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十訓抄『大江山』わかりやすい現代語訳と解説 / 古文 by 走るメロス

大江山の歌 思す 意味

和漢朗詠集P012 謡曲に引用された 和漢朗詠集 巻下 (2) 532 強呉 きやうご滅びて 荊蕀 けいきよくあり 姑蘇臺 こそたいの露 瀼瀼 じやうじやうたり 暴秦 ばうしん衰へて 虎狼 こらうなし 咸陽宮 かんやうきうの煙 片片 へんぺんたり 強呉滅兮有荊蕀 姑蘇臺之露瀼瀼 暴秦衰兮無虎狼 咸陽宮之煙片片 呉王夫差の天下も滅びて、台(うてな)のあとに空しくうばら・からたちだけが茂り、伍子胥の予言どおり露がしとどに結んでいます。 暴虐な秦も衰えて、虎狼のおそれも去り、咸陽宮も項羽によって、一片の煙と焼き払われました。 奉同源澄才子河原院賦 源順(本朝文粋 巻一 賦 居処) 有院無隣、自隔囂塵。 山吐嵐之漠漠、水含石之磷磷。 丞相遺幽居、誰忘前主。 法王垂叡覧、猶感後人。 其始也軒騎聚門、綺羅照地。 常有笙歌之曲、間以弋釣為事。 夜登月殿、蘭路之清可嘲、晴望仙台、蓬瀛之遠如至。 是以四運雖転、一賞無忒。 春翫梅於孟陬、秋折藕於夷則。 九夏三伏之暑月、竹含錯午之嵐。 玄冬素雪之寒朝、松彰君子之徳。 曁乎有苦有楽、一是一非、彼寛平之相府、為天禄之禅扉、不待皐禽夜半之声、夢先絶枕。 豈因峡猿第三之叫、涙自霑衣。 然猶山貌畳嵩、岸勢縮海。 人物変兮煙霞無変、時世改兮風流不改。 蘆錐之穿沙抽日、波鷗戯波。 葉錦之照水浮時、綵鴛添綵。 是以感其事論其時、登台少熙熙之楽、満院多蕭蕭之悲、喩富貴於浮雲、誠天与也。 比蕪穢於曩日、難地忍之。 嗟呼、黄閤早閟、翠微易登。 信脚踏彼繊草、舒手控此垂藤。 携何兮得来遊、屈曲横首杖。 向誰兮談往時、一両白眉僧。 吾固知陵谷猶遷、海田皆変。 何地同万古之形体、誰家全百年之遊宴。 強呉滅兮有荊棘、姑蘇台之露瀼瀼。 暴秦衰兮無虎狼、咸陽宮之煙片片。 何唯淳風坊中、一河原院而已哉。 安達原 後シテ 「いかにあれなる客僧止れとこそ。 さしも隱しゝ閨の内を。 あさまになされ參らせし。 恨み申しに来りたり 「胸を焦す焰。 咸陽宮の煙。 紛々たり 地 「野風山風吹き落ちて シテ 「鳴神稲妻天地に満ちて 地 「空かき曇る雨の夜の シテ 「鬼一口に喰はんとて 地 「歩み寄る足音 シテ 「振り上ぐる鐡杖の勢ひ 地 「邊を拂つて恐ろしや 〈祈〉 538 君なくて煙たえにし 鹽竈 しほがまの うら さび しくもなりにけるかな 融のおとどがなくなられて、河原院の庭にうつされた塩釜の浦に塩をやく煙もたえてしまい、うらさびしい景色です。 紀貫之(古今集・哀傷 など) 融 語 シテ 「嵯峨の天皇の御宇に。 融の大臣陸奥の千賀の塩竃の眺望を聞し召し及ばせ給ひ。 この所に塩竃を移し。 あの難波の御津の浦よりも。 日毎に潮を汲ませ。 此處にて塩を焼かせつゝ。 一生御遊の便とし給ふ。 然れどもその後は相續して翫ぶ人もなければ。 浦はそのまゝ干汐となって。 池辺に淀む溜り水は。 雨の殘りの古き江に。 落葉散り浮く松蔭の。 月だに澄まで秋風の。 音のみ殘るばかりなり。 されば歌にも。 君まさで煙絶えにし塩竃の。 うら淋しくも見え渡るかなと。 貫之も詠めて候 543 三壺 さんこに雲浮べり 七萬里の程浪を分つ 五城 ごせいに霞 峙 そばたてり 十二樓の 構 かまへ天に 插 さしはさめり 三壺雲浮 七万里之程分浪 五城霞峙 十二樓之構插天 三神山が雲のように大海の浪の上、それぞれ七万里の間を隔てて浮かんでいます。 崑崙山上の玄圃(げんぽ)にある五城十二楼の金玉の仙宮が、堂々としてはるかの空に朝焼け雲のように、天をさしつらぬいてそばだっています。 文章得業生正六位上行播磨大目都宿禰言道対 都良香(本朝文粋 巻三 対冊 神仙) 対。 窃以、 三壺雲浮、七万里之程分浪。 五城霞時、十二楼之構挿天。 信迺列真之所宅、跡閉不死之区。 群仙之所都、路入無人之境。 若存若亡、言談杳而易絶。 隔視隔聴、耳目寂而罕通。 遂使人少麟角、輙比之於繋風、俗多牛毛、妄喩之於捕影。 求諸素論、長生之験寔繁。 訪於玄談、久視之方非一。 故得扇南燭之東輝、後天而極、掇絳桑之頳葚、入道之真。 瓊娥偸薬、奔兎魄於泰清之中。 玉女吹簫、学鳳音於麗譙之上。 鶴帰旧里、丁令威之詞可聞。 竜迎新儀、陶安公之駕在眼。 莫不垂虹帯拕霓裳、洟唾百川、呼吸万里。 四九三十六天、丹霞之洞高闢。 八九七十二室、青巌之石削成。 芝英五色、春雨洗而更鮮、松蓋千尋、暮煙扶而弥聳。 奇犬吠花、声流紅桃之浦。 驚風振葉、香分紫桂之林。 斯皆事光彤編、余映無尽。 義茂翠簡、遺藹可探。 但真途遼夐、奇骨秘而独伝。 妙理希夷、凡材求而不得。 雖則手謝可揖、王子晋之事不疑、然而口説斯虚、項曼都之語難信。 即験爨朱児而練気、当在天資、向玄牝而取精、非因人力。 是故骨録攸存、好尚分於皮竺。 相法既定、表候晃於形容。 眼光照己、方諸之紫名相伝。 手理累人、大極之青文不朽。 此類蓋多、罩鄧林而養枝葉。 其流弥広、鼓渤澥而沸波瀾。 慈心陰徳、聞諸青童之談。 吐故納新、著自黄老之術。 我后化躪鞭草、声高吹筠。 蔭建木而折若華、御薫風而轡慶雲。 勢揜崑岳、蛇身繞而雖周。 徳重蓬山、鼇背負而無力。 自然望汾陽而接軫、不容髪於帝放勲。 嘲曲洛而飛輪、請開口於穆天子。 五城の垣重直けれども シテ・ツレ 「蓬莱海の勢いを傳へたる。 三壷の形あらたなり。 秦皇徐市を疑はゞ。 驪山塚の春の風。 なほさりがてらに渡らめや。 漢帝齊少を用ゐずは。 覇陵原の秋の月。 心凄くは澄まざらまし。 