かり そめ の 公爵 夫人 ネタバレ。 アルセーヌ・ルパン 作品の紹介――あらすじ

【2013年大河ドラマ】八重の桜 Part55

かり そめ の 公爵 夫人 ネタバレ

この記事では かりそめの公爵夫人のネタバレ5話を紹介しています。 かりそうめの公爵夫人は、ピッコマでも1日1話読むことができますが、英語版で先を読むことができます。 ガスパルは自分勝手な人間だけど、人を利用できるような人じゃない・・・。 と思い返し、 イヴォナーもしかすると、すべての計画は、トリスタンが考えたのかもしれないー と考えがめぐります。 やはり、トリスタンは、今回の件に関しても、イヴォナがガスパルに謝るようにアドバイスをするのでした。 イヴォナVSトリスタン イヴォナは内心、-昔のように、あなたのいいなりにはならない- と思いながら、この状況を乗り切るには、カンカンに怒っている父親を利用しようと考えました。 イヴォナは、トリスタンもガスパルから支援を受けていたが、今はどうなっているの?と話題を振ります。 父親は、「いとこだから当然だろ!お前のせいで迷惑がかかっているんだ!」 と怒鳴りちらします。 トリスタンも、「ボクも援助が途絶えたよ・・・」 といいますが、イヴォナは、自分の知っている事実とは違うわ。 呟きます。 トリスタンはちょっとヤバイといったような表情。 イヴォナは続けて、 ガスパルがトリスタンにたくさんの下賎品(贈り物)を渡しているところを見た と強気に発言します。 イヴォナのセリフを聞いた父親はトリスタンを問い詰めますが、トリスタンは誤解です!と否定します。 実はイヴォナ、神獣にトリスタンとガラパスの行動を監視させていたのでした。 神獣は、そのときの映像を3人の前で映し出します。 父親はその映像をみて、イヴォナの言っていることを信じました。 トリスタンは、自分とガラパスを監視したのか!? とイヴォナに問い詰めます。 イヴォナはいたって冷静に、 「召喚獣は召喚師の感情に反応した行動をするのは知っているでしょう? 私が恋している相手(ガラパス)のところに行って、偶然2人が一緒にいるのをみたのよ」 と説明しますが・・実際は、イヴォナが神獣に命令したことだったのです。 追い討ちをかけるように、イヴォナは、• 今回の喧嘩の原因はトリスタンだったこと。 トリスタンが、ガラパスと仲良くなるために自分を利用しているのではないか?• トリスタンがガラパスから多くの贈り物を貰いたいがために、自分を利用しているのではないか? と呟きます。 トリスタンは あの贈り物は、友情の証だ! と弁明します。 イヴォナは 「うちへの援助は打ち切ったのに、トリスタンにはたくさんの贈り物をあげたのね・・・。 」 と悲しそうに呟きます。 内心は、(トリスタンは、私がガスパルの婚約者であったほうが有利であるはず・・・さぁどうするトリスタン!? ) と駆け引きをしていました。 トリスタンは、「違うってば~。 どうしたの?いつものイヴォナらしくないよ~」 と焦った感じで答えます。 父親は、「イヴォナの言うとおりだ!お前への援助は打ち切る」と、イヴォナの言うことを全面的に信じて、トリスタンを出入り禁止にすることにしました。 トリスタン「誤解です!イヴォナとガスパルがうまくいくように・・・」 と言い訳をしだしますが、そのセリフを聞いてイヴォナはまた、悲しそうに呟きます。 「私は、いつも 男爵様って呼んでいるのに・・・ 本当に 二人は特別な関係なのね。 」 そのセリフを聞いたとたん、父親は大激怒!トリスタンは追い出されてしまうのでした。 イヴォナVSガラパス イヴォナは、ガラパスとトリスタンが屋敷に寄り付かないうちに、試薬を作ってしまおうと、必要なものを買いに町にきていました ガラパスから貰った婚約指輪(お願いしてやっと買ってもらった)を売って、薬草を買っていました。 婚約指輪は安物で、少しの現金としか交換できませんでした。 試薬を作るのに「キリダンの実」が必要です。 (キリダンの実は魔力を上昇させる効果があります。 ) しかし、それを栽培している北部地方の流通を、公爵様が止めているという噂も耳にしました。 と、 トリスタン「イヴォナ!」 ガラパスとトリスタンに偶然出会ってしまいました。 トリスタンがイヴォナの荷物を持ってあげようと、手を差し出すと・・・ イヴォナは思わず、貴女には関係ないでしょ、と荷物を後ろにさっと隠します。 その態度にガラパスは、イヴォナに怒り出します 「いとこの兄さんに向かって、なんだその態度は! 全部お前が悪い! 援助が切れた今、俺のありがたみが分かっただろ? 話あってケリをつけるぞ!」 イヴォナは、話あうことなどない、と街中で一本角の大きな神獣を繰り出します!! 続きはこちら>>.

