まちがいさがし歌詞意味。 菅田将暉「まちがいさがし」の歌詞!米津玄師が歌詞に込めた想いを徹底調査!

パーフェクトワールド主題歌|菅田将暉「まちがいさがし」歌詞の意味とは?

まちがいさがし歌詞意味

四畳半の個室で「自分は間違い探しの間違いの絵の方に生まれたのかもしれない、でもだからこそ今目の前の人との出会いがあって…」と。 米津くんからこの曲の意図を聞いた時に生きている中で何となく不安だった自分にしかわからない気持ちに名前をもらったような気がしました。 きっとそれは、この文章を見ているあなたしかり、境遇は人それぞれだからこそ、その人自身にしかわからない苦しいものが必ずあると思います。 その気持ちはひとりのものであり、形は違うけどみんなもっていて、対象者がいることで自分の存在を肯定することができる。 そのあたたかさを軸に、大事に歌わせてもらいました。 救いでも祈りでもない集い。 「まちがいさがし」に、僕は出会えて幸せです。 米津玄師の意味深な作成意図• 菅田将暉の共感性の高い解釈 が凝縮された濃密なインタビューですね。 一般的な正解と言われる生き方とは少しかけ離れてて、しかしそのまちがいの方に生きたからこそ、目の前の人と出会えている… 米津の作成意図は、実際かなり共感できる人は多いのではないでしょうか。 自分が「正解」と思って生きている人間なんて、昨今では決して多くはないからです。 また反対に「まちがいさがし」を聴く人が、自己肯定の高い人だったとしても、きっと 「まちがい」と自覚する部分は多少なりともあると思います。 「まちがいさがし」 という本楽曲は、自分が「間違い」側に立っているというのを前提に、それを受け入れて肯定していくという、ある意味 かなりポジティブな楽曲なのではないでしょうか。 ドラマ「パーフェクトワールド」主題歌! 「まちがいさがし」を主題歌として提供したい。 米津とともに作成した大切な作品であるからこそ、菅田将暉は苦楽を共にしてきた戦友の松坂桃李が主演を努める「パーフェクトワールド」の主題歌として提供したいと提案したそう。 菅田将暉のコメント 米津玄師が作詞作曲! 松坂桃李主演ドラマの主題歌! そんな状況に菅田将暉は まず松坂桃李さんは、同業者の中で、常に、間近で、背中を見ていた人です。 気づけば10年近くなりますでしょうか? 今では会えば家族のような挨拶をし、離れれば先輩後輩として作品のみで触れ合う。 そんな方のドラマの主題歌を僕が歌う。 しかも米津玄師が作ってくれる。 正直、何から整理すればいいのかわからない状況でした。 ちょっと吐きそうでした。 ただこんな贅沢なことはないと胸躍る自分が間違いなくいました。 「パーフェクトワールド」という作品が、皆さまの心に残るよう、少しでもお力になれればと思っております。 当たり前のことですが、一生懸命歌わせて頂きます。 宜しくお願い致します。 とコメント。 幸せ過ぎると少し不安になる そんな帳尻合わせ的な感情でしょうか? とにかく想いの密度がすごい。 腹の底から吐き出されるように本楽曲を歌う菅田将暉の歌声の背景には、こんなにも濃密な想いが込められているのです。 松坂桃李のコメント 上の動画は 「パーフェクトワールド」のブルーレイ&DVD BOX発売PRなのですが、これを見るだけでもあらすじが大方理解できます。 完璧な人間の完璧でない部分。 それこそまさに 「まちがいさがし」 といったところですね。 では、更に楽曲を深追いしていきます。 楽曲名「まちがいさがし」とは 「まちがいさがし」とは 漢字に直すと 「間違い探し」 皆さんは間違い探しで遊んだことはありますか? 「間違い探し」には上の画像のように 「正解の画」と 「間違いの画」が存在します。 本楽曲はこの 「間違いの画」が 「現実社会の自分の立ち位置」と対比されて描かれているのです。 この楽曲名が歌詞の内容と どう関与しているのでしょうか。 