實に人間の妙奇仙境の秘跡なり 545 謬 あやまちて 仙家 せんかに入りて 半日 はんじつの客たりといへども 恐らくは 舊里 きうりに歸りて 纔 わづかに七世の 孫 むまごに逢はむことを 謬入仙家 雖爲半日之客 恐歸舊里 纔逢七世之孫 (二条院の花の宴を仙境にたとえる)私はこの結構な仙境にまちがって迷い込み、半日の客となったけれども、家に帰ってみると、いつのまにか時が過ぎて、七世の孫に会うことになるのではないかと恐れているのです。 暮春、同賦落花乱舞衣、各分一字、応太上皇製 大江朝綱(本朝文粋 巻十 詩序三、木) 紫宮之東、横街之北、不経幾程、有一仙居。 蓋太上皇遁世之別館也。 天縦風流、地得形勝。 属千花之争綻、賜一日之佳遊。 王公卿士、皆是竜尾之昔臣、墨客伶人、莫不鳳城之旧僕。 於是遠尋姑射之岫、誰伝鶯歌、亦問無何之郷、不奏蝶舞。 抜俗之韻雖高、賞物之跡猶闕。 是則我皇、仁及動殖、徳邁曩古也。 于時九春漸闌、百蕊散落。 当舞袖之逓進、混花色之漫飛。 迄彼離鴻之歌忽起、飛燕之態早廻 万朶匂飄、眼迷赴節之処、千株艶発、魂乱転裾之程。 不知落花之為舞衣也、不知舞衣之為落花也。 人間勝事、於是而尽。 臣 謬入仙家、雖為半日之客、恐帰旧里、纔逢七世之孫。 徒倚而立、未定去留云爾。 入りつる方も白波の。 谷の川音.雨とのみ聞えて松の風もなし。 げにや謬つて半日の客たりしも。 今身の上に.知られたり今身の上に知られたり 鳥追舟 シテ 「傅の科もさむらはず。 たゞ久々に捨て置きたる。 花若が父の科ぞとよ クドキ 「謬つて仙家に入りて。 半日の客たりといへども。 故郷に帰つて纔かに。 七世の孫に逢へるとこそ承りて候へとよ。 況んや十餘年の月日ありありて。 今日しもかゝる憂き業を。 見みえ申すは不祥なり 木賊 地 「廬山の古を思し召さば。 心の底までも汲みて知る法の。 真水と思し召して。 飲酒の心とけて一つ聞し召されよ クリ 「それ謬つて仙家に入つて。 半日の客たりといへども。 舊里に帰つて七世の孫に逢ふ事をとも言へり 仲光 地 「猛き心もよわよわとはや領状を申しけり。 仲光餘りの嬉しさに。 御盃や菊の酒。 仙家に入りし身の。 七世の孫に逢ふ事も。 喩へならずや親と子の。 一世の契りの二度逢ふぞ嬉しき 一セイ シテ 「親子鸚鵡の盃の 地 「幾久しさの。 酒宴かな 七騎落 シテ 「その時實平呆れつゝ 地 「夢か現かこは如何にとて。 覚えず抱きつき泣き居たり。 たとへば。 仙家に入りし身の半日の程に立ち歸り。 七世の孫に逢ふ事の喩へも今に.知られたり喩へも今に知られたり 石橋 下歌 シテ 「餘りに山を遠く来て雲また跡を立ち隔て 上歌 「入りつる方も白波の。 入りつる方も白波の。 谷の川音.雨とのみ聞えて松の風もなし。 げにや謬つて半日の客たりしも。 今身の上に知られたり今身の上に知られたり 548 桃李 たうり 言 ものいはず春幾ばくか暮れぬる 煙霞 えんか跡無し昔誰か 栖 すんじ 桃李不言春幾暮 煙霞無跡昔誰栖 桃李のは年ごとに咲くけれども、いったい道士が登仙してから何度の春を送り迎えたのか、たずねても黙して語りません。 石室をめぐる山々に煙霞がたなびいても、跡をも留めないはかない煙霞に向って、昔ここに誰が住んでいたのか、問うすべもありません。 [参考] 菅原文時(江談抄 第四)(原文未詳) 桃李不言春幾暮 烟霞無跡昔誰栖 西王母 シテ 「これは三千歳に花咲き實生る桃花なるが。 今この御代に至り花咲く事。 たゞこの君の御威徳なれば。 仰ぎて捧げ參らせ候 ワキ 「そも三千歳に花咲くとは。 いかさまこれは聞き及びし。 その西王母の園の桃か シテ 「なかなかにそれとも今はもの言はじ ワキ 「さればこそそれぞ殊更名に負ふ花の シテ 「桃李もの言はず ワキ 「春いくばくの年月を シテ 「送り迎へて ワキ 「この春は 553 ぬれて干す山路の菊のつゆのまに いかでかわれは千代をへぬらむ 山路の菊の露にぬれた衣を干すわずかの間、仙境ですごしただけなのに、人間世界ではいつのまにか千年も経過したようです。 素性法師(古今集・秋下 など) 養老 シテ 「彭祖が菊の水。 滴る露の養ひに。 仙徳を受けしより。 七百歳を.經る事も藥の水と聞くものを 地 「げにや薬と菊の水。 その養ひの露の間に シテ 「千年を經るや天地の 地 「闢けし種の草木まで シテ 「花咲き實生る理 俊寛 地 「飲むからに。 げにも藥と菊水の。 げにも藥と菊水の。 心の底も白衣の。 濡れて干す。 山路の菊の露の間に。 我も千年を。 經る心地する。 配所はさても何時までぞ。 春過ぎ夏闌けてまた。 秋暮れ冬の来るをも。 草木の色ぞ知らするや。 あら戀しの昔や思ひ出は何につけても。 555 蘭省 らんせいの花の時の 錦帳 きんちやうの 下 もと 廬山 ろさんの雨の夜の 草菴 さうあんの 中 うち 蘭省花時錦帳下 廬山雨夜草菴中 長安にいる三人の友人(牛二、李七、瘉三十二)よ、君らは尚書省に出仕し花の季節、錦の帳の下に列坐していることでしょう。 それにひきかえ私は、廬山にあって、雨の夜の草庵の中にひとりわびしく暮らしているのです。 廬山草堂夜雨独宿、寄牛二李七庾三十二員外 白居易(白氏文集 巻十七) 丹霄携手三君子 白髪垂頭一病翁 蘭省花時錦帳下 廬山雨夜草菴中 終身膠漆心応在 半路雲泥迹不同 唯有無生三昧観 栄枯一照両成空 芭蕉 上歌 「惜しまじな。 月も假寝の露の宿。 月も假寝の露の宿。 軒も垣ほも古寺の。 愁ひは。 崖寺の古に破れ。 神は山行の。 深きに傷ましむ月の影もすさましや。 誰か言ひし。 蘭省の花の時。 錦帳の下とは。 廬山の雨の夜草庵の中ぞ思はるゝ 558 南を望めばすなはち 關路 くわんろの長きあり 行人 かうじん 征馬 せいば 翠簾 すいれんの 下 もとに 駱驛 らくえきす 東に 顧 かへりみればまた 林塘 りんたうの妙なるあり 紫鴛 しゑん 白鷗 はくおう 朱檻 しゆかんの前に逍遥す 南望則有關路之長 行人征馬駱驛於翠簾之下 東顧亦有林塘之妙 紫鴛白鷗逍遥於朱檻之前 南を眺めわたすと、逢坂の関路が長く続いて、人馬の往来のたえないさまが、翠の簾のかげから望まれます。 