井川 慶 ノーヒット ノーラン。 梶岡忠義

【パワプロ2018】再現選手

井川 慶 ノーヒット ノーラン

グローバルナビ• ジャンルナビ• コンテンツエリア ここからこのページの本文です• メインコンテンツ• 無安打無得点試合(ノーヒットノーラン) プロ野球• 記録 無安打無得点試合(ノーヒットノーラン)• 日付 試合結果 名前(所属) 2019年9月14日 中日3-0阪神 大野雄大(中日) 2019年9月6日 ソフトバンク2-0ロッテ 千賀滉大(ソフトバンク) 2018年10月14日 巨人4-0ヤクルト(CS) 菅野 智之(巨人) 2018年7月27日 巨人5-0中日 山口 俊(巨人) 2014年5月2日 西武2-0ロッテ 岸 孝之(西武) 2013年6月28日 中日9-0DeNA 山井 大介(中日) 2012年10月8日 オリックス3-0ソフトバンク 西 勇輝(オリックス) 2012年5月30日 巨人2-0楽天 杉内 俊哉(巨人) 2012年4月6日 広島2-0DeNA 前田 健太(広島) 2006年9月16日 中日3-0阪神 山本 昌(中日) 2006年5月25日 ヤクルト6-0楽天 ガトームソン(ヤクルト) 2004年10月4日 阪神1-0広島 井川 慶(阪神) 2002年8月1日 中日6-0巨人 川上 憲伸(中日) 2000年6月20日 近鉄4-0西武 エルビラ(近鉄) 2000年4月7日 中日8-0横浜 バンチ(中日) 1999年5月8日 広島4-0中日 佐々岡 真司(広島) 1998年5月26日 阪神2-0中日 川尻 哲郎(阪神) 1997年9月2日 ヤクルト3-0横浜 石井 一久(ヤクルト) 1996年8月11日 中日5-0巨人 野ロ 茂樹(中日) 1996年6月11日 西武9-0オリックス 渡辺 久信(西武) 1995年9月9日 ヤクルト4-0巨人 ブロス(ヤクルト) 1995年8月26日 オリックス7-0近鉄 佐藤 義則(オリックス) 1995年7月5日 日本ハム1-0西武 西崎 幸広(日本ハム) 1994年5月18日 巨人6-0広島 槙原 寛己(巨人) 完全試合 1992年6月14日 阪神6-0広島 湯舟 敏郎(阪神) 1990年4月25日 日本ハム3-0近鉄 柴田 保光(日本ハム) 1987年8月9日 中日6-0巨人 近藤 真一(中日) 1985年6月9日 日本ハム12-0近鉄 田中 幸雄(日本ハム) 1985年6月4日 西武7-0日本ハム 郭 泰源(西武) 1978年8月31日 阪急5-0ロッテ 今井 雄太郎(阪急) 完全試合 1976年5月11日 阪急1-0南海 戸田 善紀(阪急) 1976年4月18日 巨人5-0広島 加藤 初(巨人) 1975年4月20日 近鉄1-0南海 神部 年男(近鉄) 1973年10月10日 ロッテ1-0太平洋 八木沢 荘六(ロッテ) 完全試合 1973年8月30日 阪神1-0中日 江夏 豊(阪神) 1973年6月16日 日拓1-0近鉄 高橋 直樹(日拓) 1972年4月29日 広島3-0巨人 外木場 義郎(広島) 1971年9月9日 近鉄4-0西鉄 鈴木 啓示(近鉄) 1971年8月21日 東映4-0西鉄 高橋 善正(東映) 完全試合 1971年8月19日 広島6-0中日 藤本 和宏(広島) 1970年10月6日 近鉄3-0南海 佐々木 宏一郎(近鉄) 完全試合 1970年6月9日 大洋1-0ヤクルト 鬼頭 洋(大洋) 1970年5月18日 巨人2-0広島 渡辺 秀武(巨人) 1969年8月16日 ロッテ1-0阪急 成田 文男(ロッテ) 1968年9月14日 広島2-0大洋 外木場 義郎(広島) 完全試合 1968年8月8日 近鉄4-0東映 鈴木 啓示(近鉄) 1968年5月16日 巨人16-0大洋 城之内 邦雄(巨人) 1967年10月10日 巨人11-0広島 堀内 恒夫(巨人) 1967年9月17日 西鉄4-0阪急 若生 忠男(西鉄) 1966年6月12日 西鉄8-0近鉄 清 俊彦(西鉄) 1966年5月12日 西鉄2-0南海 田中 勉(西鉄) 完全試合 1966年5月1日 大洋1-0広島 佐々木 吉郎(大洋) 完全試合 1965年10月2日 広島2-0阪神 外木場 義郎(広島) 