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「スワンの恋」 : 寄り道カフェ

かり そめ の 公爵 夫人 ネタバレ

悪女の定義21話のネタバレ メロドラマ小説に興奮するシャティ フェロン帝国宮廷には、2つの図書館がある。 1つは貴族にも開放されている外宮図書館リシアム。 もう一つは、皇族のみが利用可能なここ、内宮図書館ビブリオだった。 レジーナは特別にこの場所の利用が許されていた。 シャティは、本を読んでくるから時間がかかるといい、侍女たちには適当に時間をつぶしておくよう命じます。 このビブリオには、あらゆる書物が保管されており、その中には禁書であるメロドラマ小説もたっぷりとあるらしく、内容も過激なものが多いという。 超楽しみ! ウキウキでメロドラマ小説を探すシャティ。 そして、「公爵夫人はなぜ馬小屋番人とかけおちしたのか?」という小説を読み始めます。 読み終えると、自分が公爵夫人でも馬小屋番人と駆け落ちするだろうと感想を口にします。 興奮しすぎたので、他のところを見て気持ちを落ち着かせようと思うシャティ。 すると本棚の上の方に、虹色の豪華な装丁が施された、ここにある中でも最高級そうな書物を発見します。 その書物に手を伸ばすシャティ。 高すぎて手が届かず、もう少しで届きそうだと思ったその時、何者かがシャティの手をガシッと掴みました。 「ここで何をしている?」 それはなんと、皇太子だったのです。 皇太子のスパイは誰だ 皇太子「帝国皇室史録に手を伸ばすとは、一体何が狙いだ」 シャティは、ただ装丁が美しいので手に取ろうとしただけだと話すが、皇太子は信じません。 シャティ「美しいものに目を引かれるのは女の天性です。 信じるかどうかは殿下のお心のままに」 皇太子「美しいものに目を引かれるのは女の天性か…」 皇太子はそう言うと、シャティの顎に触れ、それで今日はこんなに着飾っているのかと告げます。 皇太子は、カイラードをティータイムに招待し、ずいぶんと長い時間を共に過ごしたと聞いたと話す。 嫉妬されたように感じ、顔を赤くするシャティ。 以前宮外で会った時に、エスコートしてくれた時のお礼だと話すと、カイラードとチャンドラム家のパーティーに同伴することを知っていた皇太子。 カイラードをティータイムに招待したことは知られていてもおかしくないが、パーティーの話をしてからまだ数時間。 会話の内容までこんなに早く知られているなんて、侍女の中にスパイがいると断定するシャティでした。 嫉妬心を露にする皇太子 シャティはスパイが誰か考えますが、皇太子との会話に戻ります。 パーティーに出席しないわけにはいかないと話すシャティに、どうしてカイラードなのかと言う皇太子。 シャティは、殿下が自分をエスコートしないからで、今からでも殿下が同伴を申し込んでくれるのであれば、殿下と共に参加すると告げます。 シャティ「カイラード殿下には申し訳ありませんけど…」 とシャティが言うと、名前で呼んでいるのかと、嫉妬心剝き出しの表情を見せる皇太子。 名前で呼ぶのは親密な仲である証拠で、皇太子はカイラードとシャティが親しくなるのが気に入らないようだ。 それもそのはず、皇太子は自分を孤立させようとしているのだから。 シャティ「それでは、私はこれで失礼いたしますわ」 シャティはその場を立ち去る中、皇太子は本当に自分勝手だと思うのでした。

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Empresa de trasteos y mudanzas bogota

かり そめ の 公爵 夫人 ネタバレ

今年もウィーンフィルの来日公演を聴いてきました。 日程の関係で、ブルックナーの5番のみという渋い演目。 ぽん太はほとんど聴いたことがありません。 数日前から予習はしておいたものの、あまりに長大すぎて、全貌はつかみきれませんでした。 ということで、演奏の良し悪しを語ることはできませんが、およそ1時間半、集中力が途切れることなく聴くことができました。 ウィーンフィルの音色は、フォルティッシモでも柔らかさを失わず、金管の大音響も耳に突き刺さることがありません。 また多彩な音色が、細部をくっきりと浮き上がらせました。 ラストでは弦楽器が思いっきり楽器を鳴らしてました。 トップレベルのオケがこんだけ気合いをいれてるんですから、他にかなうものはありません。 最後の音が鳴り響いてから、指揮者がタクトを下ろして拍手が始まるまでの静寂も素晴らしかった。 さすがにサントリーホールはお客さんのマナーがいいですね。 とっても満足できる一夜でした。 次回の来日公演もまた行きたいです。 5 in B-flat Major, WAB 105 Nowak Edition カルメンにジンジャー・コスタ=ジャクソン、エスカミーリョにティモシー・レナーと、美男美女をそろえた新国立の「カルメン」。 ただ二人とも、スリムな体型のせいかあまり声量がなく、4階の天井桟敷ではちときつかったです。 コスタ=ジャクソンの「ハバネラ」は、声質が一本調子で抑揚に乏しく、また時折挟む地声が耳障りで、あまり満足ができませんでした。 しかし次第に喉が暖まってきたのか、演技力のせいなのか、だんだんよくなってきて、ラストシーンはかなり感動しました。 「闘牛士の歌」の最後のところ。 