東をふりかえってみると、白河堤に植えわたす林樹の光景もいみじく、おしどりやかもめが遊び戯れるさまが、朱塗りの欄干の前面にひらけています。 秋日遊白河院、同賦秋花逐露開 源順(本朝文粋 巻十一 詩序四 草) 白河院者、故左相府之山庄也。 自掩黄閤、不掃緑蕪。 煙柳歛眉、二年之春空暮、水石如咽、三廻之秋欲闌。 左武衛藤相公、恋尊閤之遺徳、慕勝地之旧遊、遂与詹事納言・尚書相公、巻簾幌並筆硯、聊暇日而遊覧。 於是有秋花逐暁露。 軽葩細蕊、待瀼瀼而争開、紫菊紅蘭、随瀝瀝以乱綻。 至如夫花帯露兮増鮮、露滴花兮警鶴、露未凝戻、乗衛之霜翎不閑、花転流離、濯蜀之錦文空縟。 凡此院之優異也、三代伝而其主皆貴、四時移而其地常幽。 南望則有関路之長、行人征馬駱駅於翠簾之下、東顧亦有林塘之妙、紫鴛白鷗逍遥於朱檻之前。 豈直秋草養花於故園之露、寒松流響於幽洞之風而已哉。 請十分記一端云爾。 頼政 語 「昔この所に宮戦のありしに。 源三位頼政合戦にうち負け給ひ。 この所に扇を敷き自害し果て給ひぬ。 されば名将の古跡なればとて。 扇の形に取り殘して。 今に扇の芝と申し候 ワキ 「傷はしやさしも文武に名を得し人なれども。 跡は草露の道の辺となつて。 行人征馬の行方の如し。 あら傷はしや候 蝉丸 上歌 地 「かゝる憂き世に逢坂の。 知るも知らぬもこれ見よや。 延喜の皇子の成り行く果てぞ悲しき。 行人征馬の数々。 上り下りの旅衣。 袖をしをりて村雨の振り捨て難き.名殘かなふり捨て難き名殘かな。 さりとては何時を限りに有明の。 盡きぬ涙をおさへつゝ。 はや歸るさになりぬれば。 皇子は後にたゞ一人。 御身に添ふものとては。 琵琶を抱きて杖を持ち伏し轉びてぞ.泣き給ふ伏しまろびてぞ泣き給ふ 559 山路 さんろに日落ちぬ 耳に 滿 みてるものは 樵歌 せうか 牧笛 ぼくてきの聲 澗戸 かんこに鳥歸る 眼 まなこに 遮 さいきるものは 竹煙 ちくえん 松霧 しようぶの色 山路日落 滿耳者樵歌牧笛之聲 澗戸鳥歸 遮眼者竹煙松霧之色 桜狩りに日を暮すうちに、山路に日が落ちて、耳に聞こえるものは、ただきこりたちの歌声や牧童の笛の音だけです。 鳥たちも谷間のねぐらに帰ってゆき、あたり一面、ただ竹やぶや松林の夕靄にぼうっとかすんでいます。 暮春遊覧、同賦逐処花皆好 紀斉名(本朝文粋 巻十 詩序三 木) 暮春之月、十有二日、左親衛藤亜将、与前備州源刺史・右親衛源亜将、僉議曰、花時欲過、盍命春遊。 与彼賞城中之半落、不若看郊外之盛開。 言約已成、相共出洛。 於是或信馬以閑行、或下車以眺望。 居無常座、掃苔而暫代筵、至無定家、尋花而不問主。 便示題目曰、逐処花皆好。 誠哉斯言。 夫以無処不花、無花不好。 山桃復野桃、日曝紅錦之幅、門柳復岸柳、風宛麹塵之糸。 吟賞之至、可以忘帰者也。 既而 山路日暮、満耳者樵歌牧笛之声、澗戸鳥帰、遮眼者竹煙松霧之色。 如予者、官沈東海之外斑、詞謝南皮之高韻。 誤為唱首、謂傍人何云爾。 志賀 一セイ シテ・ツレ 「樂浪や。 志賀の都の名を留めて。 昔ながらの山櫻 二ノ句 ツレ 「春に馴れてや心なき シテ・ツレ 「身にも情の。 殘るらん サシ シテ 「山路に日暮れぬ樵歌牧笛の聲 シテ・ツレ 「人間萬事樣々の。 世を渡り行く身の有樣。 物ごとに遮る眼の前。 光の蔭をや送るらん 敦盛 シテ 「その身にも應ぜぬ業と承れども。 それ勝るをも羨まざれ。 劣るをも賤しむなとこさ見えて候へ。 その上樵歌牧笛とて シテ・ツレ 「草刈の笛木樵の歌は。 歌人の詠にも作り置かれて。 世に聞えたる笛竹の。 不審な為させ給ひそとよ ワキ 「げにげにこれは理なり。 さてさて樵歌牧笛とは シテ 「草刈の笛 ワキ 「木樵の歌の シテ 「憂き世を渡る一節を ワキ 「謠ふも シテ 「舞ふも ワキ 「吹くも シテ 「遊ぶも 石橋 一セイ シテ 「松風の。 花を薪に吹き添へて。 雪をも運ぶ。 山路かな サシ 「山路に日暮れぬ樵歌牧笛の聲。 人間萬事樣々の。 世を渡り行く身の有樣。 物毎に遮る眼の前。 光の蔭をや送るらん 569 春の田を人にまかせてわれはただ 花に心をつくるころかな 春の田作りは他人に任せて、私はもっぱら山田のくろに咲く桜の花に心をつけて夢中になっています。 斎宮内侍(拾遺抄、拾遺集 など) 淡路 上歌 「春の田を。 人に任せて我はたゞ。 人に任せて我はたゞ。 花に心のあこがるゝ。 盛りに引かれて苗代の水に心の種蒔きて。 散れば此處もや櫻田の。 雪をもかへす.景色かな雪をもかへす景色かな 571 きのふこそ早苗とりしかいつのまに 稻葉もそよに秋風のふく ほんの昨日、早苗をとって田植えをしたばかりのように思われるのですが、はやくもいつのまにか、稲葉をそよりとゆるがせて、秋風が吹きわたることです。 読人不知(古今集・秋上 など) 鳥追舟 サシ 後ワキツレ 「面白や昨日の早苗何時の間に。 稲葉もそよぐ秋風に。 田の面の鳥を追ふとかや 後シテ・子方 「我等は心浮鳥の。 下安からぬ思ひの數 ワキツレ 「群れ居る鳥を立てんとて。 身を捨舟に鞨鼓を打ち シテ・子方 「或は水田に庵を作り シテ 「又は小舟に鳴子を懸け 一セイ シテ・子方・ワキツレ 「引き連るゝ。 湊の舟の落汐に 地 「浮き立つ鳥や。 騷ぐらん シテ 「鳥も驚く夢の世に 地 「我等が業こそ。 うつゝなき 578 千株 せんちうの松の 下 もとの 雙峯 さうほうの寺 一葉 いちえふの舟の 中 うちの萬里の身 千株松下雙峯寺 一葉舟中萬里身 松の木が千株もはえている下に双峰山寺があります。 わたしは一葉の木の葉舟で、万里を漂う旅人のような身の上です。 