三代目 j soul brothers メンバー。 三代目J Soul Brothers人気順メンバーランキング最新版【2018】三代目で今一番人気なのは誰!?

EXILE、三代目J SOUL BROTHERS 岩田剛典さん 祖父も父も慶応、ダンスにもらった夢

三代目 j soul brothers メンバー

話を伺った人 岩田剛典さん パフォーマー・俳優 (いわた・たかのり)1989年生まれ、愛知県出身。 慶応義塾普通部、慶応義塾高等学校、慶応義塾大学法学部政治学科を卒業。 2010年に三代目 J SOUL BROTHERSのパフォーマーとしてデビュー。 現在はEXILEのメンバーでもある。 数々のドラマや映画にも出演。 10月から毎週月曜午後9時放送のドラマ「シャーロック」(フジテレビ系)に出演中。 祖父も父も慶応の出身だったので、物心ついたときから呪文のように「慶応に入りなさい」と言われてきました。 そのため小学校高学年になると塾に通い、家庭教師にもついてもらい、中学受験で慶応に入ることを目指しました。 受験は簡単じゃなくて、本当にいろいろな壁にぶち当たりましたし、悔しい思いもたくさんしました。 塾で成績ごとにクラス分けされることは、自分に対して価値をつけられているようでしたし、1番から100番まで成績順に名前と点数を貼り出されるのは大人に番号をつけられているような感覚でした。 一緒のクラスだった子がどんどんレベルの高いクラスに上がっていく一方で、自分はずっと同じ場所から抜け出せず焦ったり、その逆に成績が上がればそれをキープしないといけない不安にかられたり。 そして最終的には志望校に合格できるかできないかのどっちかしかない。 勝つか負けるかのスポーツマンシップみたいなところは、小学生にとっては本当にシビアだったなと思います。 そして、無事合格して、地元・名古屋を離れて、母親と一緒に東京で暮らし、中学から慶応に通うことになりました。 だから中学ではバスケット部と空手部を掛け持ちしました。 だけど部活としてはあまりやる気がでなくて、頑張りきれなかった。 だから高校では、身をささげるぐらいがっつり部活をやってやろうと決めて、ラクロス部に入部しました。 選んだ理由は、ラクロス部は高校からしかなかったのでみんなスタートラインが同じだったからです。 だからその中で頑張ればレギュラーを目指せるかなって。 部活に打ち込んだ結果、U19の日本代表候補に選んでもらえました。 当時、一緒に部活を頑張っていた同級生と、デビッド・ラシャペルの「RIZE」という映画を見に行ったんです。 そのダンスの動きに衝撃を受けました。 「RIZE」では、クランプというダンスが登場するんですが、そのダンスがなぜ生まれたのかというルーツにあたる部分も描かれています。 そこにも僕は心を打たれました。 そしてクランプを踊れるようになりたいと。 人前で初めてダンスを踊ったのが、高校3年生の文化祭でした。 高校生にとって文化祭は一大イベントですよね。 慶応高校の文化祭は、他校からもたくさん遊びにきてくれたり、有名人がゲストにきたり、とても盛り上がります。 仲間とチームを組んで「華々しいステージにしようぜ!」と文化祭のステージを目標に、部活を引退した後、独学でダンスの猛練習を始めました。 