1965年6月28日 阪神7-0巨人 バッキー(阪神) 1964年8月18日 中日3-0巨人 中山 義郎(中日) 1964年5月16日 西鉄2-0阪急 井上 善夫(西鉄) 1961年6月20日 国鉄1-0中日 森滝 義巳(国鉄) 完全試合 1960年8月11日 大洋1-0阪神 島田 源太郎(大洋) 完全試合 1958年7月19日 西鉄1-0東映 西村 貞朗(西鉄) 完全試合 1957年10月12日 中日3-0阪神 大矢根 博臣(中日) 1957年8月21日 国鉄1-0中日 金田 正一(国鉄) 完全試合 1956年9月19日 国鉄6-0広島 宮地 惟友(国鉄) 完全試合 1956年5月3日 国鉄5-0中日 大脇 照夫(国鉄) 1955年6月19日 近鉄1-0近鉄 武智 文雄(近鉄) 完全試合 1955年6月4日 西鉄8-0近鉄 大津 守(西鉄) 1955年5月10日 中日1-0国鉄 杉下 茂(中日) 1954年8月7日 近鉄4-0高橋 山下 登(近鉄) 1952年7月26日 巨人17-0松竹 大友 工(巨人) 1952年5月7日 阪神12-0広島 真田 重男(阪神) 1952年4月27日 大映2-0阪急 林 義一(大映) 1951年9月5日 国鉄1-0阪神 金田 正一(国鉄) 1950年6月28日 巨人4-0西日本 藤本 英雄(巨人) 完全試合 1948年9月6日 大陽3-0阪神 真田 重蔵(大陽) 1948年8月24日 阪神3-0南海 梶岡 忠義(阪神) 1946年6月16日 阪神11-0セネタース 呉 昌征(阪神) 1943年10月12日 名古屋5-0大和 石丸 進一(名古屋) 1943年5月26日 南海2-0大和 別所 昭(南海) 1943年5月22日 巨人3-0名古屋 藤本 英雄(巨人) 1943年5月2日 阪急3-0南海 天保 義夫(阪急) 1942年7月18日 名古屋2-0阪急 西沢 道夫(名古屋) 1941年10月27日 阪急2-0名古屋 森 弘太郎(阪急) 1941年7月16日 巨人2-0名古屋 中尾 輝三(巨人) 1941年4月14日 黒鷲1-0阪神 亀田 忠(黒鷲) 1940年8月22日 阪急9-0ライオン 石田 光彦(阪急) 1940年8月3日 タイガース1-0巨人 三輪 八郎(タイガース) 1940年7月6日 巨人4-0名古屋 沢村 栄治(巨人) 1940年4月14日 阪急9-0阪神 浅野 勝三郎(阪急) 1940年3月18日 イーグルス5-0ライオン 亀田 忠(イーグルス) 1939年11月3日 巨人1-0セネタース 中尾 輝三(巨人) 1937年7月16日 阪急6-0セネタース 石田 光彦(阪急) 1937年7月3日 巨人4-0イーグルス スタルヒン(巨人) 1937年5月1日 巨人4-0タイガース 沢村 栄治(巨人) 1936年9月25日 巨人1-0タイガース 沢村 栄治(巨人)• 野球 奥川がブルペンで46球 デビュー戦で154キロ []• コラム [6月27日 11:00]• プロ野球 [6月27日 10:23]• プロ野球 [6月27日 9:58]• プロ野球 [6月27日 9:58]• プロ野球 [6月27日 9:53]• プロ野球 [6月27日 9:53]• プロ野球 [6月27日 9:50]• プロ野球 [6月27日 9:50]• プロ野球 [6月27日 9:50]• プロ野球 [6月27日 9:47]• プロ野球 奥川がブルペンで46球 デビュー戦で154キロ []• プロ野球 [6月27日 10:23]• プロ野球 [6月27日 9:58]• プロ野球 [6月27日 9:58]• プロ野球 [6月27日 9:53]• プロ野球 [6月27日 9:53]• プロ野球 [6月27日 9:50]• プロ野球 [6月27日 9:50]• プロ野球 [6月27日 9:50]• プロ野球 [6月27日 9:47]• プロ野球 [6月27日 9:47]• 高校野球 池田、単独出場に「エール」朝ドラモデルが校歌作曲 []• 高校野球 [6月27日 9:21]• 高校野球夏の地方大会 [6月27日 8:57]• 高校野球夏の地方大会 [6月27日 8:57]• 高校野球 [6月26日 21:30]• 高校野球夏の地方大会 [6月26日 