宿四祖寺 趙嘏(文苑英華 巻二百三十八 寺院六) 千株松下雙 峰寺 一 盞灯前万里身 自是心猿不調伏 祖師元是世間人 屋島 一セイ シテ 「月の出汐の沖つ波 ツレ 「霞の小舟。 こがれ来て シテ 「海士の呼び聲 シテ・ツレ 「里近し サシ シテ 「一葉萬里の船の道。 たゞ一帆の風に任す ツレ 「夕べの空の雲の波 シテ・ツレ 「月の行方に立ち消えて。 霞に浮かむ松原の。 影は緑に映ろひて。 海岸そことも不知火の。 筑紫の海にや。 續くらん 583 三千世界は 眼 まなこの前に盡きぬ 十二 じふに 因縁 いんえんは心の 裏 うちに空し 三千世界眼前盡 十二因縁心裏空 近江の大湖をはるばると見わたすと、世界や宇宙のすみずみまでも観じ尽くす思いがします。 竹生島の幽玄な境地に立つと、人間世界の欲望もはらい去って、因果流転のすがたに心も浄められる思いです。 [参考] 晩夏遊竹生島述懐 都良香(江談抄 巻四)(原文未詳) 三千世界眼前尽 十二因縁心裏空 鷺 サシ ツレ 「面白や孤島峙つて波悠々たるよそほひ。 實に湖水の波の上。 三千世界は眼の前に盡きぬ。 十二因縁は心の裏に空し。 げに面白き景色かな 三笑 上歌 地 「廬山の嶮しき石橋を。 心靜かに渡りつゝ。 巌に腰をかけ。 瀑布を眺め給へり。 三千世界は眼に盡きぬ。 十二因縁は。 心の裏に際もなし 585 山寺のいりあひの鐘のこゑごとに 今日もくれぬときくぞかなしき 山寺の入相の鐘の声をきくたびに、今日も暮れたと思うのは悲しいことです。 読人不知(拾遺抄、拾遺集 など) 羅生門 頼光 「いかに面々。 さしたる興も候はねども。 この春雨の昨日今日。 晴間も見えぬ徒然に。 今日も暮れぬと告げ渡る。 聲も淋しき入相の鐘 上歌 地 「つくづくと。 春の長雨の淋しきは。 春の長雨の淋しきは。 忍に傳ふ。 軒の玉水音すごく。 ひとり眺むる夕まぐれ。 ともなひ語らふ諸人に。 御酒を勧めて盃を。 とりどりなれや梓弓。 弥猛心の一つなる。 武士の交はり頼みある仲の酒宴かな 587 月 重山 ちようざんに隱れぬれば 扇を 擎 あげてこれに 喩 たとふ 風 大虛 たいきよに 息 やみぬれば 樹を動かしてこれを敎ふ 月隱重山兮 擎扇喩之 風息大虚兮 動樹敎之 月が重なり合った山に隠れてしまえば、扇をさしあげてたとえて示すし、風が大空に吹き止んでしまえば、木をゆり動かしてみせて、たとえてさとし示します。 (月を真理の姿に、重山を本能欲望の迷いに、風を真実の教えの声に、大虚を空無の姿にたとえたもの。 ) 智者大師(摩訶止観 第一) 若競無説、不解教意、去理逾遠、離説無理、離理無説、即説無説、無説即説、無二無別、即事而真、大悲憐憫一切無聞、如 月隠重山、挙扇 類之、風息大虚、動樹 訓之。 斑女 下歌 「夏はつる。 扇と秋の白露と。 何れか先に起臥の床。 すさましや獨寝の。 淋しき枕して閨の月を眺めん クリ 「月重山に隱れぬれば。 扇を挙げてこれを喩へ シテ 「花巾上に散りぬれば 地 「雪を集めて。 春を惜しむ 588 願はくは 今生 こんじやう世俗の 文字 もんじの 業 ごふ 狂言 綺語 きぎよの誤りをもつて 飜 かへして當來世世 讃佛乘 さんぶつじようの因 轉法輪 てんぽふりんの緣とせむ 願以今生世俗文学之業狂言綺語之誤 飜爲當來世世讃佛乘之因轉法輪之緣 私は今生で世俗の文学作品を作り、麗句をもてあそんで人を魅惑するようなまちがいをおかしてきました。 このような私の罪を止揚転回して、私の文学の営みを、これからの来世において仏法を讃歎し、説法をする時の媒介にし契機にしたいと、私は切望しているのです。 香山寺白氏洛中集記 白居易(白氏文集 巻七十) 白氏洛中集者、楽天在洛所著書也。 大和三年春、楽天始以太子賓客分司東都、及茲十有二年矣。 其間賦格律詩凡八百首、合為十巻。 今納于竜門香山寺経蔵堂。 夫以狂簡斐然之文、而帰依支提法宝蔵者、於意云何。 我有本願、 願以今生世俗文字之業、狂言綺語之 過、 転為将来世世讃仏乗之因、転法輪之縁 也。 十方三世諸仏応知。 噫、経堂未滅、記石未泯之間、乗此願力、安知我他生不復游是寺、復覩斯文、得宿命通、省今日事、如智大師記霊山於前会、羊叔子識金鐶於後身者歟。 於戯垂老之年、絶筆於此、有知我者、亦無隠焉。 大唐開成五年十一月二日、中大夫守太子少傅馮翊県開国侯上柱国賜紫金魚袋白居易楽天記。 采女 シテ 「松の葉の 地 「松の葉の。 散り失せずして。 眞柝の葛ながく傳はり。 鳥の跡絶えず。 天地おだやかに。 國土安穏に。 四海波。 しづかなり シテ 「猿澤の池の面 地 「猿澤の池の面に。 水滔々として波また。 悠々たりとかや。 石根に雲起つて雨は窓牖を・打つなり。 遊樂の夜すがらこれ。 采女の。 戯れと思すなよ。 讃佛乘の。 因緣なるものを。 よく弔はせ給へやとてまた波に.入りにけりまた波の底に入りにけり 藤 シテ 「意生化身自在不滅の。 縁に引かれて夜もすがら。 歌舞をなさんと参りたり ワキ 「げにや元より狂言綺語も シテ 「讃佛乗の因緣 ワキ 「隔てはあらじ シテ 「紫の 上歌 地 「由緣の色も緣ならめ。 所緣の色も緣ならめと。 敎への外なる法までも。 今こそ悟りの開くる。 心の花なれや。 されば非常の草も木も。 成佛こゝに荒磯海深きは法の.道ぞかし深きは法の道ぞかし 東岸居士 ワキ 「又いつもの如く謡うて御聞かせ候へ シテ 「げにげにこれも狂言綺語を以つて。 讃佛轉法輪の眞の道にも入るなれば。 人の心の花の曲。 いざや謡はんこれとても 次第 地 「御法の船の水馴棹。 御法の船の水馴棹。 みな彼の岸に到らん 自然居士 ワキ 「それは御偽りにて候。 一年今の如く説法御演べ候ひし時。 いで聽衆の眠り覚さんと。 高座の上にて一さし御舞ひありし事。 奥までもその聞え候程に。 