後日談では、給料が上がらない不満から店を辞めており(だが上述の通り、彼女は大金持ちであるため金には困らないはずである。 避難できず自室に留まっていた。
その後、彼女に寄り添う選択肢を選んだ場合は主人公と同行する事になり、心身共に憔悴しながらも共に空港に向かう(空港ルート)。
地下鉄曙空木駅のに保管している大切なもの を取りに行ってほしいと、主人公に依頼してくる。
地下鉄曙空木駅 街中にある地下鉄駅。
ロアン(ろあん) 声 - ダニーと共に留学してきた女子大学生。
取扱説明書での名前。
会に反抗する西医師拘束した際、彼の解放を命じた主人公を裏切り者扱いし、仲間に主人公の始末をけしかけ、自身も襲いかかって来る。
若本(わかもと) 声 - ベストラの社長室長で、霧島の秘書。
分岐収束~ラスト 報都新聞社周辺~崇原建設ビル 須藤が勤務するはずだった新聞社の社屋があり、西山が作業を続けている。
「災害を扱ったゲーム」を発売することはリスクが高いため、自分たちでその責任を取りたいとの思いからの独立であったという。 一時は下町の住人の島杉直人が放火犯と断定されたが、かつての職場であるホテル「兆京」の記念品のハンカチを犯行現場に落としており、そこから足がついてしまった。 水中に潜るシーンでは徐々にストレスが上昇するが、一定以上は増えないため、窒息で死亡する事は無い。
14主人公に犯行を暴かれると、益夫の娘の梨絵を人質にして殺そうとしたが、その時余震が起きたことで失敗。
特にライブで聴くのが楽しみな楽曲です。
「奇跡の水」の正体が露見すると、手の平を返して主人公を罵倒し、「ヨソ者のあなたを仕方なく居させてやっているのに」と恩着せがましい事を言いながら主人公達を避難所から追い出した。
交通費すらやっとの思いで捻出したらしく、途方に暮れていたが、企業から手当が出る事を主人公に聞かされて安堵する。
紳士的な人物であり、霧島に横柄な態度を取られた主人公を気遣いつつ、彼の人柄についてフォローする。 発売前の情報や公式サイトでは主要人物のように紹介されているが、しかし本編での登場はここまでであり、実際は活躍らしい活躍は無く出番も殆ど無い。
の中のに入っている、この地震に関する重要な書類。
途中で知り合う仲間(パートナー)に水を飲ませることもできる。
激しくもよおすと、ライフゲージの下にトイレのアイコンが表示される。
現場に島杉直人が書いた梨絵宛の手紙が落ちていたことから、直人を放火犯だと決めつけて彼を自宅の物置に監禁した。
他のアイテム同様、周回プレイには引き継がれないが、ステッカーは戻ってくるので間接的な引き継ぎは可能。
だが実際の所は好物ので簡単に口を割ったり、カスタムテーマを用いたメタフィクションの謎解きを仕掛けてくる相当な変人である。
かつて富坂市のジオセクションでウェイトレスの仕事をした際に富坂水害に巻き込まれている。
ベストラの専務の中西と会談し、彼をベストラから引き抜こうとしたが、きっぱりと断られた。
息子のさとしとその妻のきょう子、孫のせいやとの4人暮らし。
山の手の住人たちの代表格で、下町の人間といざこざが起きると、いつも下町の代表格の島杉国明と口論している。
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反面、主人公の珍妙な言動にはあまり合わせられず、また、智也の安否が分からない不安から時折弱気な態度も見せる。
同じく瓦礫に埋まっていた前作の本条咲と違って(上述の衣類関係の説明通り)衣服に破損や汚れは無く、怪我も足に軽くを負っていただけだった。
126日目 分岐:空港ルート ガーベラ大橋周辺 橋の入り口にあるサービスエリアが脱出用チケット所持者の集合場所であり、トラックで空港に向かう手筈になっている。
本性は冷酷非情な性格で、人身売買の目的のために佳苗を騙して利用し、最終的には彼女をも他の捕虜と共に売り飛ばそうとした。
主人公がその悪行を止める事は出来ないばかりか、提示される法外な値段で買い物をさせられてしまう(ストーリー進行の為に最低二度は買わなければならない)。
には「」の発売が予定されていたが、のちにのに延期され、さらにその年のにの発表とあわせて作品が全てとなった。
きょう子はキヨのことをよく思っていないらしく、主人公がキヨを自宅に連れてきた際に自宅に入れるのを拒んでいた。 後に主人公が強盗の疑いを掛けられ物置に監禁された時は、梨絵と共に脱出の手助けをした。 被災と八田の部下のスナイパーの銃撃により血塗れで倒れていた。
18システムや演出も簡素化されており、サバイバル・アクション要素の殆どが廃されたフラグ立てのアドベンチャーゲームのような作りになっている。
自身のショールームを宿泊所として解放しており、弥生も世話になっていた。
5日目にはようやく鎮火したものの、火災の影響で焼け野原となってしまった。
後日談では、会の本部があった部屋は翌年2月にはメイド喫茶になっており、白き衣の会及び構成員らが震災後どうなったのかは一切不明である。