今日も ああ 息をして足宛いている 全て僕のこと あの日の僕らのこと 僕と君とでは何が違う? それぞれ見てきた景色がある 僕は僕として、いまを生きてゆく とても愛しい事だ 毎日、悩んでいることや、ボロボロになっていることそれ自体が幸せなことなのかもしれません。 もがきながら毎日を生きていることが、他でもない「僕」の人生を生きているということであり、それが過去になると「あの日の僕らのこと」になるのでしょう。 「僕」と「君」と、それぞれが歩んできた道のりがあります。 「僕」は「僕」の人生を生きればいい、それ自体がとても愛しいことだと「僕」は気づきます。 悩みながらも夢に向かって懸命に前に進もうとする、若者の青春をうたった「ミセス」らしい爽やかな一曲だったと思います。 例えば、1stSingle『Speaking』のこんな一節。 先生でも何にも知らない 親友でも何にも知らない 誰にも話す気はない? 僕には話してよ 『Speaking』 そもそも、「先生」や「親友」といった単語自体が、学校というコミュニティにいなければなかなか耳にすることの少ない言葉かもしれません。 先生はもちろん、仲の良い友達にすら話せないような悩みを、多感な思春期には誰しも持っていたものです。 そんな悩みを打ち明けられる人がいたらなぁという気持ちを全力で肯定し、「僕には話してよ」(話さなくてもよいけれど、ここではその気持ちに正直になってみなよ)と問いかけるの感覚は見事だなあと思います。 I can, You can, We can, って 耳にタコができるほど聞いた I love youの言葉だって どこから信じればいいの? 『StaRt』 「あなたならできる」なんていう言葉があふれていて、その言葉自体を信じられなくなってしまう。 「好き」というストレートな言葉だって、疑いたくなってしまう。 人生経験が少ないナイーブな思春期だからこそ、共感しやすい歌詞ですよね。。 (もう自分は歳をとってしまったので、割り切って考えられる部分もあり、こんな風には思わなくなってしまってます、、恐ろしい。 ) 恋が始まった 合図がした 今日を待ちわびた なんて良い日だ まだまだ終われないこの夏は 映画じゃない 君らの番だ 映画じゃない 僕らの青だ 『青と夏』 この夏は映画じゃなく、「僕らの青」だなんて、今は言えないけど、確かに学生時代には思っていたはず、、!夏休みが始まったばかりの頃に、今年の夏は何をしようかと考えるあの興奮も、照れくさいくらいまっすぐに歌にしちゃうのです。 まるでご飯と味噌汁のような(爽やかそうではないけどw)、黄金の取り合わせがあってこそ、は中高生の圧倒的支持を得ているのではないでしょうか。 さいごに さて、今年一発目のブログはでした。 2018年にも数々のアーティストがブレイクしたように、今年もまた新たなアーティストと出会えるのかと思うと楽しみですね! 今年もたくさんライブに行きたいと思います^^ trasheep.

次の