[12] 以上述べたところによれば、本件条例3条3号の「交通秩序を維持すること」という規定の明確性の判断は、その文言自体に即して行なうべきであることが明らかであつて、原判決のように道路交通法による規制との関係から、本件条例3条3号の規定に限定解釈をほどこしたうえ、その明確性を判断するのは誤りであるといわねばならない。
2そして、そのような基準が読みとれるかどうかについて最も重視されるべきものが、当該規定の文言自体であることは、多言を要しない。
そうすると、 右罰則が法定刑として道路交通法には定めのない禁錮刑をも規定し、また懲役や罰金の刑の上限を同法より重く定めていても、それ自体としては合理性を有するものということができるのである。
[5] けだし、一般国民(徳島市の住民および滞在者一般)が本条例の規定によつて表現の自由の関係で萎縮的ないし抑止的影響を受けていたかどうか、また、現に受けているかどうかは、本件の審理の対象外とされるべきではないかとも考えられるからである。
ところが、思想表現行為としての集団行進等は、前述のように、これに参加する多数の者が、行進その他の一体的行動によつてその共通の主張、要求、観念等を一般公衆等に強く印象づけるために行うものであり、専らこのような一体的行動によつてこれを示すところにその本質的な意義と価値があるものであるから、これに対して、それが秩序正しく平穏に行われて不必要に地方公共の安寧と秩序を脅かすような行動にわたらないことを要求しても、それは、右のような思想表現行為としての集団行進等の本質的な意義と価値を失わしめ憲法上保障されている表現の自由を不当に制限することにはならないのである。
全国のいわゆる公安条例の多くにおいては、集団行進等に対して許可制をとりその許可にあたつて交通秩序維持に関する事項についての条件の中で遵守すべき義務内容を具体的に特定する方法がとられており、また、本条例のように条例自体の中で遵守義務を定めている場合でも、交通秩序を侵害するおそれのある行為の典型的なものをできるかぎり列挙例示することによつてその義務内容の明確化を図ることが十分可能であるにもかかわらず、本条例がその点についてなんらの考慮を払つていないことは、立法措置として著しく妥当を欠くものがあるといわなければならない。 さて、この最高裁の判決であるが、本当に適当であったのだろうか。
1なお、附則第2条によれば、施行されて以後購入された興行入場券が対象ですから、転売できないことを前提としており、この点からも制約は観念できないといえます。 そして右の解釈を前提として、原判決は、本件条例3条3号の規定を犯罪構成要件として不明確であるとしているものと解される。
これに対し徳島市公安条例が対象とする集団行動は、表現の自由として憲法上保障されるべき要素を有するのであるが、単なる言論、出版等によるものと異なり、多数人の身体的行動を伴うものであって、多数人の集合体の力、つまり潜在する一種の物理的力によつて支持されていることを特徴とし、したがって、それが秩序正しく平穏に行われない場合にこれを放置するときは、地域住民又は潜在者の利益を害するばかりでなく、地域の平穏をさえ害するに至るおそれがあるから、本条例は、このような不測の事態にあらかじめ備え、かつ、集団行動を行う者の利益とこれに対立する社会的諸利益との調和を図るため、集団行進等につき事前の届出を必要とするとともに、集団行進等を行う者が遵守すべき事項を定め、遵守事項に違反した集団行進等の主催者、指導者又はせん動者に対し罰則を定め、もつて地方公共の安寧と秩序の維持を図つているのである。
さらに、1965年には、集団行進やピケツテイング等の表現活動は行動と表現との混合であり、行動の面がもたらす実質的な弊害を防止するために裁判所近くでの集団示威運動を処罰することは合憲であるとされ、1968年には、公衆の面前で徴兵カードを焼却したいわゆる象徴的行動の事件について、言論と非言論とが同一の行動に結合している場合に、非言論の面を規制することにつき十分な国の利益が認められるならば、これに付随した表現の自由が制約されても違憲ではないとされた。