歌詞 まちがい探しの まちがいの方に 生まれて来たような気でいたけど まちがい探しの正解の方じゃあ きっと出会えなかったと思う 相応しく笑い会えること なぜだろうか涙が出ること 君の目が貫いた僕の胸をまっすぐ その日から何もかも 変わり果てた気がした 風に飛ばされそうな 深い春の隅で退屈なくらいに 何気なくそばにいて 間違いだらけのささいな隙間で くだらない話をくたばるまで 正しくありたい会えない淋しさが 何を育んだでしょう ひとつずつ探し当てていこう 起きがけの 子供みたいに 君の手が触れていた指を重ね合わせ 間違いか正解かだなんて どうでもよかった 瞬く間に落っこちた青い靄の中で 君じゃなきゃいけないと ただ強く思うだけ 君の目が貫いた僕の目をまっすぐ その日から何もかも 変わり果てた気がした 風に飛ばされそうな 深い春の隅で 誰にも見せない顔を見せて 君の手が触れていた指を重ね合わせ 間違いか正解かだなんてどうでもよかった 瞬く間に落っこちた青い靄の中で 君じゃなきゃいけないと ただ強く思うだけ 作詞作曲:米津玄師 スポンサーリンク 歌詞の意味・解釈 前提として 前提として主人公は 卑屈で自己肯定の低いキャラクター というものが、当てはまります。 もしくは、 気丈に見えて、実は劣等感を感じている そのような人も同様。 とはいえ、人間は誰しもがその人しか知らない弱い部分を持っているもの。 そう考えると共感性はかなり高い内容になっているのではないでしょうか。 では、細かく解釈していきます。 1番 まちがい探しの まちがいの方に 生まれて来たような気でいたけど まちがい探しの正解の方じゃあ きっと出会えなかったと思う 相応しく笑い会えること なぜだろうか涙が出ること 作詞作曲:米津玄師 「決して自分は正解ではない」 常々、劣等感を感じているから、まちがいさがしの間違いの部屋に自分が住んでいるように感じている。 そんな卑屈な心が映されると同時に しかし、その間違いの人生を歩んできたからこそ、今目の前にいる人間、自分を包んでくれる環境がある。 という、 ポジティブな視点が歌詞として展開されていく。 こうしてポジティブに捉えることで、 自分の人生は決して間違いだけではなかったと認識することが出来るのです。 今まで否定し続けてきた 自分を全肯定することができる。 こんなに嬉しいことはないですよね。 サビ1 君の目が貫いた僕の胸をまっすぐ その日から何もかも 変わり果てた気がした 風に飛ばされそうな 深い春の隅で退屈なくらいに 何気なくそばにいて 作詞作曲:米津玄師 目の前にいてくれる君のおかげで、間違いの部屋にいる自分を「悪くないな」と肯定することが出来たのです。 しかし裏を返すと、 君がいてくれないと、ただの間違いの部屋になってしまうのも事実。 だからこそ 「そばにいて」 と、心からの想いが綴られる。 また 風に飛ばされそうな 深い春の隅 というのは、主人公視点の社会が対比されているのではないでしょうか。 正しく在りたいけど、在れない 苦悩の中身が違えど、これが当てはまるような境遇は誰にでもあると思います。 この葛藤が育んだものこそ 「間違いの肯定」です。 どうしようもない自分を否定してきた人にとって、本楽曲の視点はかなり勇気づけられるのではないでしょうか。 サビ2 君の手が触れていた指を重ね合わせ 間違いか正解かだなんて どうでもよかった 瞬く間に落っこちた青い靄の中で 君じゃなきゃいけないと ただ強く思うだけ 作詞作曲:米津玄師 君という存在のおかげで、 まちがいの部屋にいる劣等感 なんてどうでもよくなってしまいます。 靄 もや の中にいるように感じていた生き苦しい社会でさえも、君さえいれば瞬く間に澄み切ったものに様変わりしたのです。 ラストサビ 君の目が貫いた僕の目をまっすぐ その日から何もかも 変わり果てた気がした 風に飛ばされそうな 深い春の隅で 誰にも見せない顔を見せて 君の手が触れていた指を重ね合わせ 間違いか正解かだなんてどうでもよかった 瞬く間に落っこちた青い靄の中で 君じゃなきゃいけないと ただ強く思うだけ 作詞作曲:米津玄師 ラストサビは、 サビ1と2に類似した歌詞になっています。 本楽曲は、人間のどこか弱い部分にフォーカスを当てており、なおかつ「君」という存在がいることで情景のイメージがしやすく、共感性の高い楽曲だったと思いますが、米津玄師から菅田将暉に送った歌ということで、 恋心と言っても過言ではないほどの 米津玄師が抱える菅田将暉に対する リアルな感情も込めれていると思います。 はじめて菅田将暉を見たとき米津玄師は.