19:56]• 高校野球夏の地方大会 [6月26日 18:49]• 高校野球夏の地方大会 [6月26日 18:17]• 高校野球夏の地方大会 [6月26日 17:28]• 高校野球夏の地方大会 [6月26日 17:01]• 高校野球夏の地方大会 [6月26日 10:54]• 大学・社会人 JR東日本東北の山田周平、粘りの投球で4回無失点 []• アマ野球 [6月25日 15:58]• アマ野球 [6月24日 16:27]• アマ野球 [6月24日 16:26]• アマ野球 [6月23日 23:14]• アマ野球 [6月23日 18:51]• アマ野球 [6月23日 6:00]• アマ野球 [6月20日 19:19]• アマ野球 [6月19日 17:59]• アマ野球 [6月18日 15:49]• アマ野球 [6月15日 18:41]•

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完全試合・ノーヒットノーランを達成した阪神タイガースの投手一覧

井川 慶 ノーヒット ノーラン

メジャーリーグ [ ] メジャーリーグでは計303回ノーヒッター達成。 継投によるノーヒッター、失点を含むノーヒッター、9回以上を無安打に抑えながら敗北したノーヒッターも公式記録として含まれる。 なお、ノーヒットノーラン達成日は基本的に現地時間とする。 現存する球団ではのみノーヒッター達成がない。 太字はを表す。 ()内の表記は達成回数は単位無し、投球回については(-回)と表記する。 所属は達成投手の所属リーグを以下の略記で示す。 継投によるノーヒットノーラン、失点を含むノーヒッターはノーヒットノーランとは扱われない。 現存する球団ではのみノーヒットノーランを達成していない。 太字は(15人が全員1回ずつ、計15回達成) 回 達成日 投手 達成回 所属 得点 対戦相手 球場 備考 1 1936年9月25日 1 1-0 NPB初の達成(昭和初、20世紀初、大正生まれ初) 2 1937年5月1日 沢村栄治 2 巨人 4-0 タイガース 初の2度目の達成。 初の2シーズン連続達成。 3 1937年7月3日 巨人 4-0 洲崎球場 初の外国人投手による達成。 初の同シーズン同球団で複数人達成。 4 1937年7月16日 1 6-0 洲崎球場 5 1939年11月3日 1 巨人 1-0 セネタース 10を出しながらの達成。 6 1940年3月18日 1 イーグルス 5-0 2人目の外国人投手の達成。 7 1940年4月14日 阪急 9-0 タイガース 甲子園球場 1四球のみの準完全試合。 8 1940年7月6日 沢村栄治 3 巨人 4-0 西宮球場 初の3度目の達成。 9 1940年8月3日 阪神 1-0 巨人 10 1940年8月22日 石田光彦 2 阪急 9-0 ライオン 大連満倶球場 11 1941年4月14日 亀田忠 2 1-0 阪神 後楽園スタヂアム 初の外国人投手2度目の達成。 12 1941年7月16日 中尾輝三 2 巨人 3-0 名古屋 後楽園スタヂアム 13 1941年10月27日 阪急 2-0 名古屋 西宮球場 参考記録ながら継投によるノーヒットノーランを達成した同年8月2日の阪急戦で2番手として登板し。 14 1942年7月18日 名古屋 2-0 阪急 後楽園スタヂアム 15 1943年5月2日 阪急 3-0 阪神甲子園球場 16 1943年5月22日 1 巨人 3-0 名古屋 後楽園スタヂアム 17 1943年5月26日 南海 2-0 18 1943年10月12日 名古屋 5-0 大和 後楽園スタヂアム 戦前最後のノーヒットノーラン。 19 1946年6月16日 阪神 11-0 西宮球場 3人目の外国人投手による達成。 初の野手登録の選手による達成。 終戦後初のノーヒットノーラン。 20 1948年8月24日 阪神 3-0 南海 21 1948年9月6日 1 3-0 阪神 甲子園球場 史上初の無四死球(1)による準完全試合。 1リーグ時代最後のノーヒットノーランとなった。 22 1950年6月28日 藤本英雄 2 巨人 4-0 日本プロ野球史上初の(昭和初、20世紀初、大正生まれ初)。 NPB史上最年長の完全試合(32歳1ヶ月)。 