そして、ステージに立ったときの高揚感は一生忘れられません。 部活でレギュラーになって試合に勝つという喜びは、いわゆるスポーツの喜びだと思うんですけれど、ダンスを通してちょっと違う角度での注目のされ方を味わったんですよね。 そこでひとつスイッチが入って、大学ではラクロス部の誘いもあったのですが、ダンスをやろうと高校を卒業するころには決めていました。 サークルの代表として同期や先輩とのパイプ役となれたのもいい経験です。 でもダンスサークルをやっているときは、ダンスを職業にするとは1ミリも考えておらず、社会人になったら趣味になるだろうな、というスタンスでした。 ダンスで食べていけるとは考えていなかったですし、就職することで初めて学業ではない、社会人としての新しい人生がはじまるんだと考えていました。 就職活動もしっかりやり、大学4年生の4月にはある企業から内定もいただいていました。 状況が一変したのが、大学4年生の夏休みです。 ダンスを通して知り合った現在の三代目J SOUL BROTHERS のメンバーのひとり、小林直己さんから、三代目のオーディションがあるから受けてみたらと誘われたんです。 その当時はEXILE以外で、ダンスでアーティストとして表舞台で活躍している人は少なかったですし、そのEXILEの弟分のグループメンバーを募集しているというのですから、迷います。 結果はどうなるかわからないけれど、受けてみたいと思いました。 人生二度とないギャンブルでしたね。 そして、オーディションに合格しました。 親には、時間とお金をかけて、ある意味つくってもらった道を裏切るようなことをしているなとも思いました。 けれど、芸能界という世界に入ると決めたときの心境はなんともいえないものがあります。 かっこよく踊りたいと憧れたダンスに、僕は夢をもらったんです。 就職の内定を辞退して芸能界に入ることに、親は猛反対でした。 例えば小学生のときは、いい成績をとって親にほめてもらうことがモチベーションにつながっていて、僕はそういうことで頑張って生きてきた。 でも、大学を卒業するときは、それまでの反動なのか、全部自分で決めましたね。 子どものころに受験した経験は、今の仕事でも生きています。 自分の目標にむかってエネルギーを使うとき、常に前の自分よりいい自分であるために頑張ることができる基盤になっていると思うんですよね。 愛校心をすごく感じます。 そして一生の友だちをみつけられる学校かもしれません。 僕自身、中学から大学まで慶応で過ごしたなかで、長い付き合いになっていくだろうという友人がつくれました。 また仲間たちは本当に幅広い職種の仕事をしているし、活躍のフィールドも国内だけにとどまらないので、久しぶりに会って話を聞くと本当に面白いんですよ。 僕の仕事も刺激的です。 僕はいまドラマ「シャーロック」に出演していて、シャーロックの相棒ワトソン役を演じています。 僕が初めてドラマに出演したのが5年前。 その頃に比べると芝居の経験も増えた分だけ想像力も増したと思うので、ワンシーンワンシーン、このシーンはどう演じようかなとしっかり考えながら演じることを楽しんでいます。 ディーン・フジオカさん演じるシャーロックに振り回されながらも軽快にかけあう様子にクスッと笑ってもらえたらと思っています。