メルセデスが「愛」 l'amour! と歌うとエスカミーリョが「愛」と返し、次にフラスキータが「愛」と歌うとまたエスカミーリョが「愛」と返します。 そして次にカルメンが「愛」と歌うのですが、コスタ=ジャクソンは前の二人とはまったく違う色っぽい歌い方をし、同時に腿をあらわに足を組み替えます。 ここでエスカミーリョがカルメンの存在に気づき、魅了されるというくだりは、なかなかのものでした。 確かに彼女のカルメンは、妖艶で浮気っぽい女ではなく、芯の強さと意気が感じられました。 なんか「カルメン」は、ドン・ホセの方が主みたいな気がすることが多いですが、今回の舞台では、強さゆえに死なざるを得ないカルメンの「悲劇」が前面に出て、胸に迫る思いでした。 カスタネットも上手でした。 ちと地味であまり目立たなかったけど、ドン・ホセのオレグ・ドルゴフの声が良かったです。 新国立のミカエラにレギュラー出演の砂川涼子、清楚な歌声と、美しいフランス語の発音を聴かせてくれました。 ジャン=リュック・タンゴー指揮、東京フィルの演奏は、最初の序曲で弦のメロディーラインが全然聞こえず心配しましたが、その後修正されたようで、悪くなかったです。 展示された仏像も良かったのですが、書かれている解説がとっても面白かったです。 「信仰」という点ではちょっと不謹慎顔しれないけど、一つひとつの仏さまごとにキャッチコピーがあって、特徴がわかりやすく書かれていました。 衣服に詳しいのも特徴で、ここは下着、ここは衣の折り返した部分などと、細かく記載されておりました。 おかげで仏像を見ると、だいたいいつの時代かわかるようになりました。 学芸員さん、ありがとうございました。 園城寺(三井寺)の釈迦三尊像 4、出品リストの番号)は江戸時代のもので、三尊とも座っており、華やかな宝冠をかぶっているのが特徴。 園城寺の三重塔の初層に安置されているものだそうです。 安楽寺の薬師如来坐像 5 は平安時代の作で、重要文化財。 頭部の肉髻が高めで、丸いお顔、目鼻口が中央に寄ってます。 ちょっと古風ながら、平安時代後期の作。 1年に1日しか公開していないそうです。 これまた重文の法楽寺の薬師さま 6 は、いかにも定朝様の仏さま。 膝の張りがワイドです。 12年に1度だけご開帳になる秘仏で、拝観できるのは貴重です。 重文の西教寺の薬師さま 7 は、鎌倉時代の作らしく張りがあります。 左手の薬壷を正面で持ち、右手を拝むように添えているのが珍しいです。 このペースでいちいち書いてるときりがないので、ここからスピードアップ。 阿弥陀三尊像 10 の脇侍の観音菩薩立像は、鎌倉時代の仏師・行快の作。 行快といえば、現在東京国立博物館で開かれている大報恩寺展の、秘仏ご本尊の釈迦如来を作った方ですね。 快慶のお弟子さんです。 この像の墨書銘から、この像が作られたのは1216〜1227年頃であると推定されます。 まだ快慶の存命中であり、快慶の死後に個性をいかんなく発揮した大報恩寺の釈迦如来と異なり、快慶の作風に習っています。 若干つり目でハリのあるお顔、美しいプロポーション、肉体を意識しながらも装飾的で整ったお姿です。 鎌倉時代 13世紀 の阿弥陀如来立像 11 は、左手を上げ右手を下げるという、通常とは逆の印を結んでいるのが特徴。 日本では珍しいですが、宗や高麗の仏画ではよく見られたそうです。 石山寺の重文・大日如来坐像 13 は、快慶初期の作。 昨年の奈良国の「快慶展」でもお目にかかりました。 弥勒如来坐像 14 は鉄造で、平安時代にまで遡ります。 鉄造としては最古の部類。 ちなみに先日観た東京府中の善明寺の鉄造阿弥陀如来坐像は、鎌倉時代 1253 のものでした。 三面大黒天の2点 38-1,2 は、大黒天・弁財天・毘沙門天が合体したずんぐりした木造。 同様の意匠で、江戸時代にはやったと考えられているそうです。 園城寺から、2躯の訶梨帝母倚像(かりていもいぞう)が出品されておりました。 鎌倉時代の重文の像 40 が何と言っても素晴らしい。 ポーズや衣服のひだなど、動きを感じさせます。 胸に抱かれた子に対する母親の慈愛が感じられますが、その母親も童女のような笑顔です。 もうひとつの室町時代の像は 39 、彫りといいお顔といいちょっとグロテスク。 でも足元の子供達までセットになって残っているのは珍しいんだそうです。 また、地主神社の重文のものをはじめ 43 、いくつかの木造神像が展示されておりました。 同時期の仏像と比べると、神像の造形は拙い感じがしますが、けっして作者が下手だったわけではなく、はっきりとは見えない神という存在を表現したものだそうです。 勘九郎の息子の長三郎くんが大活躍でした。 「実盛物語」の太郎吉役で長三郎くんが登場。 花道から出てきたときから満面の笑顔。 照れてるのかしら。 セリフや演技もしっかり。 他の役者さんの演技の間、じっとしているのもできてました。 見得も可愛らしかったです。 最後に馬の前に乗せてもらった時は、本当にうれしそうな顔をしてました。 太郎吉がお産を覗こうとして実盛にたしなめられる場面。 以前に見た仁左衛門は、おじいちゃんが可愛い孫を相手にしている感じでしたが、今回の勘九郎は利かん坊の息子を叱ってる感じで、頭をペンと叩いてました。 叩かれた長三郎くんが嬉しそうにしてて微笑ましかったです。 