一さし御舞ひ候へ シテ 「おうそれは狂言綺語にて候程に。 さやうの事も候べし。 舞を舞ひ候はゞこの者を賜はり候べきか 山姥 シテ 「一樹の蔭一河の流れ。 皆これ他生の縁ぞかし。 ましてや我が名を夕月の。 浮世を廻る一節も。 狂言綺語の道すぐに。 讃佛乗の因ぞかし。 御名殘惜しや。 591 十惡 しふあくといふともなほ 引攝 いんぜふす 疾風の 雲霧 うんぶを 披 ひらくよりも甚し 一念といふとも必らず 感應 かんおうす これを 巨海 こかいの 涓露 けんろを 納 いるるに 喩 たとふ 雖十惡兮猶引攝 甚於疾風披雲霧 雖一念兮必感應 喩之巨海納涓露 弥陀の悲願が、十悪五逆を犯したような悪人であっても、やはり浄土にひきとってくださることは、ちょうどはやてが吹いて雲をはらい霧をひらくようなものです。 また弥陀の慈悲が、ちょっとでも弥陀の名をよんで念じたならば、それに対して感応があることは、大海が露のひとしたたりをも嫌がらずに受け入れることと同じです。 西方極楽讃 具平親王(本朝文粋 巻十二 讃 後中書王) 四土不二極楽国。 三身即一阿弥陀。 娑婆有縁於彼仏。 彼仏有願於娑婆。 八方妙相荘厳身。 六八弘誓変成地。 観之者皆除塵労。 念之者悉至覚位。 雖十悪兮猶引摂。 甚於疾風 排雲霧。 雖一念兮必感応。 喩之巨海納涓露。 正直心地為国界。 無漏善根為林叢。 若能了達于是理。 華池宝樹在胸中。 千手 ツレ 「さりながら重衡は今生の望みなし シテ・ツレ・ワキ 「たゞ来世の便こそ聞かまほしけれと宣へば シテ 「わらは仰せを承り 一セイ 「十悪といふとも。 引攝すと 地 「朗詠してぞ。 奏でける 〈イロエ〉 602 阿耨多羅 あのくたら 三藐 さんみやく 三菩提 さんぼだいの 佛達 ほとけたち わがたつ 杣 そまに 名賀 みやうがあらせたまへ このうえなくすぐれた智恵の深い仏たちよ、どうか私が寺を建立しようとしているこの地に加護を垂れ、志を成就させてください。 伝教大師(新古今集・釈教) 兼平 シテ 「なかなかの事それ我が山は。 王城の鬼門を守り。 悪魔を拂ふのみならず。 一佛乘の嶺と申すは。 傳へ聞く鷲の御山を象れり。 また天台山と號するは。 震旦の四明の洞をうつせり。 傳敎大師桓武天皇と御心を一つにして。 延暦年中の御草創。 我が立つ杣と詠じ給ひし。 根本中堂の山上まで。 殘りなく見えて候 現在七面 次第 シテ 「法の敎へを身に受けて。 法の敎へを身に受けて誠の.道に入ろうよ サシ 「ありがたの霊地やな。 漢土にては四明の洞。 和朝にては我が立つ杣と詠じけん。 御山もいかで勝るべき。 さてまた大白波木井の川風に。 波の立居も自づから。 隨縁眞如を。 顯せり 雷電 サシ シテ 「ありがたやこの山は往古より。 佛法最初の御寺なり。 げにや假初の値遇も空しからず。 我が立つ杣に冥加あらせてと。 望みを叶へ給へとて。 満山護法一列し。 中門の扉を敲きけり ワキ 「深更に軒白し。 月はさせども柴の戸を。 敲くべき人も覚えぬに。 如何なる松の風やらん。 あら不思議の事やな 大江山 シテ 「我比叡の山を重代の住家とし。 年月を送りしに。 大師坊と云ふえせ人。 嶺には根本中堂を建て。 麓に七社の霊神を齋ひし無念さに。 一夜に三十餘丈の楠となつて奇瑞を見せし處に。 大師坊一首の歌に。 阿耨多羅三藐三菩提の佛たち。 我が立つ杣に冥加あらせ給へとありしかば。 佛たちも大師坊にかたらはされ。 出でよ出でよと責め給へば。 力なくして重代の。 比叡のお山を出でしなり 610 たらちめはかかれとてしもむばたまの わが黒髪をなでずやありけむ わが父母は、このように髪をおろしたらいいなどと思ったりして、私の幼い日に私の黒い童髪(うないがみ)を撫でたりはしなかったでしょうに。 遍照(後撰集・雑三 など) 春榮 クドキ 「これなる守は種直が。 母御の方より賜はりたる。 守佛の観世音。 種直が形見に御覧候へと。 よくよく申し候へ 子方 「これなる文は春栄が。 最期の文にて候なり。 また形見には烏羽玉の。 我が黒髪の裾を切り。 さばかり明暮一筋を。 千筋と撫でさせ給ひし髪を。 春栄が形見に參らする シテ 「あら定めなやさるにても。 我こそ殘りて御跡を。 弔ふべきにさはなくて。 成人の子をば先立てゝ 620 都府 とふ 樓 ろうには 纔 わづかに瓦の色を看る 觀音寺 くわんおんじには只鐘の聲を聽く 都府樓纔看瓦色 觀音寺只聽鐘聲 都督府の楼門も、観世音寺の精舎も、配所からすぐ近いところにあります。 けれども門を出たことがないので、楼門の瓦の色をみては、あれが都府だと知り、鐘の声を聞いては、これは観世音寺からだと思いやるだけです。 不出門 菅原道真(菅家後集) 一従謫落在柴荊 万死兢兢跼蹐情 都府楼纔看瓦色 観音寺只聴鐘声 中懷好逐孤雲去 外物相逢満月迎 此地雖身無撿繋 何為寸歩出門行 道明寺 クセ 「君が住む。 宿の梢を行く行くも。 隱るゝまでに。 かへり見ぞするとの御詠めさこそと知るぞかたじけなき。 さても何時しかに。 習はせ給はぬ旅の空。 名に負ふ心筑紫とて。 天離る鄙の國に。 住まはせ給ひしかば。 あたりは。 都府樓の瓦。 觀音寺の鐘の聲朝暮に響く折々は。 都の春秋を思し召し出でぬ時はなし 627 江霞 かうか浦を隔てて 人煙 じんえん遠し 湖水天に連なりて 雁點 がんてん遙かなり 江霞隔浦人煙遠 湖水連天鴈點遙 琵琶湖にかかっているもやは、大江のそれを思わせるように水面をおおっています。 そのもやの中に立ち東を眺めると、人家から立ちのぼる煙は、はるかむこうに見えます。 やがてもやもすっかり晴れ上り、湖水は広大に広がり、かなたで青い水面は青い空へと連なっています。 そして湖水がつながっているその空の遠くに、いま、青一色の紙に墨の点をうったような雁の群れが飛んで行くのが望まれるのです。 