初のノーヒットノーラン達成。 23 1951年9月5日 1 1-0 阪神 NPB最年少記録(18歳35日)。 昭和生まれの投手として初の達成。 初のサヨナラ試合での達成となった。 24 1952年4月27日 2-0 阪急 初のノーヒットノーラン達成。 1四球のみの準完全試合。 25 1952年5月7日 真田重蔵 2 阪神 12-0 甲子園球場 史上初の複数球団でノーヒットノーランを達成。 1四球のみの準完全試合。 26 1952年7月26日 巨人 17-0 大阪球場 ノーヒットノーラン試合の最多得点。 1四球のみの準完全試合。 27 1954年8月7日 4-0 28 1955年5月10日 1-0 国鉄 1四球のみの準完全試合。 29 1955年6月4日 8-0 近鉄 30 1955年6月19日 近鉄 1-0 大映 大阪球場 パ・リーグ初の完全試合。 大正生まれの投手による最後の達成。 31 1956年5月3日 国鉄 5-0 中日 中日スタヂアム 初の奪三振なしで達成。 最少投球ノーヒットノーラン(80球) 32 1956年9月19日 国鉄 6-0 広島 昭和生まれ初の完全試合。 33 1957年8月21日 金田正一 2 国鉄 1-0 中日 中日スタヂアム 9回1死後に抗議による43分間の中断を経て、二者連続三球三振で達成。 34 1957年10月12日 中日 3-0 阪神 甲子園球場 35 1958年7月19日 西鉄 1-0 36 1960年8月11日 1-0 阪神 川崎球場 NPB史上最年少の完全試合(20歳351日)。 37 1961年6月20日 国鉄 1-0 中日 後楽園球場 38 1964年5月16日 西鉄 2-0 阪急 平和台野球場 39 1964年8月18日 中日 3-0 巨人 中日スタヂアム 40 1965年6月28日 阪神 7-0 巨人 阪神甲子園球場 4人目の外国人投手による達成(規定後では初)。 41 1965年10月2日 1 広島 2-0 阪神 阪神甲子園球場 プロ初勝利、1四球のみの準完全試合。 42 1966年5月1日 大洋 1-0 広島 43 1966年5月12日 西鉄 2-0 南海 大阪球場 44 1966年6月12日 西鉄 8-0 近鉄 45 1967年9月17日 西鉄 4-0 阪急 西宮球場 46 1967年10月10日 巨人 11-0 広島 後楽園スタヂアム 打撃でも3打席連続本塁打。 47 1968年5月16日 巨人 16-0 大洋 後楽園スタヂアム 捕手が途中で変わっての達成。 48 1968年8月8日 1 近鉄 4-0 東映 49 1968年9月14日 外木場義郎 2 広島 2-0 大洋 広島市民球場 ノーヒットノーラン試合最多の16奪三振(セ・リーグ一試合奪三振タイ記録)。 50 1969年8月16日 1-0 阪急 西宮球場 51 1970年5月18日 巨人 2-0 広島 後楽園スタヂアム 初の一軍・二軍両方で達成。 52 1970年6月9日 大洋 1-0 川崎球場 53 1970年10月6日 近鉄 3-0 南海 大阪球場 54 1971年8月19日 広島 6-0 中日 広島市民球場 55 1971年8月21日 東映 4-0 西鉄 後楽園スタヂアム 56 1971年9月9日 鈴木啓示 2 近鉄 4-0 西鉄 日本生命球場 57 1972年4月29日 外木場義郎 3 広島 3-0 巨人 広島市民球場 史上2人目の3度目の達成。 58 1973年6月16日 1-0 近鉄 後楽園スタヂアム 1四球のみの準完全試合。 59 1973年8月30日 阪神 1-0 中日 阪神甲子園球場 初の延長戦(11回)における達成(決勝点は江夏自身のサヨナラ本塁打)。 60 1973年10月10日 ロッテ 1-0 61 1975年4月20日 近鉄 1-0 南海 制度規定後パ・リーグ初の達成。 62 1976年4月18日 巨人 5-0 広島 広島市民球場 63 1976年5月11日 阪急 1-0 南海 大阪球場 64 1978年8月31日 阪急 5-0 ロッテ 県営宮城球場 DH制度規定後パ・リーグ初の完全試合。 昭和最後の完全試合。 65 1985年6月4日 7-0 平和台野球場 5人目の外国人投手による達成。 