最高裁は、ある刑罰法規が、曖昧不明確ゆえに憲法第31条に違反するかどうかの基準として、「 通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうか」で判断するとしました。
1.芦部説によれば、刑罰法規の明確性判断の場合、常に A B の文面上判断を行うべきと考えるのでしょうか? 2.そうだとして、芦部先生は漠然不明確性が除去されないならば、当該行為が A に属する場合でも B に属する場合でも文面上無効となるという考えなのでしょうか? 3.「明らかに規制の範囲外の部分 C 」を想定するとして 例えば本件でいえば「集団行動に不可避的に随伴する行為」 、争われている行為が C に属する場合、芦部説によれば文面上無効判決を出せるのでしょうか 以上です。 そして、通常の判断能力を有する一般人が、具体的場合において、自己がしようとする行為が右条項による禁止に触れるものであるかどうかを判断するにあたつては、その行為が秩序正しく平穏に行われる集団行進等に伴う交通秩序の阻害を生ずるにとどまるものか、あるいは殊更な交通秩序の阻害をもたらすようなものであるかを考えることにより、通常その判断にさほどの困難を感じることはないはずであり、例えば各地における道路上の集団行進等に際して往々みられるだ行進、うず巻行進、すわり込み、道路一杯を占拠するいわゆるフランスデモ等の行為が、秩序正しく平穏な集団行進等に随伴する交通秩序阻害の程度を超えて、殊更な交通秩序の阻害をもたらすような行為にあたるものと容易に想到することができるというべきである。
5ところで、1項は、普通地方公共団体は法令に違反しない限りにおいて2項の事務に関し条例を制定することができる、と規定しているから、普通地方公共団体の制定する条例が国の法令に違反する場合には効力を有しないことは明らかであるが、条例が国の法令に違反するかどうかは、両者の対象事項と規定文言を対比するのみでなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾牴触があるかどうかによつてこれを決しなければならない。 判決の概要 破棄自判。
公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品は、輸入してはならない。
原告・被告人などが、法令の規制対象が広すぎることを根拠に違憲無効を主張する場合(= 過度の広汎性ゆえ無効を主張する場合)、合憲限定解釈が可能であることを根拠に、その主張を退けます。
[5] 右の点を付加するほかは、われわれは裁判官団藤重光の補足意見に同調する。
というにある(罪名は、集団行進及び集団示威運動に関する徳島市条例違反《以下右条例を「本件条例」という》および道路交通法違反、罰条は、同条例3条3号、5条、道路交通法77条3項、119条1項13号、徳島県道路交通施行細則《昭和35年徳島県公安委員会規則第5号、ただし昭和40年徳島県公安委員会規則第6号による改正後のもの》11条3号)。 また、チケットの流通市場が全国に存在していることから、全国規模での一律な規制が求められているとも考えられます。
6ただし、については同一に対して2件し、にされていない同日に言い渡されたもう一は(あ)第1176号は、787号42頁・327号143頁にされ. 特に表現の自由の保障の観点(前述の行為規範の観点)から、明確性を欠く規制はそれだけで違憲とすべきとの学説もあるし、同判決において高辻裁判官が明確性について多数意見とことなり明確性の要件を満たしているところに疑問を呈している。 [6] 他方、本条例は、1条において、道路その他公共の場所で集団行進を行おうとするとき、又は場所のいかんを問わず集団示威運動を行おうとするときは、同条1号、2号に該当する場合を除くほか、徳島市公安委員会に届け出なければならないとし、3条において、 「集団行進又は集団示威運動を行おうとする者は、集団行進又は集団示威運動の秩序を保ち、公共の安寧を保持するため、次の事項を守らなければならない。
例えば、高松地判昭和43・5・6下10巻5号567頁など。