中に勘三郎が絶対入っているとぽん太が信じている長三郎くん、将来が楽しみです。 勘九郎の実盛も、美しくまっすぐで大きくて、長三郎くんに負けず良かったです。 続いて「近江のお兼」では、七之助が華麗に晒を振って舞いました。 最後の「狐狸狐狸ばなし」では、扇雀が大奮闘。 大笑いしました。 関西弁のリズムや間がよくて、芝居を面白くしてました。 毒鍋で死ぬ場面では見事なムーンウォークまで繰り出しました。 立派なコメディアンです。 おきわの七之助、重善の芝翫、牛娘の亀蔵など、皆しっかりした芝居。 又市役の役者さん、ぽん太は見覚えがなくって、女の子みたいな可愛い顔でした。 なんと扇雀の息子の虎之介とのこと。 父親に負けずに弾けてました。 「変な声出ちゃった」がおかしかったです。 こんどちゃんとした役でも見てみたいです。 で、大笑いだったんだけど、ちょっと差別的な表現があるのが気になりました。 北條秀司が「狐狸狐狸ばなし」を書いたのは昭和36年 1961 とのこと。 まあ、テレビじゃないんだし、歌舞伎といえば昔から「悪所」なんだから固いこと言わずに、という意見もあるかもしれませんが、タヌキの精神科医のぽん太としては、ちょっと表現を変えてもいいかと思いました。 中村座、昔の芝居小屋の雰囲気でホントに楽しい。 出演者もみなサービス満点だし。 勘三郎の意思を継いで、ぜひ今後も続けて欲しいです。 平成中村座 十一月大歌舞伎 十八世 中村勘三郎七回忌追善 平成中村座 平成30年11月21日 昼の部 源平布引滝 一、実盛物語(さねもりものがたり) 斎藤実盛 中村 勘九郎 小万 中村 児太郎 伜太郎吉 中村 長三郎 九郎助 中村 勘之丞 女房小よし 中村 梅花 御台葵御前 坂東 新悟 瀬尾十郎 片岡 亀蔵 二、近江のお兼(おうみのおかね) 近江のお兼 中村 七之助 北條秀司 作・演出 奈河彰輔 演出 江戸みやげ 三、狐狸狐狸ばなし(こりこりばなし) 伊之助 中村 扇雀 おきわ 中村 七之助 雇人又市 中村 虎之介 近所の女おいね 中村 梅花 博奕打ち福造 中村 福之助 おそめ 片岡 亀蔵 重善 中村 芝翫 比叡山延暦寺の国宝殿で開かれている「至宝展」に行ってきました。 国宝こそないものの、普段は非公開だったり秘仏だったりして一般には決して観ることができない仏さまがずらりと並んだ、素晴らしい展覧会でした。 ただ、図録を販売しておらず、あとで出品目録を眺めても、どこのどんな仏さまだったのかがまったくわからないのが残念でした。 釈迦如来座像(目録番号1、以下数字のみ記載)と不動明王 2 は写真撮影OKでした。 釈迦如来さまは薄い衣の定朝様ですかね。 延暦寺というと、元亀2年(1571)に織田信長によって焼き討ちされたことが知られておりますが、平安時代作の多聞天・広目天 7 は、焼き討ちを免れたものとのこと。 十一面観音 13 は、最澄が生まれたお寺といわれている、坂本の生源寺に祀られている仏さま。 普段は厨子に収められており、年に一度誕生会(たんじょうえ)の時だけ拝観が許されるそうです。 伏し目がちのすっきりしたお顔、全体に彫りが浅い、平安時代の仏さま。 金属製の装飾もきれいです。 頭上の化仏のにこやかな表情が癒されます。 日光月光を従えた薬師如来坐像 17 は、おメメが後から書いたかのようにぱっちり。 同じく薬師如来坐像 18 は、ちょっと奥まった暗いところに安置されていて、よく見えませんでした。 不動明王二童子像 21 は、鎌倉時代の迫力ある像。 特に顔の表情が力強かったです。 不動明王と毘沙門天を従えた千手観音さま 22 は珍しいです。 回峰行の祖である相応(そうおう)が開いた明王寺のご本尊。 いずれも平安時代の仏様。 千手観音さまは丸顔でおっとりした表情。 毘沙門天の利かん坊のようなお顔が良かったです。 観音菩薩立像 23 は平安時代の前期の仏様で、ちょっとエキゾチックなお顔をしております。 普段は非公開だそうです。 平安時代の千手観音さま 32 は、ちょっと鳥っぽいけど、お優しいお顔。 千手も両肩からすべて垂れ下がるようについていて、お優しく癒されるお姿です。 伝教大師1200円大遠忌記念 「至宝展」 比叡山延暦寺 国宝殿 2018年8月1日〜11月30日 ・ ・ 上の動画で出品作の一部の映像がご覧いただけます。 以下に、仏様が映っているおおよその時間を付記します。 京都の大報恩寺は、2回ほど訪れておりますが、秘仏ご本尊の釈迦如来さまはこれまでお目にかかったことなし。 まだ前回訪問時は、十大弟子のうち5人が外出中でした。 ということで今回は、秘仏ご本尊の釈迦如来さまと、勢揃いした十大弟子がお目当て。 また、それぞれの後ろ側も見れるのが楽しみです。 まずは釈迦如来坐像。 一見して煌びやかさと気品に目を奪われます。 丸くて張りのあるお顔。 切れ長の目は釣りあがり、見開いた目は前方を鋭く見つめております。 口元もややへの字で筋肉が緊張しております。 威厳のある気迫のこもったお顔です。 でも、斜め横から見ると、鼻筋が高く、 口元が引き締まっていて、なかなかの美男子です。 全体のお姿はプロポーションが取れております。 肉体の表現も、慶派のリアルな表現を踏まえた上で、適度に様式化した感じ。 印相は施無畏与願印ですが、上げた右手は指を少し外側に傾け、下げた右手も小指に行くほど指をそらして、小指側をやや下げるなど、微妙な表情と柔らかさがあります。 