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三代目 J Soul Brothersのメンバー7人の人気順とプロフィール【2020最新版】

三代目 j soul brothers メンバー

2014年レコード大賞を受賞した三代目J Soul Brothers。 レコード大賞受賞曲「R. 」は2014年大ヒットした。 EXLIEの弟分としてめまぐるしい活躍を見せている三代目J Soul Brothers。 ライブや音楽番組はもちろんのこと、バラエティやドラマなど幅広い活動をしている。 今回は三代目J Soul Brothersメンバー7人のプロフィールを掲載。 次世代のEXILE一族を担うメンバーとして彼らは今もっとも輝いている7人である。 三代目という表記について なんで三代目なの? なぜ三代目なの?と疑問に持つ人が大勢いるだろう。 ファンなら当たり前に知っていることでも、レコード大賞を取った今、三代目J Soul Brothersの名は全国に広まった。 そこで皆が疑問に思うのは三代目ってどうゆうこと?ということ。 三代目とは? EXILEのHIROが1999年に「J Soul Brothers」を結成したのが始まりである。 つまりこれが一代目。 「J Soul Brothers」は2001年に「EXILE」に改名し、ここからEXILEの活動が本格的に始まる。 二代目が発足したのは2007年のこと。 これもHIROプロデュースの元作られた。 現三代目のメンバーであるNAOTO、 NAOKIはこの頃からメンバーである。 2009年に二代目のメンバーはすべてEXILEメンバーとなり活動を終了する。 三代目が発足したのは2010年のこと。 NAOTOとNAOKIを筆頭に新メンバーで新体制での活動を開始した。 2012年に紅白歌合戦に初出場を果たしている。 そして2014年、念願のレコード大賞を受賞。 それでは今を輝く三代目J Soul Brothersのメンバーをご紹介。 7人のメンバープロフィール。 NAOTO(ナオト) 1983年8月30日生まれ、身長169センチ、B型。 三代目J Soul Brothersをまとめあげるリーダーであり、パフォーマーである。 高校のときにダンス部に所属し、高校3年のときに部長を務めそこからダンスに目覚めることとなる。 2004年にはブリトニー・スピアーズの振り付け師の指導を受け、浜崎あゆみなどのバックダンサーとして活躍する。 浜崎あゆみのPVなどにも多数出演している。 アシャンティやミッシー・エリオットの日本での公演に出演した経験を持つ。 ダンサーとしては1流の技術の持ち主。 J Soul Brothersに加入したのは2007年のこと。 2009年にはEXILEにも加入。 お昼のバラエティ「バイキング」の火曜MCとしてEXILEのTKAHIROと週替りで出演していた。 最近では石原さとみ主演のドラマ「ディアシスター」にも出演した。 小林直己(こばやし なおき) 1984年11月10日生まれ、千葉出身、O型。 NAOTOと同じく、三代目J Soul Brothersのリーダー。 三代目J Soul Brothersにはリーダーが2人いる。 そしてパフォーマーである。 頭も良く、法政大学に入学するも、ダンスで生きていくという夢のために大学を中退する。 学生の頃はバスケ部及び合唱部に所属。 高校生の頃には歌手への夢を抱いていたためボイストレーニングを行なっていた。 ギターも弾くことができ、三代目J Soul Brothersのツアーではギターの演奏を披露している。 2006年にEXILEのAKIRAと出会ったのがきっかけで、EXILE一族の一員となる。 J Soul Brothersに加入したのは2007年のこと。 2014年7月までNAOKIという表記にしていたが、EXILE第4章開幕と同時に本名の小林直己の表記にした。 ELLY(エリー) 1987年9月21日生まれ。 本名はエリオット・ロシャード・昂矢。 出身地は意外にも青森県。 身長172cm。 母親は日本人だが、父親がアメリカ人であり、元OPBFスーパーウェルター級王者のカーロス・エリオット。 父親ゆずりの肉体性で小学生の頃からボクシングとバスケや野球に明け暮れる。 ダンスを始めたのは中学生の頃で、完全独自のスタイルで踊っていた。 