遊崇福寺 橘直幹(原文未詳) 龍虎 ワキ 「あら嬉しや候。 遥々と思ひしに。 佛神の御加護もやありけん。 行人安穩に布帆恙もなく渡唐仕りて候。 心静かに所々を一見せばやと存じ候。 げにや江霞浦を隔てゝ人煙遠し。 湖水天に連なつて雁點遥かなり。 眺めやる遠山もとの群竹の。 霞こめたる面白さよ。 またこれなる岨傳ひを山人の來り候。 この者を待ち名所をも尋ねばやと存じ候 630 見わたせば柳櫻をこきまぜて 都ぞ春の錦なりける 周囲を展望すれば、柳は柔らかな緑にけぶり、花はしっとりと紅に染まって、都はまるでそれらの色彩を混織しており出した春の錦と見まがうばかりです。 素性法師(古今集・春上 など) 右近 サシ シテ 「春風桃李花の開くる時。 人の心も花やかに。 あくがれ出づる都の空。 げに長閑なる時とかや 一セイ シテ・ツレ 「見渡せば。 柳櫻をこきまぜて。 にしきを飾る。 花ぐるま 二ノ句 シテ 「来る春ごとに誘はるる シテ・ツレ 「心も長き。 けしきかな 遊行柳 シテ 「柳桜をこは交ぜて 地 「錦を飾る諸人の。 花やかなるや小簾の隙洩り來る風の匂ひより。 手飼の虎の引綱も。 長き思ひに楢の葉の。 その柏木の及びなき。 戀路も由なしや。 これは老いたる柳色の。 狩衣も風折も。 風に漂ふ足もとの。 弱きもよしや老木の柳氣力なうしてよわよわと。 立ち舞ふも夢人を。 現と見るぞはかなき 西行桜 サシ シテ 「九重に咲けども花の八重櫻 地 「幾代の春を重ぬらん シテ 「しかるに花の名高きは 地 「まづ初花を急ぐなる。 近衛殿の糸櫻 クセ 「見渡せば。 柳桜をこき交ぜて。 都は春の錦。 燦爛たり。 千本の櫻を植ゑ置きその色を。 所の名に見する。 千本の花盛り。 雲路や雪に殘るらん。 雲林院 上歌 地 「げに枝を惜しむは又春のため手折るは。 見ぬ人のため。 惜しむも乞ふも情あり。 二つの色の爭ひ柳櫻をこき交ぜて。 都ぞ春の.錦なる都ぞ春の錦なる 盛久 一セイ シテ 「何時か又。 清水寺の花盛り 地 「歸る春なき。 名殘かな シテ 「音に立てぬも音羽山 地 「たきつこゝろを。 人知らじ サシ シテ 「見渡せば。 柳桜をこき交ぜて。 錦と見ゆる故郷の空 地 「また何時かはと思ひ出の。 限りなるべき東路に。 思ひ立つこそ名殘なれ 632 前途程遠し 思ひを 雁山 がんさんの 暮 ゆふべの雲に馳す 後會 こうくわい 期 ご遙かなり 纓 えいを 鴻臚 かうろの暁の涙に 霑 うるほす 前途程遠 馳思於鴈山之暮雲 後会期遥 霑纓於鴻臚之曉涙 (渤海の客使が、任終わってその郷国に帰ろうとするときの詩の序)私の前途はまことに遠い旅程で、雁がその門より飛び立つという雁門山にたなびく夕べの雲を思いやることです。 君とこの後再会することができるのは、いつのことでありましょうか。 この鴻臚館の夜明けの別れに、私は冠の紐を涙でぬらしております。 夏夜於鴻臚館、餞北客 大江朝綱(本朝文粋 巻九 詩序二 祖餞) 延喜八年、天下太平、海外慕化。 北客算彼星躔、朝此日域。 望扶木而鳥集、渉滄溟而子来。 我后憐其志褒其労、或降恩或増爵。 於是飫宴之礼已畢、俶装之期忽催。 夫別易会難、来遅去速。 李都尉於焉心折、宋大夫以之骨驚。 想彼梯山航海、凌風穴之煙嵐、廻棹揚鞭、披亀林之蒙霧、依依然莫不感忘遐之誠焉。 若非課詩媒而寛愁緒、携歓旧而緩悲端、何以続寸断之腸、休半銷之魂者乎。 于時日会鶉尾、船艤竜頭。 麦秋動揺落之情、桂月倍分隔之恨。 嗟呼、 前途程遠、馳思於雁山之暮雲、後会期遥、霑纓於鴻臚之暁涙。 予翰苑凡叢、楊庭散木。 媿対遼水之客、敢陳孟浪之詞云爾。 俊成忠度 サシ シテ 「前途程遠し。 思ひを雁山の夕べの雲に馳す。 八重の潮路に沈みし身なれども。 なほ九重の春に引かれ。 共に眺めし花の色。 我が面影や見えつらん。 命たゞ心にかなふものならば。 何か別れの。 もの憂かるべき。 いかに俊成卿。 忠度こそこれまで參りて候へ 644 渡口 とこうの 郵船 いうせんは風 定 しづまつて出づ 波頭 はとうの 謫處 たくしよは日晴れて看ゆ 渡口郵船風定出 波頭謫處日晴看 渡し場の埠頭から郵便船は風の静まるのを待って出帆します。 海のかなたには私の流される隠岐の島が、日の晴れるにつれてはるかに見えてきました。 [参考] 将赴謫処隠岐国 小野篁(日本詩紀 巻十一)(原文未詳) 渡口郵船風定出 波頭謫処日晴看 船弁慶 ワキ 「いやいやこれは苦しからぬ。 旅の船路の門出の和歌。 たゞ一さしと勧むれば シテ 「その時静は立ち上り。 時の調子を取りあへず。 渡口の郵船は。 風靜まつて出づ 地 「波頭の謫所は日晴れて見ゆ ワキ 「これに烏帽子の候召され候へ 〈物著〉 647 ほのぼのと明石の浦の朝霧に 島がくれゆく舟をしぞおもふ ほのぼのと明けていく明石の浦の朝霧の中に、はるか遠くの島々に漕ぎかくれて行く舟の行方が、いつまでも眺めやられることです。 柿本人麻呂(古今集・羈旅 など) 俊成忠度 クセ 「その故は。 素盞嗚の尊の。 女と住み給はんとて。 出雲の國に在して。 大宮造りせし處に。 八色雲の立つを。 御覧じて尊の。 一首の御詠かくばかり。 八雲立つ出雲八重垣妻こめに。 八重垣つくる。 その八重垣をと。 神詠も忝や今の世の例なるべし。 さても我須磨の浦に。 旅寝して眺めやる。 明石の浦の朝霧と。 詠みしも思ひ知られたり 知章 上歌 地 「おぼろなる。 雁の姿や月の影。 雁の姿や月の影。 うつす繪島の島隠れ。 行く船を。 惜しとぞ思ふ我が父に。 別れし船影の跡白波も懷しや。 よしとても終に我が。 憂き身を捨てゝ西海の藻屑となりし浦の波。 かさねて弔ひて.賜び給へ重ねて弔ひて賜び給へ 草子洗小町 貫之 「ほのぼのと。 明石の浦の。 