柳崎 その二つのチームでの指導以外に『バモス・スクール』という小学生が対象のスクールと、『さみどり幼稚園』での課外教室としてのサッカーも指導しています。 前半早い時間に点を重ね、前半で3-0と折り返す事ができました、ただまだまだ自分達のサッカーを、 やるべきことをして行こうとHTで話し、 もっともっとを求め続けた結果、大量得点での 勝利となりました! 3連覇👑 これも決勝が決まった日からの 1週間の選手達の良い準備。
11今回、ゼストとして、FKアドリアの共同オーナー就任をはじめ、今年の12月に福岡で開催するでは、アジアの選手も招聘するイベントに拡大します。 ードイツのVfBシュツットガルトのGK育成コーチを務めていらっしゃる松岡裕三郎さんからのご紹介で今回、柳崎さんにご登場願ったのですが、松岡さんとはどのようなつながりがあるのでしょうか。
だから、こちらが少し強い口調で指導をしても、選手同士で励まし合いながらやっていく、という感じになります。
それが自分たちの手ごたえになりますし、逆に「何が足らないんだろう」と考えるエネルギーにもなります。
このクラブの創設時期と、創設の意図は? 柳崎 2017年に創設されました。
ー全国大会出場がかかった大会で監督として指揮を執ったのはその高円宮杯の予選が初めてですよね。 ー初出場ですよね? 柳崎 創設後初めてです。
7でも、「鹿実のサッカーは変わったね」「面白いサッカーをしているね」という声が増えたのは事実です。
ー6年間トータルと言いながら、『FC Kajitsu U-15』は、いわゆる中学校の部活とは異なるわけですが、そのことによるデメリットはないのでしょうか? 柳崎 指導する側から言えば、『FC Kajitsu U-15』で指導した選手が必ずしも鹿実に進学するとは限らない、つまり良い選手が他の高校に引っ張られる可能性があることですかね。
ーポポヴィッチ監督はJリーグの試合後会見ではものすごく穏やかに話す方ですが、試合中はベンチ前でかなり感情を出しながら指示を出している姿が印象的です。
ーでは、次の指導者の方をご紹介ください。
ー鹿実の外部コーチとの兼務ということなら、柳崎さん自身が子どもを6年間預かる、指導できる、ということですね。 奪った後に攻撃につなげるところも含めて守備だと考えてほしいですし、そのために自分が何をすべきか、どうすべきかを考えてプレーしてほしいのです。 12 mobile. 柳崎 そうですね、頭を使うことはかなり意識していたと思います。
13しっかりとした基礎があっての応用なんです。
鹿実時代には全国選手権に出場。
ーでは『FC Kajitsu U-15』について教えてください。
だから6月にU-15の監督をするようになって改めて、そこは良かったなと感じているところです。
こちらは「それがサッカーですか?」と問いたいわけです。
ーすぐに交代とういのはかなり厳しいかなと思う一方で、そうしないと頭で考えてプレーするようになるのも難しいようにも思えますね。
駒沢大卒業後にFC町田ゼルビアでプレー(2007年 — 2013年、135試合出場、22得点)、その後、地元の鹿児島ユナイテッドFCに移籍、そこで現役を終えた(2014年 — 2016年、55試合出場11得点)。
ーでも、新しいスタイルに変えた一つの成果、ということになりますね。
ゼストFCのオーナーである山内氏は、クラブの今後の方向性に関して、以下のように見解を述べた。
松岡がドイツから帰国、鹿児島に帰ってきた時に一緒にご飯を食べたり、松岡がサッカー教室を開くのでそこに私が顔を出す、とか、今でもそうやって顔を合わせています。
逆に言うと、勝つためには、いろいろな不安材料、反省材料を一つひとつつぶしていかないと勝てないんだ、ということも改めて気づきました。
しかし最近は全国の舞台に立てていない、という事実があり、それは、そういうスタイルではもう県予選を勝ち抜けない、通用しない流れになったことの表れではないのか。
そういうポリシーで鹿実の指導にあたるので、そこにつながるU-15の指導も同じ考え方をベースにした指導になっています。
その少し前からU-15の指導には携わっていました。
そのあたりのことは、僕が鹿児島ユナイテッドFCのアカデミーのコーチとして指導していた時の上司というか、アカデミーダイレクター(現・同クラブのヘッドオブコーチ)を務めていらっしゃった大久保毅さんに厳しく教えられながら僕の頭の中が整理され、それをきっかけにサッカーに関する知識を基礎から学び直していくことになりました。
柳崎 「どの相手でも自分たちがやろうとするサッカーを表現しよう」と子どもたちには伝えているので、劇的に変化するというよりも、その中での質とか、ちょっとしたところを我慢強く求めてやっています。