宮本信子。 【宮本信子】プロフィール(年齢・身長・映画・ドラマ)

【宮本信子】プロフィール(年齢・身長・映画・ドラマ)

宮本信子

Sponsored Link 年齢は?出身は?身長は?本名は? 山口さんは、1947年5月10日生まれ、 東京都中央区のご出身、 身長160センチ、 スリーサイズは、84-68-92、 靴のサイズは23. 女優デビューは?NHK朝ドラ「繭子ひとり」のヒロインでブレイク! 山口さんは、18歳の時、桐朋学園大学短期大学部の芸術科(演劇専攻)に入学すると、この大学で演劇を教えていた小説家で劇作家の安部公房さんと出会い、師事されたそうで、 大学卒業後は、 「俳優座」に入り、舞台で活動されると、1970年には、 「若者の旗」で映画デビュー。 翌年の1971年には、NHK朝の連続テレビ小説 「繭子ひとり」でヒロインの加藤繭子役に抜擢されると、ドラマは、最高視聴率55. 2%と大ヒットを記録し、山口さんも一躍、脚光を浴びます。 「繭子ひとり」より。 その後、1973年からは、師である安部さんが設立した演劇集団 「安部公房スタジオ」のメンバーとなって、看板女優として活躍され、 「俳優座」との掛け持ちで舞台に立つほか、テレビドラマや映画にも出演されていたのですが、 1979年には、デビュー当時から所属していた 「俳優座」を離れてフリーに。 以降も、引き続き、舞台、テレビドラマ、映画と幅広く活動されています。 (「安部公房スタジオ」は、1982年、安部さんの体調不良により活動休止となっています) 出演作品(テレビドラマ、映画) それでは、ここで、 山口さんのそのほかの出演作品もご紹介しましょう。 テレビドラマでは、 1971年 NHK朝の連続テレビ小説 「繭子ひとり」 1974年 「土曜日の女シリーズ『女子高校生殺人事件』」 1976年 「伝七捕物帳」第103話 1978年 「こおろぎ橋」 1980年 「噂の刑事トミーとマツ」第30話 1981年 「時代劇スペシャル『仇討選手』」 1982年 「地獄の左門十手無頼帖」 1983年 「雪の蛍」 1984年 「乾いて候」 1985年 「小さな訪問者」 1986年 「ひとひらの雪」 1987年 「火曜サスペンス劇場『土地狂乱殺人事件』」 1988年 「ベイシティ刑事」第22話 1989年 「さすらい刑事旅情編」第2シリーズ 第12話 1990年 「世にも奇妙な物語『配達されない手紙』」 「世にも奇妙な物語『配達されない手紙』」より。 1991年 「銭形平次」第1シリーズ 第13話 1992年 「妻たちの劇場・天上の青」 1993年 「銭形平次」第3シリーズ 第10話 1994年 「鬼平犯科帳」第5シリーズ 第12話 1995年 「土曜ワイド劇場『同居人カップルの殺人推理旅行2』」 1996年 NHK 「素敵に女ざかり」 「鬼平犯科帳」より。 山口さんとさん。 1997年 「家政婦は見た! 」第5・6話 1999年 「別れたら好きな人」 2000年 NHK大河ドラマ 「葵 徳川三代」 2001年 「FACE~見知らぬ恋人~」 2003年 「月曜ドラマスペシャル『早乙女千春の添乗報告書13』」 2004年 「捜査検事・近松茂道3」 2005年 「水戸黄門」第34部 2007年 「土曜ワイド劇場『おかしな刑事4』」 2008年 「温泉若おかみの殺人推理19 富山大牧温泉~旅グルメ番組殺人事件」 2009年 NHK大河ドラマ 「天地人」 2010年 「土曜ワイド劇場『おとり捜査官・北見志穂14』」 2011年 NHK大河ドラマ 「江~姫たちの戦国~」 「温泉若おかみの殺人推理19 富山大牧温泉~旅グルメ番組殺人事件」より。 (左から)山口さん、さん、さん。 2012年 「警視庁捜査一課9係」 2013年 「仮面ライダーウィザード」 2014年 「ペテロの葬列」 2015年 「最後の証人」 2016年 「相棒」 2018年 「科捜研の女」 「科捜研の女」より。 横山歩さんと山口さん。 映画では、 1970年 「若者の旗」 1971年 「黒の斜面」 1972年 「忍ぶ川」 1974年 「砂の器」 1980年 「海潮音」 「仔象は死んだ」 1988年 「四月怪談」 「砂の器」より。 (左から)さん、山口さん、佐分利信さん。 1989年 「桜の樹の下で」 1990年 「ぼくと、ぼくらの夏」 2002年 「十七歳」 2007年 「裁判員? 選ばれ、そして見えてきたもの」 2009年 「ゆずり葉-君もまた次のきみへ-」 2016年 「フローレンスは眠る」 ほか、数多くの作品に出演されています。