高校時代に再び野球に明け暮れ、野球選手を目指すようになるが、クラブでNAOTOのダンスチーム「SCREAM」を見てからダンスの世界に憧れを持つようになる。 野球とダンスの練習を両立し続け、睡眠時間もけずり、毎日2,3時間しか寝ない日も少なくなかったという。 大学を中退し、ダンス1本で生きていくことを決める。 クラブイベントに積極的に参加するようになり、「THE TEAM」を結成。 三代目J Soul Brothersに加入したのは2010年のことである。 久保田利伸や黒木メイサのPVに出演している。 2009年の紅白歌合戦 SMAP「マイケル・ジャクソン追悼スペシャルステージ」にダンサーとして出演している。 山下健二郎 やました けんじろう 1985年5月24日、京都府出身。 三代目J Soul Brothersではパフォーマーを務める。 身長179cm。 EXPG(EXILE PROFESSIONAL GYM)出身であり、インストラクターをしていた経歴を持つ。 EXPGとはEXILEが所属する事務所LDHが運営しているダンススクール。 関西出身ということもあり、USJでダンサーとして務めていたこともある。 ヒューマンビートボックスを行うことができる。 2009年にEXILEのオーディションに合格。 2010年にHIROにより三代目J Soul Brothersのメンバーとして加入を告げられた。 好きな言葉は「One for All, All for One」 岩田剛典 (いわた たかのり) 1989年3月6日、愛知県出身。 三代目J Soul Brothers及びEXILEのメンバー。 三代目J Soul Brothers随一の高学歴であり、慶応義塾大学法学部卒業。 大学時代はダンスサークル「Dancing Crew JADE」の部長を務めていた。 2005年公開の映画「RIZE」に衝撃を受けKRUMPを独学で始め、2010年KRUMPの全国大会「KING OF BUCK」で優勝した。 KRUMPとはストリートダンスのひとつ。 KRUMPの創始者Tight Eyezらにも認められ、「STREET KINGDOM JAPAN」のメンバーとなる。 2010年にNAOKIに誘われて、三代目J Soul Brothersのパフォーマー候補者とり、その後HIROにより正式加入が発表された。 その容姿端麗さから単独写真集「G 岩田剛典 三代目J Soul Brothers from EXILE TRIBE」をリリースしている。 2014年4月には映画「クローズEXPLODE」で映画初出演を果たした。 更に同時期にEXILEに正式加入した。 ファンからは「がんちゃん」と呼ばれている。 今市隆二(いまいち りゅうじ) 1986年9月2日、京都府出身、神奈川県川崎育ちのA型。 身長は175cm。 3人兄弟で兄と妹がいる。 三代目 J Soul Brothersではボーカルを務めている。 2006年、オーディション「VOCAL BATTLE AUDITION 2006 〜ASIAN DREAM〜」を受けるもあえなく2次審査で落選。 その後、2010年行われた「VOCAL BATTLE AUDITION 2 〜夢を持った若者達へ〜」を受け見事合格し、三代目 J Soul Brothersへ加入が決まる。 オーディションで歌った曲は徳永英明の「Rainy Blue」やEXILEの「Change My Mind」 三代目 J Soul Brothersでは欠かせないボーカルである。 登坂広臣(とさか ひろおみ) 1987年3月12日、東京都出身のA型。 身長178cm。 今市隆二と同じく、三代目 J Soul Brothersではボーカルを務めている。 三代目のボーカルはこの今市と登坂の2人。 小学生から高校まで一貫してサッカーをしていた経歴を持つ。 サッカー日本代表の柿谷曜一朗とは友人である。 2010年に行われたオーディション企画「VOCAL BATTLE AUDITION 2 〜夢を持った若者達へ〜」に参加し、今市とともに合格した。 その後三代目のボーカルとして加入。 オーディションで歌った曲はSMAPの「らいおんハート」やEXILEの「Fly Away」 記憶に新しい能年玲奈主演、主題歌は尾崎豊が務めた映画「ホットロード」で俳優デビューを果たしている。 関連リンク ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・.