66 1985年6月9日 日本ハム 12-0 近鉄 後楽園スタヂアム 初の人工芝球場で達成、生涯唯一の完封勝利。 昭和でのパリーグ最後のノーヒットノーラン。 67 1987年8月9日 中日 6-0 巨人 プロ初登板初勝利で達成(初登板における達成は史上唯一、初勝利における達成は史上2人目)。 最後のノーヒットノーラン。 68 1990年4月25日 日本ハム 3-0 近鉄 初のドーム球場で達成。 1四球のみの準完全試合。 初のノーヒットノーラン。 69 1992年6月14日 阪神 6-0 広島 阪神甲子園球場 平成でのセリーグ初のノーヒットノーラン。 70 1994年5月18日 巨人 6-0 広島 初のドーム球場での完全試合。 2019年時点における最後の完全試合であり、平成初にして唯一の完全試合。 20世紀最後の完全試合でもある。 71 1995年7月5日 日本ハム 1-0 西武 東京ドーム 72 1995年8月26日 7-0 近鉄 藤井寺球場 40歳以上の投手としては初の達成。 73 1995年9月9日 ヤクルト 4-0 巨人 東京ドーム 6人目の外国人投手による達成。 1死球のみの準完全試合。 74 1996年6月11日 西武 9-0 オリックス 75 1996年8月11日 中日 5-0 巨人 東京ドーム 76 1997年9月2日 ヤクルト 3-0 77 1998年5月26日 阪神 2-0 中日 現時点における最後の地方球場での達成。 78 1999年5月8日 広島 4-0 中日 広島市民球場 79 2000年4月7日 中日 8-0 横浜 横浜スタジアム 7人目の外国人投手による達成。 20世紀のセリーグ最後のノーヒットノーラン。 80 2000年6月20日 近鉄 4-0 西武 8人目の外国人投手による達成。 20世紀最後のノーヒットノーラン。 81 2002年8月1日 中日 6-0 巨人 東京ドーム 1四球のみの準完全試合。 21世紀初のノーヒットノーラン。 82 2004年10月4日 阪神 1-0 広島 広島市民球場 83 2006年5月25日 ヤクルト 6-0 明治神宮野球場 9人目の外国人投手による達成。 初のでの達成。 84 2006年9月16日 中日 3-0 阪神 2人目の無四死球(1)による準完全試合。 NPB史上最年長記録。 左腕投手世界最年長記録(41歳1ヶ月)。 85 2012年4月6日 広島 2-0 横浜スタジアム 86 2012年5月30日 巨人 2-0 楽天 東京ドーム 2人目の交流戦での達成、初のとプロ野球の両方での達成。 9回2死2ストライクからの27人目の打者()への1四球のみの準完全試合。 87 2012年10月8日 3-0 福岡Yahoo! JAPANドーム 1四球のみの準完全試合。 21世紀でのパリーグ初のノーヒットノーラン。 平成生まれの投手としては初の達成者となった。 ちなみにこの試合はの引退試合であった。 88 2013年6月28日 中日 9-0 DeNA 横浜スタジアム では完全試合のまま8回で降板し、継投による完全試合を記録している()。 89 2014年5月2日 西武 2-0 ロッテ 1四球のみの準完全試合。 平成でのパリーグ最後のノーヒットノーラン。 90 2018年7月27日 巨人 5-0 中日 東京ドーム 1四球のみの準完全試合。 (レギュラーシーズンとしては)平成最後のノーヒットノーラン。 なお、山口は参考記録ながら継投によるノーヒットノーランを達成した前年6月14日のソフトバンク戦で先発している。 91 2019年9月6日 ソフトバンク 2-0 ロッテ 福岡ヤフオク! ドーム 初のノーヒットノーランにして、初の出身選手による達成。 92 2019年9月14日 中日 3-0 阪神 ナゴヤドーム セ・リーグでは令和初のノーヒットノーラン。 ポストシーズン [ ] (CSは、Sはステージの略。 ) 回 達成日 試合 投手 達成回 所属 得点 対戦相手 球場 備考 1 2018年10月14日 巨人 4-0 ヤクルト 明治神宮野球場 初にして、平成最後のノーヒットノーラン。 1四球のみの準完全試合。 