衣紋も、お腹のあたりで垂れ下がったところや左の腕の部分、両足など、力強く流麗で、服の素材感まで感じられ、とても印象的です。 快慶の弟子である行快の手により、13世紀に作られたものとのこと。 台座や光背も造像当時のものが残っているそうです。 素晴らしい仏様を拝むことができました。 今回は十大弟子が勢ぞろい。 しかも、背後に回り込んで観ることができます。 肩甲骨のあたりの表現や、衣の背中側が見れて興味深かったです。 また横から見ると、ややパーキンソン的な姿勢の人もいれば、ぐっと背筋を伸ばした人もいて、よく観察していると思いました。 大報恩寺のパンフレットでは、目犍連と優婆離の2躯が快慶作となっていた気がしますが、今回の展覧会では10人全員が快慶作となっておりました。 図録にそこらの解説があったのかもしれませんが、ちとお高くて手が出ませんでした。 10人全員が快慶工房の作ということは共通認識だと思うのですが、そのなかで目犍連のみを快慶作とする根拠がないということかもしれません。 また定慶作の六観音菩薩像は、何度見ても素晴らしい。 こんかいは、お顔やプロポーションを見比べたりしてみました。 お顔では、如意輪観音さまや准胝観音さまが素晴らしく、プロポーションは聖観音さまがスマートでした。 なぜかお寺の創建以前に作られたという平安時代の千手観音さまは、ひらべったいお顔、はれぼったい目、翻波式の右衛門など、古風な出で立ち。 威風堂々と立ち並ぶ鎌倉の仏像群のなか、お優しいお姿にほっとできました。 特別展「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」 東京国立博物館 2018年10月2日(火) ~ 2018年12月9日(日) ・ ・ ・ ・ 仏像の出品作 1 重文 釈迦如来坐像 行快作 1軀 鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺 2 重文 十大弟子立像 2-1 重文 舎利弗立像 快慶作 1軀 鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺 2-2 重文 目犍連立像 快慶作 1軀 鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺 2-3 重文 大迦葉立像 快慶作 1軀 鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺 2-4 重文 須菩提立像 快慶作 1軀 鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺 2-5 重文 富楼那立像 快慶作 1軀 鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺 2-6 重文 迦旃延立像 快慶作 1軀 鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺 2-7 重文 阿那律立像 快慶作 1軀 鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺 2-8 重文 優婆離立像 快慶作 1軀 鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺 2-9 重文 羅睺羅立像 快慶作 1軀 鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺 2-10 重文 阿難陀立像 快慶作 1軀 鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺 4-1 天王立像 1軀 鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺 4-2 羅刹立像 その一 1軀 鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺 4-3 羅刹立像 その二 1軀 鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺 4-4 羅刹立像 その三 1軀 鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺 4-5 羅刹立像 その四 1軀 鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺 4-6 羅刹立像 その五 1軀 鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺 5 重文 誕生釈迦仏立像 1軀 鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺 6 重文 六観音菩薩像 6-1 重文 聖観音菩薩立像 肥後定慶作 1軀 鎌倉時代・貞応3年(1224) 京都・大報恩寺 6-2 重文 千手観音菩薩立像 肥後定慶作 1軀 鎌倉時代・貞応3年(1224) 京都・大報恩寺 6-3 重文 馬頭観音菩薩立像 肥後定慶作 1軀 鎌倉時代・貞応3年(1224) 京都・大報恩寺 6-4 