朝霧に。 島がくれ行く。 舟をしぞ思ふ 上歌 地 「げに島隠れ入る月の。 げに島隠れ入る月の。 淡路の繪島國なれや。 始めて歌の遊びこそ心和らぐ道となれ。 その歌人の名所も。 皆庭上に竝み居つゝ。 君の宣旨を.待ち居たり君の宣旨を待ち居たり 住吉詣 シテ 「數ならで。 難波の事も。 かひなきに。 なに身をつくし。 思ひ初めけん。 互の心を夕汐滿ち来て 地 「入江の田鶴も。 聲惜しまぬ程あはれなる折から。 人目も褁まず逢ひ見まほしくは。 思へども。 はや漕ぎ離れて。 行く袖の露けさも昔に似たる旅衣。 田蓑の島も。 遠ざかるまゝに。 名殘も牛の。 車に召されて上れば下るや。 稲舟の。 舟影もほのぼのと明石の浦曲の舟をし思ひの。 別れかな 648 わたのはら八十島かけて漕ぎいでぬと 人には告げよあまのつり舟 海上へ舟を浮かべて釣りする猟師たちよ。 私は波路はるかに、多くの島々を漕ぎ過ぎて行ってしまったのだと、都へ便りある人に告げてください。 小野篁(古今集・羈旅 など) 龍虎 道行 ワキ・ワキツレ 「天の原。 八十島かけて漕ぎ出づる。 八十島かけて漕ぎ出づる。 船路の末も不知火の。 筑紫を後になしはてゝ。 行方に續く雲の波霞を分くる海原に。 また山見えて程もなく。 はや唐土に.着きにけりはや唐土に着きにけり.

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良寛様の漢詩

大江山の歌 思す 意味

その技法は拙く、斜に構えたような「中二病」感が気になる方も多いと思いますが、その奥にある豊かな心の動きにも注目して頂けると嬉しいです。 11、赤きは酒の咎ぞ 鬼とな思(おぼ)しそよ 恐れ給はで 我に相馴れ給はば 興がる友と 思すべし 我も其方(そなた)の 御姿(おんすがた) うち見にはうち見には 恐ろしげなれど 馴れてつぼいは山伏 山伏(源頼光)たちと酒宴に興じる酒呑童子。 「大江山酒天童子絵巻」より。 【意訳】赤いのは酒に酔っているからであって、俺を赤鬼だなどと恐れないで欲しい。 打ち解ければ楽しい友達になれるのだから。 そもそも俺だって、最初にお前の姿を見た時は警戒したけれど、こうして話してみればいいヤツじゃないか。 山伏殿よ。 これは大江山の酒呑童子(しゅてんどうじ)を退治するため、山伏に変装してやって来た源頼光(みなもとの らいこう)たちに対して、酒呑童子が「みんな俺を赤鬼だと恐れるけれどよぉ、本当は心優しい人間なんだぜ……」と愚痴?をこぼすシーンを詠んだものです。 一説には、酒呑童子はもともと人間(しかもイケメン)だったのが、とある女性をフった怨みで呪いをかけられ、醜く恐ろしい鬼の姿になってしまったとも言われています。 「……だからせめて、この鬼の姿を恐れず接してくれるお前たちだけは、俺と分け隔てない親友になって欲しい」 そう聞くと、ちょっと切ない気持ちになってしまいそうですが、情に流されない頼光たちは冷徹に任務を完遂。 酒呑童子は最期に悲痛な叫びを遺します。 (意:お前たちは言ったじゃないか!俺と偽りなき親友になってくれると!鬼ならば、こんな卑怯なやり方で敵を欺きはしない!) 「これでも俺、先月までは御殿で暮らしてたんだぜ……?」飢えと寒さに、かつての幸福を懐かしむ人々。 「かつては世の栄耀栄華を極めた俺も、今じゃこんな侘しい暮らし……本当に世の中、明日の事は判らないもんだなぁ……うぅ寒いっ」 そんな嘆息が聞こえてくるようですが、「お前なんか、まだマシな方さ」とばかり次の歌が詠まれています。 せめて 時雨(しぐ)れよかし 独り板屋の淋しきに 【意訳】せめて時雨でも降ってくれれば、独りぼっちの淋しさが少しは紛れるのに……。 こちら篠屋よりも屋根・壁のしっかりした板屋(バラック)ですが、あまりにも静か過ぎて独りぼっちが身に沁みる……それに比べれば、雨漏りが絶えない篠屋であっても、誰かと一緒に居られるなら、その方がよほどマシだと言っているのでしょう。 皆さんなら、どっちがマシだと思いますか? 13、申したやなう 申したやなう 身が身であらうには 申したやなう 【意訳】告白したい。 告白したい。 私の身分さえちゃんとしていたなら、告白できるのに……。 身分違いな恋の典型例みたいな一首、自分の身分に引け目を感じて告白できずにいる心情が詠まれています。 告白したいのなら、ダメ元でもさっさと白黒つけてしまえ、と思わなくもありませんが、場合によっては相手に迷惑をかけてしまう事にもなりかねず、さりとて何も言わずに身を引くのはあまりにも辛すぎる……。 そんな複雑な女性の恋心は、室町時代も現代も変わらないようです。 14、おりゃれおりゃれおりゃれ おりゃり初めておりゃらねば 俺が名が立つ ただおりゃれ 「私に恥をかかせようものなら……分かっていますね?」 【意訳】来てよ、来てよ、来てよ!一度きりなんてあんまりじゃない。 いいから来てよ! 「おりゃれ」は「おいでやれ」の訛ったもので、何度も何度もせがむ内に、言葉がゲシュタルト崩壊を起こしかけているようです。 同時に「俺はお前のそういう『重さ』が嫌で逃げ出したんだよ!」と言う男の本音も聞こえて来そうですが、あんまり邪険にあしらうと、『源氏物語』のヒロイン・六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)のような生霊(いきすだま)に憑り殺されてしまうかも知れませんよ。 しかし、これらの歌に込められた感情の熱量は、単に下劣として切り捨てるには惜しい「痛惜(いとお)しさ」すなわち「愛おしさ」を備えているように思われてなりません。 よく学校で「言葉や服装の乱れは、心の乱れ」と教えられましたが、それは逆に「心が乱れるから、言葉や服装が乱れる」とも言える訳で、いかに当時の社会が乱れていたかが偲ばれます。 この『閑吟集』は、とある桑門(そうもん。 僧侶)が富士山を遠く望む生活の中でまとめたことが本書の「仮名序」に書かれています。 多くの死を弔い、世の無常を見てきた僧侶なればこそ、いかに拙く、愚かしくとも、人々が熱く生きた刹那々々を和歌に切り取り、無縁仏への供養として後世に残そうとしたのかも知れません。 とっても痛々しくて愛おしい室町時代の中二病文学『閑吟集』には、全部で300以上の歌が収録されているので、是非とも一度手にとって、お気に入りの歌を見つけて欲しいと思います。