球団別達成数 [ ] (現存する球団のみ集計、前身球団を含む) 順位 球団 回数 1 17 2 12 3 9 6 8 7 6 8 5 9 3 10 2 12 0 現存しない球団では、が7回、が1回、が1回、が2回達成している。 球団別献上数 [ ] (現存する球団のみ集計、前身球団を含む) 順位 球団 回数 1 12 2 11 3 9 4 8 5 7 6 6 8 5 9 4 10 3 12 2 現存しない球団では、が6回、が1回、が1回、が1回、が3回、が3回、が2回献上している。 韓国プロ野球 [ ] ではシーズン現在、延べ15回のノーヒットノーランを記録。 現存する球団では、、がノーヒットノーランを達成していない。 太字は(2019年シーズン現在達成者なし) 回 達成日 投手 達成回 所属 得点 対戦相手 球場 備考 1 1984年5月5日 5-0 KBO初の達成 2 1986年6月5日 8-0 韓国国外出身の選手初 3 1988年4月2日 4-0 ロッテ 社稷 開幕戦での達成 4 1988年4月17日 ピングレ 1-0 ヘテ 光州 5 1989年7月6日 ヘテ 10-0 光州 6 1990年8月8日 三星 8-0 ロッテ 社稷 7 1993年4月30日 3-0 OB KBO最年少記録(20歳299日)、1四球のみの準完全試合 8 1993年9月9日 () 9-0 サンバンウル 9 1996年10月20日 () 現代 4-0 ヘテ 初のでの達成 10 1997年5月23日 ハンファ 8-0 OB 初の無四死球(1個)による準完全試合 11 2000年5月18日 ハンファ 6-0 ヘテ 光州 KBO最年長記録(35歳92日) 12 2014年6月24日 6-0 LG 蚕室 初の外国人投手の達成 13 2015年4月9日 斗山 1-0 蚕室 2人目の外国人投手の達成 14 2016年6月30日 斗山 4-0 NC 蚕室 3人目の外国人投手の達成 15 2019年4月21日 (、) 三星 16-0 ハンファ 大田 4人目の外国人投手の達成 球団別達成数 [ ] (現存する球団のみ集計、前身球団を含む) 順位 球団 回数 1 3 3 2 5 1 8 0 現存しない球団では、が1回、が1回達成している。 球団別献上数 [ ] (現存する球団のみ集計、前身球団を含む) 順位 球団 回数 1 3 2 2 4 1 9 0 現存しない球団では、が1回、が1回献上している。 台湾プロ野球 [ ] ではシーズン現在、延べ10人がノーヒットノーランを記録。 (設立、消滅)では達成者はいない。 太字は 回 達成日 投手 達成回 所属 得点 対戦相手 球場 備考 1 1991年7月19日 () 4-0 () CPBL初の達成 2 1992年5月21日 (、) 4-0 味全 初の外国人投手の達成 3 1997年5月8日 11-0 三商 () 2人目の外国人投手の達成、1四球のみの準完全試合 4 1998年3月1日 () 興農 2-0 兄弟 台中 5 1999年5月13日 6-0 味全 CPBL最年少記録(23歳45日)、1四球のみの準完全試合 6 2008年7月10日 統一 7-0 無四死球(1)による準完全試合 7 2015年10月15日 11-0 中信兄弟 CPBL最年長記録(34歳68日)、3人目の外国人投手の達成、初のでの達成、1四球のみの準完全試合 8 2018年6月9日 (、) 中信兄弟 11-0 統一 4人目の外国人投手の達成 9 2018年9月28日 (、) 中信兄弟 1-0 Lamigo 台中インターコンチネンタル野球場 5人目の外国人投手の達成、初の同一シーズン2人目の達成 10 2018年10月7日 (、) 統一 1-0 中信兄弟 台南 6人目の外国人投手の達成、初の完全試合達成 球団別達成数 [ ] (現存する球団のみ集計、前身球団を含む) 順位 球団 回数 1 3 3 2 4 1 球団別献上数 [ ] (現存する球団のみ集計、前身球団を含む) 順位 球団 回数 1 3 2 2 3 1 現存しない球団では、が2回、が1回献上している。 外部リンク [ ] に関連の辞書項目があります。

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伊藤智、藤川、石井、井川…元女房役が明かす、球を受けてきた中で最高の投手とは?