重文 十一面観音菩薩立像 肥後定慶作 1軀 鎌倉時代・貞応3年(1224) 京都・大報恩寺 6-5 重文 准胝観音菩薩立像 肥後定慶作 1軀 鎌倉時代・貞応3年(1224) 京都・大報恩寺 6-6 重文 如意輪観音菩薩坐像 肥後定慶作 1軀 鎌倉時代・貞応3年(1224) 京都・大報恩寺 7 重文 六観音菩薩像像内納入文書 8巻のうち 7-1 重文 准胝陀羅尼経 1巻 鎌倉時代・貞応3年(1224) 京都・大報恩寺 後期に巻替あり 7-2 重文 馬頭念誦儀軌 下巻 1巻 鎌倉時代・貞応3年(1224) 京都・大報恩寺 後期に巻替あり 7-3 重文 如意心陀羅尼呪経 1巻 鎌倉時代・貞応3年(1224) 京都・大報恩寺 後期に巻替あり 8 地蔵菩薩立像 1軀 鎌倉時代・13世紀 京都・大報恩寺 16 重文 傅大士坐像および二童子立像 16-1 重文 傅大士坐像 院隆作 1軀 室町時代・応永25年(1418) 京都・大報恩寺 16-2 重文 普建立像 院隆作 1軀 室町時代・応永25年(1418) 京都・大報恩寺 16-3 重文 普成立像 院隆作 1軀 室町時代・応永25年(1418) 京都・大報恩寺 17 重文 千手観音菩薩立像 1軀 平安時代・10世紀 京都・大報恩寺 (Wikipediaからの転載許可された画像です) これまで何回か東寺は訪れたものの、いつも宝物館がお休み。 こんかい初めて観ることができました。 お目当は上の写真の像高6メートル近い平安の千手観音さまと、唐から伝わり平安京の守護として羅城門に安置されていたという兜跋毘沙門天さまです。 千手観音様は2階に祀られておりますが、ドアをくぐった瞬間にその迫力に圧倒されます。 何人もの拝観者が、「おおっ」と声をあげてました。 大木のようにどっしりと直立しております。 お顔もちょっと厳粛な表情で、我々の頭上を越えてはるかかなたをじっと見つめています。 小さな手はだいぶ欠けてしまっております。 それもそのはず、この像は昭和5年(1930)に火災のため大きな被害を受けました。 その後昭和41年(1966)から3年かけて修復が行われ、現在のお姿になったとのこと。 脚の部分の衣服が、ふくらはぎあたりで一回絞られ、そこから飛行機の水平尾翼のような感じで下に広がっております。 全体に「人間らしく」ないために、超越的で崇高な印象です。 なんだかエジプトの石像を見ているような気分がしました。 来春には東京の国立博物館で東寺展が開かれますが、さすがにこの仏様はいらっしゃらないでしょうから、こんかい拝観できてよかったです。 (Wikipediaからパブリックドメインの写真です) 続いて国宝の兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん)。 ぽん太は以前に、岩手県の成島毘沙門堂と藤里毘沙門堂で二つの兜跋毘沙門天を観たことがあります(、)。 が、なんといってもこちらが本家本元。 兜跋国(現在のトゥルファン)が敵に襲われたとき、このお姿で現れて敵を撃破したという言い伝えがあり、平城京の正門である羅城門の上に祀られ、都を守護していたものだそうです。 元々は唐で作られたものだそうで、表情やお姿がちょっとバタ臭いです。 しかし、ウェストがキュッとしまってすらりと背が高い八頭身は菜々緒も真っ青。 岩手のものと異なり、地天女の両脇に鬼まで従えております。 細工がとても細かいうえに保存状態もよく、羅城門に祀られていたといういわれも加わって、まさしく国宝にふさわしい仏さまです。 来春、東京にもお出ましになるとのこと。 また会えるのを楽しみにしております。 もう一つの重要文化財は、仏様ではありませんが、「夜叉神立像」。 かなり朽ち果てていて、目玉をひん剥き、鼻がもげたお顔はかなり怖いです。 明から伝えられたという三つの銅製の如来様は、かなり修復がなされているようですが、すらりとしたお姿と飄々としたお顔が印象的でした。 そのほか多くの仏様がいらっしゃいましたが、ちょっとお腹いっぱいになって、印象が薄れてしまいました。 0cm 江戸 愛染明王坐像 木造菜食 像高34. 1cm 室町 釈迦如来立像 木造漆箔 像高77. 3cm 鎌倉 弥勒菩薩立像 木造漆箔 像高55. 1cm 鎌倉 薬師如来座像 木造 像高66. 4cm 平安 薬師如来立像 木造 像高19. 1cm 江戸 大日如来坐像 木造漆箔 像高34. 5cm 室町 大日如来坐像 木造菜食 像高59. 7cm 室町 大日如来坐像 銀製 像高17. 0cm 江戸 阿弥陀如来坐像 木造 像高44. 7cm 平安 阿弥陀如来坐像 木造漆箔 像高54. 2cm 江戸 地蔵菩薩半跏像 木造 像高87. 6cm 平安 地蔵菩薩半跏像 木造 86. 4cm 唐 愛染明王坐像 木造彩色 像高111. 3cm 平安 如来坐像 3躯 鋳銅製 (各)像高90. 0cm 明 話題の辻井伸行くんの演奏を、初めて聴きに行きました。 曲目はショパンのピアノ協奏曲第2番。 冒頭のオーケストラの演奏のあいだ、気持ちが高まっているのか、辻井くんはブルンブルンと首と状態を振っていました。 しかも音楽のテンポと一致していないのが凄いところ。 凡人ではテンポが合ってしまいます。 いよいよピアノの登場。 どういう音を出すのか耳をそばだてます。 聴こえてきたのはとても暖かく、一つひとつの音を大切にした演奏でした。 