次の

宮本信子OfficialSite

宮本信子

宮本信子の息子(長男)は俳優の池内万作。 画像あり? 夫で映画監督の 伊丹十三(いたみ じゅうぞう)氏が監督を務めた映画『お葬式』に主演し、ブレイクした宮本信子さん。 その後出演した『マルサの女』で人気を不動のものとします。 作品ごとに多種多様なキャラクターを演じ分け、美人・ブサイクなんでもこなす演技力で、国内の映画賞を多数受賞しています。 そんな宮本信子さんと伊丹十三さんの間には 2人の息子さんがいます。 長男は池内万作(いけうち まんさく)さんで、俳優として活躍しています。 宮本信子の息子(長男)の経歴は? 池内万作さんは芸能人御用達の一貫校である 和光学園に進学し、 高校2年生のときにアメリカの高校へ編入しました。 スポンサーリンク 卒業後はロンドンへ渡り、 リー・ストラスバーグ校にて3年間、演技と脚本を学びます。 帰国後の1995年にデビューし、2002年からは『こちら本池上署』にレギュラー出演していました。 池内万作さん数々のドラマや映画に出演していますが、その演技力には批判的な声も多く 、大根役者と言われることもしばしば。 大根というよりは、個性的で独特の雰囲気を持っているので、万人受けしないのではないでしょうか。 存在感はあるので 「個性派俳優」という表現が合っていると思います。 私生活では、2016年5月4日に 音楽家の本田みちよさんと結婚しています。 本田美千代さんは京都出身の方で10歳の時より合唱団に在籍・シンガーソングライターをされていますよ! 1973年11月20日生まれですので池内万作さんの1つ下になりますね。 オシドリ夫婦と言われていますので今後が楽しみですね。 池内万作さんは他にも社団法人「MUSIC SHARE」を設立して、社会活動につとめているようです。 宮本信子の息子(次男)は池内万平で画像は? 宮本信子さんの 次男は池内万平(いけうち まんぺい)さん。 少年時代に伊丹十三監督映画の「タンポポ」に出演をしていたこともありましたが、 現在は役者はしていないようです。 伊丹十三さんののエッセイにも頻繁に登場していましたが、母である宮本信子さんいわく、 「助監督に怒鳴られすぎたのか芸能界に興味がなく、 今は伊丹十三記念館の手伝いをしている」 とのことでした。 現在は伊丹十三記念館の評議員として活動しており、職業は 株 伊丹プロダクション取締役となっています。 裏方に回ったのですね。 スポンサーリンク 宮本信子と夫の伊丹十三について 宮本信子さんは 伊丹十三さんと映画『日本春歌考』での共演が縁で、結婚します。 子どもが3歳頃から女優として活動を再開し、伊丹十三さんは「妻はいい女優なのに、なかなか主役の話が来ない。 ならば彼女を主役にした映画を自分で撮ってしまえば良い」と、 「お葬式」に起用したそうです。 芸能界きってのおしどり夫婦として有名でした。 「NHKの『明日の家族』っていう番組がありまして。 (伊丹が)ディレクターの人と、『どっちが先にお茶を誘うか』ってことで賭けをしたらしいです。 それがはじめ。 だから『お茶はけっこうでございます。 今日は早く帰ります』って(2人を断っていた)」 本人が「 大変な時期もあった」と振り返る結婚生活だが、ただ一つ宮本の意見が通ったことがあるという。 「私は『 子供が欲しい』と言いました。 (でも彼は)『 いらない。 自分に似たような子はいらない。 自分が嫌いだ』って言うんですね。 そのころ(夫は)『世界は人口が増えていて、増え続けると食糧難になる』って心配していて、『 だから子供はいらない』とも。 『でもね、(将来)2人死ぬでしょ。 2人死ぬから2人はいいんじゃないですか』って言って。 それで『うっ』ってなって、私が勝ったんです。 2人産んだのが、万作と万平」 いざお子さんが産まれると、伊丹十三さんは 完全なる子煩悩になったそうですから、天才と言われた監督も普通の父親だったのですね。 宮本信子の夫・伊丹十三の死因は? 伊丹十三さんは1997年12月20日、伊丹プロダクションのある東京麻布の マンション下で亡くなっているのが発見されました。 いまでもその 不可解な死に疑問の声があがっています。 かつて『ミンボーの女』(1992年)公開後に襲撃事件があった経緯から、当初から 暴力団の関与を疑う声はあった。 ただ、事務所にワープロ印字の遺書らしきものが(別途関係者宛にも)残されていて、そこに「身をもって潔白を証明します。 何もなかったというのはこれ以外の方法では立証できないのです」との文言があったことから、写真週刊誌『フラッシュ』によりSMクラブ通いや不倫疑惑が取り沙汰されたことに対する 抗議の投身自殺か、とも推測されるようになった。 結局は警察が 死因を「自殺」と断定しましたが、伊丹十三さんをよく知る人たちはそろって自殺を否定されています。 しかし、妻である宮本信子さんはプロデューサーの玉置泰さんへ、 伊丹十三さんの遺書を渡したとされており、やはり自殺で間違いなさそうですね。