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校長だより

大江山の歌 思す 意味

その技法は拙く、斜に構えたような「中二病」感が気になる方も多いと思いますが、その奥にある豊かな心の動きにも注目して頂けると嬉しいです。 11、赤きは酒の咎ぞ 鬼とな思(おぼ)しそよ 恐れ給はで 我に相馴れ給はば 興がる友と 思すべし 我も其方(そなた)の 御姿(おんすがた) うち見にはうち見には 恐ろしげなれど 馴れてつぼいは山伏 山伏(源頼光)たちと酒宴に興じる酒呑童子。 「大江山酒天童子絵巻」より。 【意訳】赤いのは酒に酔っているからであって、俺を赤鬼だなどと恐れないで欲しい。 打ち解ければ楽しい友達になれるのだから。 そもそも俺だって、最初にお前の姿を見た時は警戒したけれど、こうして話してみればいいヤツじゃないか。 山伏殿よ。 これは大江山の酒呑童子(しゅてんどうじ)を退治するため、山伏に変装してやって来た源頼光(みなもとの らいこう)たちに対して、酒呑童子が「みんな俺を赤鬼だと恐れるけれどよぉ、本当は心優しい人間なんだぜ……」と愚痴?をこぼすシーンを詠んだものです。 一説には、酒呑童子はもともと人間(しかもイケメン)だったのが、とある女性をフった怨みで呪いをかけられ、醜く恐ろしい鬼の姿になってしまったとも言われています。 「……だからせめて、この鬼の姿を恐れず接してくれるお前たちだけは、俺と分け隔てない親友になって欲しい」 そう聞くと、ちょっと切ない気持ちになってしまいそうですが、情に流されない頼光たちは冷徹に任務を完遂。 酒呑童子は最期に悲痛な叫びを遺します。 (意:お前たちは言ったじゃないか!俺と偽りなき親友になってくれると!鬼ならば、こんな卑怯なやり方で敵を欺きはしない!) 「これでも俺、先月までは御殿で暮らしてたんだぜ……?」飢えと寒さに、かつての幸福を懐かしむ人々。 「かつては世の栄耀栄華を極めた俺も、今じゃこんな侘しい暮らし……本当に世の中、明日の事は判らないもんだなぁ……うぅ寒いっ」 そんな嘆息が聞こえてくるようですが、「お前なんか、まだマシな方さ」とばかり次の歌が詠まれています。 せめて 時雨(しぐ)れよかし 独り板屋の淋しきに 【意訳】せめて時雨でも降ってくれれば、独りぼっちの淋しさが少しは紛れるのに……。 こちら篠屋よりも屋根・壁のしっかりした板屋(バラック)ですが、あまりにも静か過ぎて独りぼっちが身に沁みる……それに比べれば、雨漏りが絶えない篠屋であっても、誰かと一緒に居られるなら、その方がよほどマシだと言っているのでしょう。 皆さんなら、どっちがマシだと思いますか? 13、申したやなう 申したやなう 身が身であらうには 申したやなう 【意訳】告白したい。 告白したい。 私の身分さえちゃんとしていたなら、告白できるのに……。 身分違いな恋の典型例みたいな一首、自分の身分に引け目を感じて告白できずにいる心情が詠まれています。 告白したいのなら、ダメ元でもさっさと白黒つけてしまえ、と思わなくもありませんが、場合によっては相手に迷惑をかけてしまう事にもなりかねず、さりとて何も言わずに身を引くのはあまりにも辛すぎる……。 そんな複雑な女性の恋心は、室町時代も現代も変わらないようです。 14、おりゃれおりゃれおりゃれ おりゃり初めておりゃらねば 俺が名が立つ ただおりゃれ 「私に恥をかかせようものなら……分かっていますね?」 【意訳】来てよ、来てよ、来てよ!一度きりなんてあんまりじゃない。 いいから来てよ! 「おりゃれ」は「おいでやれ」の訛ったもので、何度も何度もせがむ内に、言葉がゲシュタルト崩壊を起こしかけているようです。 同時に「俺はお前のそういう『重さ』が嫌で逃げ出したんだよ!」と言う男の本音も聞こえて来そうですが、あんまり邪険にあしらうと、『源氏物語』のヒロイン・六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)のような生霊(いきすだま)に憑り殺されてしまうかも知れませんよ。 しかし、これらの歌に込められた感情の熱量は、単に下劣として切り捨てるには惜しい「痛惜(いとお)しさ」すなわち「愛おしさ」を備えているように思われてなりません。 よく学校で「言葉や服装の乱れは、心の乱れ」と教えられましたが、それは逆に「心が乱れるから、言葉や服装が乱れる」とも言える訳で、いかに当時の社会が乱れていたかが偲ばれます。 この『閑吟集』は、とある桑門(そうもん。 僧侶)が富士山を遠く望む生活の中でまとめたことが本書の「仮名序」に書かれています。 多くの死を弔い、世の無常を見てきた僧侶なればこそ、いかに拙く、愚かしくとも、人々が熱く生きた刹那々々を和歌に切り取り、無縁仏への供養として後世に残そうとしたのかも知れません。 とっても痛々しくて愛おしい室町時代の中二病文学『閑吟集』には、全部で300以上の歌が収録されているので、是非とも一度手にとって、お気に入りの歌を見つけて欲しいと思います。

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