細かい装飾や早いパッセージを弾き流しすことなく、すべての音が大切にされているように感じました。 ひとつには辻井くんの目が見えないことと関係しているのかもしれませんが、なによりも彼の人柄を反映しているように思われました。 とても素晴らしかったです。 舞台に出入りする時、指揮棒を口にくわえたアシュケナージが前になって、電車ごっこみたいな感じで行き来するのも微笑ましかったです。 アンコールはショパンの「レント・コン・グラン・エスプレッシォーネ」。 ショパンの死後に発表されたこの曲は、ショパンの姉がピアノ協奏曲第2番を練習するために書かれたと言われており、この協奏曲のモチーフが使われているので、なかなかうまい選曲でした。 シベリウスの「カレリア舞曲」はぽん太は初めて聴きました。 シベリウスらしい叙情的な作品。 最後はシベリウスの「交響曲第2番」で、大音量で熱のこもった壮大な演奏でした。 でも、ちょっと鳴らし過ぎのような気もしました。 アンコールは知らない曲でしたが、あとで調べたところ、シベリウスの「悲しきワルツ」とのこと。 アイスランド交響楽団ももちろん初めて聴きましたが、叙情的な弦楽器と、透明感のある音が魅力的でした。 アシュケナージがアイスランド国籍ということを初めて知りました。 アシュケナージ指揮 アイスランド交響楽団 ピアノ:辻井伸行 2018年11月8日 東京オペラシティ コンサートホール ・ シベリウス: カレリア組曲 ショパン: ピアノ協奏曲第2番[ピアノ:辻井伸行] シベリウス: 交響曲第2番 アンコール ショパン:レント・コン・グラン・エスプレッシォーネ シベリウス:悲しきワルツ NODA・MAPの今回の公演は、「贋作 桜の花の満開の下」。 う〜ん、なつかしい。 なん年ぶりだ? を見ると、初演は1989年で、なんと平成元年。 そして平成の終わる今年に再演。 野田秀樹のことだから、偶然じゃないよね。 その頃に観た気がするけど、東京公演の日本青年館なんて行ってないし、京都や名古屋に観に行ったはずもないから、テレビで観たのかな。 で、なんかよくわからない言葉遊びのシャワー、気持ちいいいな〜。 昔の野田秀樹、たしかこんなだったよな〜。 最近のは、戦争がどうのと、やけに説教臭いからな〜。 と言いつつ、自分の昔の写真を見たときのような、ちょっとした恥ずかしさも覚えます。 いえいえ、演劇が恥ずかしいということではないですよ。 その頃の自分をちと思い出して……。 前回に比べて、台本や演出を変えてあるのかどうかなんて、ぽん太にはまったくわかりません。 テープを使うところとかは、「THE BEE」とかでやってたのを取り入れたのかな?立ち回りや海老反りとかは、歌舞伎から取り入れたのかも。 8月の歌舞伎の「野田版 桜の森の満開の下」も見とけばよかったかな〜。 見ようと思えばシネマ歌舞伎で見れるか……。 妻夫木くんもうまくなったね〜。 声の質があんまり変わらないのが残念だけど。 それに時々野田秀樹が入ってますね。 そいえば野田秀樹、噛んで笑いをとってたけど、アドリブに見えて台本でしょうかね。 深津絵里お上手。 天海祐希はちょっと目立たず。 古田新太、大倉孝二、藤井隆、実力を発揮。 なんとニコ動に昔の動画が全編アップされてるじゃん()。 わ〜、全然違うのんねん。 古めかしい。 興味のある方はどうぞ。 なつかしくて、うれしくて、ちと恥ずしくて、久々に同窓会に参加したみたいな気分でした。 でも、同窓会から恋が芽生えるかも。 NODA・MAP 第22回公演 贋作 桜の森の満開の下 作・演出 野田秀樹 東京芸術劇場 プレイハウス 2018年11月7日マチネ ・ 耳男 妻夫木聡 夜長姫 深津絵里 オオアマ 天海祐希 マナコ 古田新太 ハンニャ 秋山菜津子 青名人 大倉孝二 赤名人 藤井隆 エナコ 村岡希美 早寝姫 門脇麦 エンマ 池田成志 アナマロ 銀粉蝶 ヒダの王 野田秀樹 池田遼 石川詩織 織田圭祐 神岡実希 上村聡 川原田樹 近藤彩香 城俊彦 末冨真由 手代木花野 橋爪渓 花島令 藤井咲有里 松本誠 的場祐太 茂手木桜子 吉田朋弘 六川裕史 舞台を見てからだいぶ時間がたって書いているので、備忘録として。 オネーギンはガニオ。 変人のオネーギンを演じられるかと思いましたが、頑張ってました。 ただ、やはり「冷たい人」という感じで、人間性を欠いた変人という感じではなかったですね。 もちろん踊りは素晴らしかったです。 タチヤーナのバデネスも、持ち前の愛嬌があるので、人間嫌いで本が好きな夢見がちな少女、という雰囲気はちとありませんでした。 レンスキーは、ブラジル生まれのダ・シルヴァ。 全体としては、感動的で素晴らしいバレエでした。 しかしこのバレエ、ぽん太はラストが気に入らないということは、何回か書きました。 今やタチヤーナは立派な公爵夫人となっているのですから、オネーギンの手紙を目の前で破るなどという無作法なことはしないはずです。 「オネーギン」は、立場が逆転したタチヤーナがオネーギンに復讐する話ではなくて、大人になって社交界の一員として責任ある立場になったタチヤーナが、自分の子供時代に別れを告げる話だと思います。 シュツットガルト・バレエ団2018年日本公演 「オネーギン」 アレクサンドル・プーシキンの韻文小説に基づく ジョン・クランコによる全3幕のバレエ 2018年11月4日 東京文化会館 ・ 振付: ジョン・クランコ 音楽: ピョートル・I. 