次の

宮本信子OfficialSite

宮本信子

宮本信子のプロフィール 出典:csc-ehime. oricon. 現在の年齢はなんと 72歳でした! とても72歳には見えないですよね、お美しい! 若さの秘訣なんかあったら教えてほしいですね。 宮本信子の経歴 北海道小樽市で生まれ育った 宮本信子は4歳の時に名古屋に移住したそうです。 習い事で日舞をやっていた 宮本信子は発表会の舞台に感動して、役者に憧れたそうです。 高校を卒業した 宮本信子は『 文学座附属演劇研究所』に所属し、翌年には劇団青芸に在籍し『 三日月の影』や『 地の群れ』といった舞台に出演した。 映画『 日本春歌考』で知り合った 伊丹十三と結婚した 宮本信子は二児の母となり、子育てに専念するために一時芸能界を離れた。 1984年に映画『 お葬式』で復帰した 宮本信子は、1988年に公開された映画『 マルサの女』が大ヒット。 演技力が評価されて、• シカゴ国際映画祭 最優秀主演女優賞• 日本アカデミー賞 最優秀主演女優賞• キネマ旬報報道主演女優賞 など数多くの賞を受賞し、 宮本信子の代表作となった。 以降も数多くの作品に出演した 宮本信子は、2000年から歌手としてJAZZ LIVEの活動も始めた。 2007年に10年ぶりの映画出演となった『 眉山』で『 日本アカデミー賞優秀助演賞』を受賞した。 大河ドラマ『 天地人』ではナレーションを務めるなど、女優以外でもマルチに活躍している。 2011年には映画『 阪急電車 片道15分の奇跡』で『 報知映画賞 助演女優賞』、『 日本アカデミー賞 優秀助演女優賞』、『 日本映画批評家大賞 助演女優賞』を受賞した。 連続テレビ小説『 あまちゃん』にも出演し活躍している。 宮本信子の旦那さんは誰なんでしょう? 簡単なプロフィール 【名前】:伊丹十三 【読み方】:いたみ じゅうぞう 【本名】:池内義弘(いけうち よしひろ) 【出身地】:京都府 【生年月日】:1933年5月15日 【年齢】:享年64歳 【職業】:映画監督、俳優、CMクリエイター、ドキュメンタリー作家 映画監督で俳優としても活動していた 伊丹十三さんでした。 お二人の出会いは映画『 日本春歌考』で共演したことだそうです。 伊丹十三さんは残念ながら1997年にお亡くなりになっていましたが、生前は自身が手掛けた映画には 宮本信子を主演で起用していました。 これについて 伊丹十三さんは、 「妻はいい女優なのに、なかなか主役の話が来ない。 ならば彼女を主役にした映画を自分で撮ってしまえば良い」 と語っていました。 実力がありながら、結果に結びつかない 宮本信子の為に自ら映画を制作して主演にしてしまうとは、なかなかできることではないですよね? 伊丹十三さんの行動力は凄いです! こちらが 伊丹十三さんの画像です。 出典: おー、なかなかのイケメンですね! こちらは26歳の時の画像だそうです。 宮本信子の息子ですが、長男は俳優の 池内万作さんだそうです。 1995年より俳優としてデビューしており、ドラマ『 こちら本池上署』や映画『 犬神家の一族』などに出演しています。 こちらが 池内万作さんの画像になります。 出典:nekocat-blog. とっても男前な顔立ちですよね。 若い頃が美人すぎるw 出典:www. crank-in. こんな美しい奥さんをもらった 伊丹十三さんは羨ましいですw 資生堂のCMで昔と変わらぬ美しさを披露した 宮本信子、今後の活躍にも期待したいですね! こちらが資生堂のCMです。 最後までお読みいただきありがとうございます スポンサーリンク.

次の