当裁判所の従来からの判例が、このような類型の規制について、適正な利益較量の手法により、大阪市屋外広告物条例(昭和43年12月18日大法廷判決・刑集22巻13号1549頁)、他人の家屋その他の工作物にはり紙をすることを禁止する軽犯罪法1条33号(昭和45年6月17日大法廷判決・刑集24巻6号280頁)、公務員の政治活動の禁止(・刑集28巻9号393頁、694頁、743頁)などを合憲と判断したことは、このような考慮がめぐらされたものと解されるのである。
徳島市公安条例事件 また、裁判所によって合憲限定解釈がなされた事件として、徳島市公安条例事件が挙げられます。
3 交通秩序を維持すること。
上記規定は、その文言だけからすれば、単に抽象的に交通秩序を維持すべきことを命じているだけで、いかなる作為、不作為を命じているのかその義務内容が具体的に明らかにされていない。 もっとも、本条例5条は、3条の規定に違反する集団行進等の主催者、指導者又はせん動者に対して1年以下の懲役若しくは禁錮又は5万円以下の罰金を科するものとしているのであつて、これを道路交通法119条1項13号において同法77条3項により警察署長が付した許可条件に違反した者に対して3月以下の懲役又は3万円以下の罰金を科するものとしているのと対比するときは、同じ道路交通秩序維持のための禁止違反に対する法定刑に相違があり、道路交通法所定の刑種以外の刑又はより重い懲役や罰金の刑をもつて処罰されることとなつているから、この点において本条例は同法に違反するものではないかという疑問が出されるかもしれない。
当時の道路交通法において、道路使用許可の条件についての違反の罰則が3月以下の懲役又は3万円以下の罰金に処する旨の罰則を定めていたのに対し、 「徳島市公安条例」における条例違反における罰則が1年以下の懲役若しくは禁錮又は5万円以下の罰金に処するとされており、 法律より条例のほうが重い罰則が定められおり、このような条例が許されるのか、同条例の文言の明確性について争われました。
本条例は、集団行進等が表現の一態様として上保障されるべき要素を有することにかんがみ、届出制を採用し、集団行進等の形態が交通秩序に不可避的にもたらす障害が生じても、なおこれを忍ぶべきものとして許容しているのであるから、本条例三条三号の規定が禁止する交通秩序の侵害は、当該集団行進等に不可避的に随伴するものを指すものでないことは、極めて明らかである。
それは、一個の解釈としては間然するところがないが、そのような解釈をもつて、直ちに、通常の判断能力を有する一般人である行為者が、行為の当時において、理解するところであるとすることができようか。
)における、条例違反における罰則が1年以下の懲役若しくは禁錮又は5万円以下の罰金に処するとされており、法律より条例のほうが重い罰則が定められていることから、このような条例が許されるのかや同条例の文言の明確性について争われた事件であり、特に、法律と条例制定権の範囲について示した判例として著名である。
百選の周辺部分についての解説は、たんに判例の射程をとらえる意味合いで書かれているのではないでしょうか。
徳島市公安条例では、「交通秩序を維持すること」との文言が問題となりました。
2号、刃物棍棒その他、人の生命及び身体に危害を加えるに使用される様な器具を携帯しないこと。
[4] 二 第二は、犯罪構成要件の明確性に関する問題である。
どの文言の話なのか、そもそも条文が適用するか否かの話なのか、問題の所在を適切に示すことで、より理解が伝わる答案になります。 1 本件条例3条3号は、条文の規定自体、内容が明確である。
個別意見• 」の条件が付されていたにもかかわらず、これに違反したものである。
禁止行為に例示を設け、それによつて、禁止される行為が、例示の行為のほかには、それと同等程度の行為だけに限られるとする基準が示されている場合とは、場合が違うのである。
芦部説は合憲限定解釈が可能であれば合憲という結論は同様であるが、表現の自由に対する萎縮的効果をもっと重視して厳格に考えるほうがいいのではという姿勢だと思います。