【寺院名】上染屋不動堂 【公式サイト】見つかりません。 【住所】東京都府中市白糸台1-11 【拝観日】2018年11月3日 【拝観】1月28日と11月3日のみ(雨天はレプリカ展示)。 間近で拝観できます。 【仏像】 銅造阿弥陀如来立像 金銅 像高48. 8cm 鎌倉時代 1261 国重文 不動明王 何かの立像 【寺院名】善明寺 【公式サイト】見つかりません。 【住所】東京都府中市本町1-5-4 【拝観日】2018年11月3日 【拝観】11月3日。 仏殿の扉からの拝観なので、やや遠いです。 【仏像】 鉄造阿弥陀如来坐像 鉄造 像高178cm 鎌倉時代 1253 重文 鉄造阿弥陀如来立像 鉄造 像高100cm 鎌倉時代 重文 阿弥陀如来坐像 地蔵菩薩立像 不動明王立像 大黒様 阿弥陀三尊像 まずは、上染屋不動堂の銅造阿弥陀如来立像から。 旧甲州街道沿いにある小さなお堂ですが、当日は地元の人たちが大勢集まって、受付や解説をしてくれてました。 お堂の手前左側にある小さな祠の中に、重文の阿弥陀如来さまがおられます。 像高約50センチ。 非常に整ったお姿で、丁寧に作られてます。 お顔はふっくらとして、目は切れ長でやや釣りあがり、鼻筋が通っていて、口は小さめ。 とっても端正で、かつお優しいお顔です。 右手は上げて施無畏印。 下げた左手が刀印を結んでいるのは善光寺風ですが、法衣は、いわゆる善光寺式だと通肩(両肩にかけてある)のに対し、本像は片方だけです。 お腹が少しぷっくりと出ています。 すっきりスマートでありながら、慈悲心のあふれる素晴らしい阿弥陀様でした。 地元の人の解説や、受付でいただいたパンフレットによると、元々は上野国八幡庄で造られた阿弥陀三尊像でしたが、新田義貞が旗揚げした際、守り本尊として持参したものだそうです。 脇侍は上野国に残されていましたが、それらは明治の廃仏毀釈で失われ、中尊のみが残っているそうです。 奥の不動堂のなかには、2体の仏様が祀られておりましたが、手前の幕のために足元しか見えませんでした。 向かって左が不動明王、右は如来か観音様のようでした。 続いて善明寺は、府中本町駅近くの細い路地を入ったとことにあります。 門をくぐると、街中にしては広々とした境内で、手入れの行き届いた庭園がめにつきます。 鉄造阿弥陀如来坐像は、右手にある大きな仏殿のなかに安置されております。 で、でっかいです。 像高178cmですが、顔もふっくら、体つきもでっぷりしているので、さらに大きく感じます。 衣紋の表現も大まかで、素朴なお姿。 なんだか石仏みたいです。 背部ではなく左胸に銘文があるなど、おおらかな感じがします。 さて、阿弥陀如来坐像の向かって右には、像高1メートルほどの同じく鉄造の阿弥陀如来立像が安置されております。 こちらは坐像よりも丁寧に作られており、バランスも良く、衣紋も流麗で、肌も荒れていません。 そこでこの立像は、坐像の胎内仏だったのではないかと考えられています。 右手を上げ、左手を下げておりますが、指が失われているため印相はわかりません。 髪の毛は螺髪ではなく、縄を編んだような清涼寺式ですが、全体のお姿は清涼寺式ではありません。 入り口で解説をしていた着物姿の女性、『 』の著者の田中ひろみさんでした。 実はぽん太とにゃん子は、この本を見て府中のお寺を訪れたのでした。 配布されていた東京都教育庁のパンフレットによれば、この像はもともと武蔵国分寺の西方の鉄谷(くろがねだに)にあったと伝えられ、その後大國魂神社に安置されましたが、明治の廃仏毀釈で善明寺に移されたとのこと。 江戸時代の観光案内書の『江戸名所図会』を見ると、現在の大國魂神社である「武蔵国総社六所明神社」のところに「阿弥陀如来の鉄像」という項目がある。 高さ七尺ばかりの坐像で、肩に銘文があるとしてその文面まで書かれているので、現在の善明寺の阿弥陀様で間違いなさそう。 仮そめの雨覆いの堂が建ててあると書かれているので、雨ざらしに近い状態で置かれていたため、肌が痛んでしまっているのかもしれません。 元々は畠山重忠が愛妓のために造立し、国分寺の恋ヶ窪にあったという地元の言い伝えを、時代が合わないと否定しています。 一方で、むかし国分寺に安置されたものを盗んだ盗賊が、ここに捨て置いたものを祀ったという説も紹介しています。 同じ頃に成立した『武蔵名勝図会』にもいくつかの説が書かれておりますが、いずれも国分寺のどこかで出土して、大國魂神社に祀られたとされているようです。 面白いのは、仏像の絵が載っていること。 先ほど像の左肩に銘文があると書きましたが、実は左袖の部分にも字があるが、なんと書いてあるかわからないと、田中ひろみさんは解説しておられました。 しかしこの絵には、「藤原氏」という文字が書かれています。 だいぶ脱線しましたが、善明寺の本堂には、正面にさらにひとまわり大きな金ピカの阿弥陀如来坐像さまが祀られております。 その向かって右に地蔵菩薩、左に不動明王。 さらに左には、阿弥陀三尊像。 整ったきれいなお姿の像でしたが、中尊の阿弥陀さまが踏み下げ座で、両脇侍は片膝をたてているのが珍しいです。 一番右には大黒天が安置されておりました。

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