井川 慶 ノーヒット ノーラン

井川慶 伝説・逸話エピソード集がトンデモない! 井川慶 伝説エピソード!マイペースさが伝説! オリックス・バファローズ所属のピッチャー井川慶の伝説エピソードは多くあります。 鬼監督として名高い星野監督が、阪神の監督として就任した際にエースであった井川慶は、恐れるチームメイトよそに、その星野監督の前でもゆうゆうと食事をしていたことは有名な話です。 また、外で遊びまわることもないため、「寮の優等生」と呼ばれたことを良いことに、自分の好きに生活できて3食用意されることから、寮生活を長い事し続け、2003年に退寮を言い渡され仕方なく出て行ったという話。 当時2軍監督を務めていた岡田氏曰く、地元にもかかわらず梅田から寮まで1人で帰れないという話もありました。 またサインボールについても有名で、普通凝ったものが多い中、井川慶のサインは「井川」とだけ書かれたそっけないもの。 そして、真似しやすい井川慶のサインボールが、実際に真似され、偽物としてネットオークションに出品されているのを、井川慶自身が見つけて通報するというユニークな伝説もあります。 パソコンやラジコン、ゲームが趣味で、給料のほとんどを趣味につぎ込む井川慶。 年俸1億円の時代にも、キャンプなどには3万円しか持っていかず、移動も電車やバス。 このように趣味には力を入れる半面、それ以外は節約家な井川慶。 知れば知るほど、井川慶には野球以外の面白いエピソードが溢れています。 井川慶 逸話エピソード!アメリカでもマイペースを貫く! 井川慶の伝説エピソードからは、突き抜けたマイペースぶりがうかがえると思います。 それを如実に表している逸話エピソードにも溢れています。 阪神タイガースがリーグを制し、優勝祝勝会を催した際には、次の日の先発に備えたいと早退。 翌日の広島戦で9回1失点完投勝利を上げキッチリ仕事をこなしたことで、井川慶を非難する声を封殺しました。 また、ニューヨークヤンキースが阪神タイガースから30億円で交渉権を落札という大ニュースで賑わったその時、井川慶自身は寝ていたという逸話。 ニューヨークヤンキースへ移籍後、オープン戦で結果が出ないことに、世界でもトップクラスに厳しいニューヨークメディアに酷評された際も「自分、英語読めないんで。 分からないっす」と答えるなど、マイペースの王様振りを発揮しています。 これらの逸話からは、見ていて聞いていて飽きない人物と言っても過言ではないでしょう。 井川慶 年俸、成績推移は?身長、体重、性格は? 井川慶 年俸、成績推移は?メジャーリーグ移籍前の3年間が絶頂期か!? 井川慶の2015年の年俸は4800万円です。 そして、井川慶の成績推移ですが、1997年にドラフト2位で阪神タイガースに契約金8000万円で入団。 1998年は2軍で終わり年俸は600万円で、1999年5月2日の広島カープ戦に初登板を果たした後出場機会は少なく、7試合に登板し先発3、1勝1敗防御率6. 46で年俸は600万円のまま終えます。 2000年も9試合に登板し先発5、1勝3敗防御率4. 35で終え年俸は680万円と微増します。 2001年には野村克也監督から先発ローテーションの一角に抜擢され、29試合に登板し先発で28回起用されましたが、打線の援護がなく9勝13敗と大きく負け越してしまいます。 しかし防御率は2. 67でリーグ2位と片鱗を見せ年俸も900万円とアップします。 2002年には監督が星野仙一監督に代わると、開幕投手に抜擢、巨人相手に完投しチームに12年振りの開幕勝利をもたらし、206奪三振を奪って最多奪三振タイトルを獲得。 14勝9敗防御率2. 49という成績で阪神の中心選手となり年俸も4倍弱の3800万円に増えました。 2003年のセ・リーグは井川慶の年と言っても過言ではない年で、20勝投手となり阪神を18年振りのリーグ優勝へ導き、日本シリーズでは福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)を後一歩まで追いつめるも、日本一を惜しくも逃してしまいました。 29試合に先発し20勝5敗勝率8割で防御率も2. 80という好成績をマークし、井川慶の年俸も1億円へ跳ね上がりました。 2004年にはプロ野球史上71人目となるノーヒットノーランを10月4日の対広島戦で達成。 