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三代目J Soul Brothers人気順メンバーランキング最新版【2018】三代目で今一番人気なのは誰!?

三代目 j soul brothers メンバー

話を伺った人 岩田剛典さん パフォーマー・俳優 (いわた・たかのり)1989年生まれ、愛知県出身。 慶応義塾普通部、慶応義塾高等学校、慶応義塾大学法学部政治学科を卒業。 2010年に三代目 J SOUL BROTHERSのパフォーマーとしてデビュー。 現在はEXILEのメンバーでもある。 数々のドラマや映画にも出演。 10月から毎週月曜午後9時放送のドラマ「シャーロック」(フジテレビ系)に出演中。 祖父も父も慶応の出身だったので、物心ついたときから呪文のように「慶応に入りなさい」と言われてきました。 そのため小学校高学年になると塾に通い、家庭教師にもついてもらい、中学受験で慶応に入ることを目指しました。 受験は簡単じゃなくて、本当にいろいろな壁にぶち当たりましたし、悔しい思いもたくさんしました。 塾で成績ごとにクラス分けされることは、自分に対して価値をつけられているようでしたし、1番から100番まで成績順に名前と点数を貼り出されるのは大人に番号をつけられているような感覚でした。 一緒のクラスだった子がどんどんレベルの高いクラスに上がっていく一方で、自分はずっと同じ場所から抜け出せず焦ったり、その逆に成績が上がればそれをキープしないといけない不安にかられたり。 そして最終的には志望校に合格できるかできないかのどっちかしかない。 勝つか負けるかのスポーツマンシップみたいなところは、小学生にとっては本当にシビアだったなと思います。 そして、無事合格して、地元・名古屋を離れて、母親と一緒に東京で暮らし、中学から慶応に通うことになりました。 だから中学ではバスケット部と空手部を掛け持ちしました。 だけど部活としてはあまりやる気がでなくて、頑張りきれなかった。 だから高校では、身をささげるぐらいがっつり部活をやってやろうと決めて、ラクロス部に入部しました。 選んだ理由は、ラクロス部は高校からしかなかったのでみんなスタートラインが同じだったからです。 だからその中で頑張ればレギュラーを目指せるかなって。 部活に打ち込んだ結果、U19の日本代表候補に選んでもらえました。 当時、一緒に部活を頑張っていた同級生と、デビッド・ラシャペルの「RIZE」という映画を見に行ったんです。 そのダンスの動きに衝撃を受けました。 「RIZE」では、クランプというダンスが登場するんですが、そのダンスがなぜ生まれたのかというルーツにあたる部分も描かれています。 そこにも僕は心を打たれました。 そしてクランプを踊れるようになりたいと。 人前で初めてダンスを踊ったのが、高校3年生の文化祭でした。 高校生にとって文化祭は一大イベントですよね。 慶応高校の文化祭は、他校からもたくさん遊びにきてくれたり、有名人がゲストにきたり、とても盛り上がります。 仲間とチームを組んで「華々しいステージにしようぜ!」と文化祭のステージを目標に、部活を引退した後、独学でダンスの猛練習を始めました。 そして、ステージに立ったときの高揚感は一生忘れられません。 部活でレギュラーになって試合に勝つという喜びは、いわゆるスポーツの喜びだと思うんですけれど、ダンスを通してちょっと違う角度での注目のされ方を味わったんですよね。 そこでひとつスイッチが入って、大学ではラクロス部の誘いもあったのですが、ダンスをやろうと高校を卒業するころには決めていました。 サークルの代表として同期や先輩とのパイプ役となれたのもいい経験です。 でもダンスサークルをやっているときは、ダンスを職業にするとは1ミリも考えておらず、社会人になったら趣味になるだろうな、というスタンスでした。 ダンスで食べていけるとは考えていなかったですし、就職することで初めて学業ではない、社会人としての新しい人生がはじまるんだと考えていました。 就職活動もしっかりやり、大学4年生の4月にはある企業から内定もいただいていました。 状況が一変したのが、大学4年生の夏休みです。 ダンスを通して知り合った現在の三代目J SOUL BROTHERS のメンバーのひとり、小林直己さんから、三代目のオーディションがあるから受けてみたらと誘われたんです。 その当時はEXILE以外で、ダンスでアーティストとして表舞台で活躍している人は少なかったですし、そのEXILEの弟分のグループメンバーを募集しているというのですから、迷います。 結果はどうなるかわからないけれど、受けてみたいと思いました。 人生二度とないギャンブルでしたね。 そして、オーディションに合格しました。 親には、時間とお金をかけて、ある意味つくってもらった道を裏切るようなことをしているなとも思いました。 けれど、芸能界という世界に入ると決めたときの心境はなんともいえないものがあります。 かっこよく踊りたいと憧れたダンスに、僕は夢をもらったんです。 就職の内定を辞退して芸能界に入ることに、親は猛反対でした。 例えば小学生のときは、いい成績をとって親にほめてもらうことがモチベーションにつながっていて、僕はそういうことで頑張って生きてきた。 でも、大学を卒業するときは、それまでの反動なのか、全部自分で決めましたね。 子どものころに受験した経験は、今の仕事でも生きています。 自分の目標にむかってエネルギーを使うとき、常に前の自分よりいい自分であるために頑張ることができる基盤になっていると思うんですよね。 愛校心をすごく感じます。 そして一生の友だちをみつけられる学校かもしれません。 僕自身、中学から大学まで慶応で過ごしたなかで、長い付き合いになっていくだろうという友人がつくれました。 また仲間たちは本当に幅広い職種の仕事をしているし、活躍のフィールドも国内だけにとどまらないので、久しぶりに会って話を聞くと本当に面白いんですよ。 僕の仕事も刺激的です。 僕はいまドラマ「シャーロック」に出演していて、シャーロックの相棒ワトソン役を演じています。 僕が初めてドラマに出演したのが5年前。 その頃に比べると芝居の経験も増えた分だけ想像力も増したと思うので、ワンシーンワンシーン、このシーンはどう演じようかなとしっかり考えながら演じることを楽しんでいます。 ディーン・フジオカさん演じるシャーロックに振り回されながらも軽快にかけあう様子にクスッと笑ってもらえたらと思っています。

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