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菅田将暉×桐谷健太「浅草キッド」歌詞の意味を解釈!福山雅治もカバーした名曲。

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もくじ• たけしさん自身が作詞を担当しており、浅草のフランス座で芸人修行をしていた下積み時代の事を回想して描いたものとなっているそうです。 映画『火花』の主題歌となっていて、主演を務める菅田将暉さん・桐谷健太さんが歌唱を務めています。 ちなみに、菅田将暉さんと桐谷健太さんが歌う「浅草キッド」のMVは、GYAOで見ることができます。 監督は、こちらも芸人の板尾創路さんが務めています。 破天荒な芸風の芸人・神谷と、神谷を慕い弟子入りを志願する徳永の二人の芸人の姿を描いています。 ビートたけしさんの下積み時代と合わせて見ていきましょう。 仲見世とは、東京浅草の雷門から宝蔵門に至る浅草寺参道の商店街のこと。 つまりこの部分は、たけしさんが芸人になろうと思いたち、浅草で相方と出会った、というシーンを描いています。 煮込み料理しかない質素なお店で、チューハイ片手に、二人で夢を語りました。 この部分では 貧しい下積み時代を描きます。 お金がなく、豊かな生活ではありませんでしたが、大きな夢を持っていました。 そんな夢も、あのとき飲んでいたチューハイの泡のように儚くしゅわしゅわと消えていきました。 二人の中の良さがうかがえますね。 しかし靴まで買うお金の余裕がなく、足元はちぐはぐです。 売れたら靴も揃いにしよう、とまた夢を語り合います。 お客が全くといっていいほどいない客席を前に、無謀な夢を信じていました。 後半2行は少し意味が取りにくいですね。 「 顔にうかんだおさなご」とは、自分の子供か、年の離れた兄弟か、はたまた自分自身の幼少期を思い浮かべているのか、というふうに考えられます。 この部分では、 幼い子の純真な心を思い出すことで、また気持ちを新たに芸に没頭しようという思いか込められているのではないかと思います。 病室に見舞いに来たたけしさんに向かい、ハーキーさんはまさにこの歌詞のように「 夢はすてた」と言ったそうです。 「 他に当てなんてないのに」と繰り返す歌詞に、夢がついえた 切なさが込められています。

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パーフェクトワールド主題歌|菅田将暉「まちがいさがし」歌詞の意味とは?