前年と同じ29試合に先発しましたが、井川慶への対策が各球団キッチリしてきたことと、本人の調子が落ちたこともあり14勝1敗防御率3. 73と、前年より低い結果に。 しかし、エースの面目を保つ活躍をして年俸は2億1000万円と2倍増しています。 2005年には年俸2億2000万で、13勝9敗防御率3. 86、2006年は年俸2億3000万円で14勝9敗防御率2. そして最多奪三振のタイトルを獲得し、ポスティングシステムを利用して2007年からニューヨークヤンキースへ移籍します。 5年約26億円の年俸で契約しますが、2007年に14試合で先発12、2勝3敗防御率1. 67、2008年には2試合に出場し先発1回防御率3. 25でメジャーリーグの成績は終わってしまいます。 メジャー時代の野球以外のエピソードは賑やかなのですが、この後、井川慶はマイナーリーグで過ごし、2012年に日本に帰国。 オリックスバファローズと2年約2億円で契約し入団します。 しかし成績が上向くことはなく、2012年2勝7敗防御率4. 65、2013年3勝3敗防御率2. 59で終えています。 2014年は6000万円の年俸で2勝2敗防御率1. 48で終えており、2015年の年俸は激減。 いまだに一軍登板がないという寂しい状態になっています。 ファンとしては一軍で投げる姿をみたいですし、私生活でのエピソードをもっともっと聞いてみたいです。 井川慶 身長、体重、性格は?趣味に才能を発揮する! 井川慶の身長は186cmで、井川慶の体重は93kg、井川慶の性格は、数多くの伝説や逸話エピソードにあるように、自由気ままにマイペース。 ところが、趣味となると行動的で饒舌になる性格です。 野球に関しては非常に真面目に取り組んでいましたが、井川慶のプロ当初からの問題である制球力不足や被本塁打率の高さが弊害となり、メジャー時代にはそれが仇となって一軍での機会に恵まれなかったとジョー・トーリ監督が語っていました。 野村克也監督時代に受けたアドバイスで「ダーツの的に当てるイメージで投げろ」と言われ取り組むも、その方面でなぜか才能を発揮してしまい、ダーツ世界大会優勝者を負かしてしまうレベルになってしまった井川慶。 ……どうやら井川慶は趣味になると強い?!という、ファンとしては、嬉しいやら悲しいやらという状態ですね。 制球力さえあれば、今もメジャーリーグで活躍していたのではないかと思うと残念でなりません。 井川慶の今後は!? 全盛期を目指すのではなく、老練なピッチングを! 井川慶は、9月22日に行われたウエスタン・リーグに出場し、6回から4番手として登板し、1イニングを10球で抑えて見せました。 そして「去年は万全じゃなかったけど、今は体も元気です。 鍛え直して真っ直ぐも戻ってきた。 最後まで準備をしておきます」とコメントしていました。 井川慶の今後は、引き際を見極めるべき時が来ていると思います。 1軍登板は2014年の5月以来なく、2015年も2軍で0勝4敗防御率も14. 10と散々足るもの。 全盛期の井川慶のストレートは、スピードだけではありません。 気迫と威力があり、制球力のなさに焦点を当てさせないほどの迫力をもっていました。 現在の井川慶の投球フォームは、残念ながら全盛期にはほど遠く、老練なピッチングワークも感じられません。 制球難という課題をそのままにしてしまったという失敗が、ここにきて大きな影を落としています。 福岡ソフトバンクホークスの工藤公康監督がとても良い例ですが、40歳を超えてなおもプロのローテーション投手として2桁勝利を挙げられたのは、どうしたらいいか考え、野球を続けることに集中し、独自の投球術を作り上げてきたからです。 2015年9月28日に引退を表明した山本昌投手も、趣味に重きを置いていましたが、趣味が野球に影響を及ぼせば、あっさり趣味を切り捨てられる職業野球選手の鏡でした。 井川慶も何とかストレート主体で且つ老練なピッチングを考案し、スピードが出せなくても抑えられる方法を見つけて復活して欲しいです。 登板数をみても、怪我の状況を見ても、井川慶はまだまだいける投手だと思います。 井川慶の全盛期のピッチングは、マイペースさが生き、飄々としつつ、ビシッと抑える、しびれるピッチングを見せてくれました。 願わくば、もう一度、井川慶のあの姿を見てみたいですね。

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