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米津玄師さん作詞作曲、菅田将暉さんが歌うドラマ「パーフェクトワールド」の主題歌「 まちがいさがし」 2019年7月9日2nd アルバム『LOVE』 リリースです。 この歌の歌詞の意味について、いちリスナーの視点で書いてみた。 こんにちは、まめ太です。 今日はブログ番外編です。 日頃の仕事のストレスと新婚生活の適度なプレッシャーを経て、たまには息抜きしようとYouTubeで音楽を探していると。 おー菅田将暉くん新曲出したんだ。 ということに気づきました。 ぼくはドラマを見ていなかったので全然知りませんでした。 みなさん1度は聴いたであろう「まちがいさがし」 個人的2019年度年間No. 1ソングです。 まだ7月ですが。 笑 「まちがいさがしに間違いはないよ。 」 そう友人にすすめたくなる名曲です。 歌の好き嫌いは本当に人それぞれですが、きっとぼくの心をつかんで話さない何かがあったのだと思います。 もう鷲掴みにされています。 この曲はドラマパーフェクトワールドの主題歌として使われましたが、もともとドラマのために作られた歌ではなく、米津玄師さんが菅田将暉さんのために作詞作曲されたらしいです。 米津玄師さんがこの歌に込めた思いは、インタビュー記事にたくさん情報があるので割愛します。 前置きが長くなりましたが、今日はいちリスナーとして、この歌を聴いたときにこみ上げた気持ちを綴ってみます。 なお、あくまで個人がこの歌を聴いて受けた印象であり、作者である米津玄師さんの意図とは違うであろうことを注記しておきます。 歌詞の意味を考察 純粋にこの歌を先入観なしで聴いて、恋愛、または深い友情の曲のように感じました。 まちがいさがしの間違いの方に生まれてきたような気でいたけれど まちがいさがしの正解の方じゃきっと出会えなかったと思う この出だしのわずかなフレーズに強烈なインパクトを覚えました。 ここでは人生が「まちがいさがし」に比喩されています。 自分の人生をふりかえって失敗したと思える選択をしてきてしまった。 もしも違う 正解の 選択をしたならば、今の自分の姿はきっとこんな感じだった。 その正しいあるいは理想の人生と、今の実際の人生を比較している姿が思い描けます。 きっと誰だって同じように考えたことがあると思います。 ここで、ハッとします。 同じように考えはするけれど、普通それをなかなか受け入れたくないですよね。 自分の人生が間違いの方を選択をしてきたと認める強さ。 間違いを繰り返してきた人生だったけれど、この選択をしてきたからこそ君に出会えたんだ。 というポジティブな考え方を、この冒頭のフレーズだけで印象づけられるのです。 ただ、間違いの方を「歩いてきた」ではなく、「生まれてきた」としていることに、自分の選択だけではどうにもならない境遇に対するイラつきのようなモヤモヤとした気持ちも感じますね。 続きます。 ふさわしく 笑いあえること 何故だろうか 涙が出ること 「ふさわしく」というのは、「まちがい」でも「正解」でもなく、ただ「ふつう」のという感じがしますね。 君と出会えたから、 ただ、ふつうに笑えるということが 涙が出るほどうれしいこと。 本当に奇跡なんだ。 という気持ちを感じます。 君の目が貫いた 僕の胸を真っ直ぐ その日から何もかも 変わり果てた気がした 風に飛ばされそうな 深い春の隅で 退屈なくらいに何気なく傍にいて まちがいだらけの 些細な隙間で くだらない話を くたばるまで 正しくありたい あれない 寂しさが 何を育んだでしょう 本当に好きな人と目があった時は、からだにビビッと電気が走ったようになるかもしれません。 まさに貫かれたわけです。 「風に飛ばされそう」という言葉にはどこか儚さを感じますね。 そして春といえば出会いの季節です。 出会ったとき一目みて恋に落ちて、 その日から僕は君以外のことを考えられなくなった。 記憶から消えていきそうな一瞬一瞬の中で いつも一緒にいたね。 本当に伝えたい 好き という言葉は言えないまま ただ、たわいもない話をつづける。 そんな自分の理想とは違う現状に 君を好きという想いだけがどんどん大きくなっていった。 そんな気持ちを込めているように感じました。 一つずつ 探し当てていこう 起きがけの 子供むみたいに 寝起きの子供って、目が開ききってないのに手探りでもぞもぞと歩いてきますよね。 そんな風な歩き方でいい、ふたりの関係を少しずつ深めていこう。 というメッセージでしょうか。 この部分から、 「まちがい」にとらわれないポジティブな強さへ注意を向け始めてるように感じます。 君の手が触れていた 指を重ね合わせ 間違いか正解かだなんてどうでもよかった 瞬く間に落っこちた 淡い靄の中で 君じゃなきゃいけないと ただ強く思うだけ ついに手を触れるような距離になったんですね。 いままでは「間違い」=黒、「正解」=白、という自分の中の認識に縛られてきたけれど、そんなのどうでもいい、淡い靄のようなグレーでいい。 そんな風に気持ちが変化したのかなと。 僕の気持ちを伝えることが素直にはできなかったけれど、 いつの間にか君も同じことを感じてくれて。 君の手が僕の手に触れていた。 それに気づいた僕も もう一方の手を重ねた。 これが正しい僕の想いの伝え方だったのかなんて分からないけれど。 そんな過程など、どうでもいいくらい僕らふたりの想いはそろった。 もう君と離れられない。 そんな想いさえ言葉にはできないけれど。 きっと君も同じ風に思っていると信じて そんな映像が思い浮かびました。 どうでしたか? この曲には、過去の自分の失敗を認める強さ、そして今あるものに感謝する気持ち、これからは「まちがい」かどうかにとらわれない強さ、を感じさせてくれます。 ちなみにこの曲に合いそうな映画ですが、、 個人的に次回キングダムの続編が出たら秦王嬴政の気持ちとしてこの歌を挿入してほしいですね。 以上、単にぼくの暇つぶしでした。 それにしても、菅田将暉くんの声と歌い方がこんなにこの曲とマッチしていて凄い。 米津玄師さんもこんな曲を作れて天才ですね。 本人は自分のこと天才だなんて思っていないでしょうけど。 それもきっと、周りの期待というまちがいさがしかな。 ぼくも過去の失敗を引きずることもあるけれど、これからの人生を前向きに楽しく生きていきたいですね。 kokore0.

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