上沼恵美子新曲人生これから。 上沼恵美子 / 時のしおり C/W 人生これから [CD] ぐるぐる王国 PayPayモール店

上沼恵美子

上沼恵美子新曲人生これから

<内容> 言わずと知れた上沼恵美子久々のニューシングル。 前作「あかんたれ」がセルフカバー曲だったため、書下ろし新曲は約10年ぶりのリリース。 圧倒的な歌唱力と圧巻の説得力を発揮した新曲で話題をさらうこと必至。 メロ譜、ワンポイントアドバイス付。 <収録曲>• 時のしおり• 人生これから• 時のしおり オリジナル・カラオケ• 時のしおり メロ入りカラオケ• あわせて、弊社Neowingからも自動送信にて、 メール件名「Neowing 注文確認 楽天市場でのご注文 」のご注文確認メールが送信されます。 楽天市場と弊社Neowingから、 都合2通の自動応答による「ご注文確認メール」が送信されます。 時間をおいても、いずれも届かない、どちらか1通しか届かなかった場合、メールアドレスの不備や、お使いのメールサービスにて「迷惑メール自動振り分け」などが行われている場合があります。 「迷惑メール自動振り分け」や「迷惑メール自動削除」などは、ご自身の設定如何によらず、メールサービス側で設定されている場合がございます。 弊社Neowingからのメールをご確認いただけないと、後の納期確認、出荷確認のご案内等がご確認いただけなくなります。 「 rakuten. jp 」および「 neowing. jp 」を受信拒否しないようご注文前にご確認ください。 jp 」と「 info3 neowing. そのため、予約商品やお取り寄せ商品であっても絞り込み結果として表示されます。 掲載商品の中には、弊社にて在庫を保有しておらず、ご注文受付後メーカーから取り寄せとなる商品もございます。 ご注文前に各商品ページに設けてあります「初回盤・在庫確認」にて、最新状況をご確認ください。 なお、お取り寄せの商品に関しては、メーカー在庫切れで次回生産が未定の場合や、廃盤、製造中止などの理由により、商品の確保が難しくキャンセルとさせていただくく場合がございます。 商品情報は随時更新しておりますが、メーカー発注後に生産未定や廃盤、製造中止と判明する商品もございます。 掲載商品が全てお届けを確約できるものではございませんので、あらかじめご了承ください。 また、ご注文のキャンセルや、商品の一部キャンセルにより楽天市場主催キャンペーン(お買い物マラソンなど)の適用条件を満たさなくなった場合、キャンペーンの適用外となります。 配送方法は ・ 宅配便(ゆうパック) ・ ゆうメール の2種類より、お選びいただけます。 「代金引換」と「ゆうメール」の組み合わせを選択された場合、ご注文を自動的にキャンセルさせていただきます。 日時指定も不可となります。 【ご注意】 ・ご注文商品の配送は、一括発送となります。 2つ以上の商品を同一注文番号にてご注文いただいた場合、すべての商品が揃ってからの発送となります。 ・ご注文後の商品追加、異なる注文番号との同梱配送はお受けできません。

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上沼恵美子 / TEICHIKU RECORDS

上沼恵美子新曲人生これから

この記事には 複数の問題があります。 やでの議論にご協力ください。 が不足しています。 の記事は特に、を満たしている必要があります。 ( 2013年7月)• に基づく疑問が提出されています。 ( 2007年4月) 上沼 ( かみぬま ) 恵美子 ( えみこ ) 本名 上沼 恵美子 生年月日 1955-04-13 (65歳) 出身地 兵庫県 言語 日本語 最終学歴 帝国女子高等学校大和田校中退 コンビ名 ( - ) 事務所 上沼事務所 活動時期 1971年 - 1977年 7月 - 現在の代表番組 『』 『』 『』 『』 配偶者 親族 (姉) 上沼 恵美子(かみぬま えみこ、〈昭和30年〉 - )はの、司会者、元漫才師である。 上沼事務所所属。 夫は元所属のテレビ、、常務取締役・制作局長、元の。 遠戚になどがいる。 生い立ち [ ] 3人兄妹の末っ子(6歳上の姉、2歳上の兄、自身)。 出生時の体重は4200g。 時代は、事務所の意向で姉がしていたため、4歳違いの姉妹として活動していた。 母は恵美子を出産後、自宅でお好み焼き屋や焼肉屋などを営んでいたが、晩年はで暮らしに90歳で死去した。 なお、父は上沼が長男を出産後の23歳の時、12月に55歳で病気で亡くなっており、両親は29年連れ添った。 学生時代は部に所属していた。 経歴 [ ] 1971年 - 1977年:海原千里・万里時代 [ ] 員の父が好きだったため、幼少時から姉妹揃って演芸や歌を見たり聞いたりして育つ。 祖母はの師匠、太棹の名手だった。 姉は浄瑠璃のものまね、自身はのをしていた。 元々は志望だったが、漫才コンビとしてデビューするはずだった姉の相方がデビュー前にしたため、姉と漫才コンビを組むことになり、4月中頃の舞台に立つ。 中学校卒業後、に姉妹「」の妹 海原千里(門下)としてデビュー。 同年、銀賞を受賞する。 高校生ながら巧みな話術で一躍スターになり、当時人気だったに倣い、「漫才界の白雪姫」と呼ばれていた。 にはNHK漫才コンテスト優秀敢闘賞を受賞し、にはレコード「」が40万枚を売り上げて大ヒットする。 、20歳の時に出演した『』で、後の夫となる8歳上のディレクター、と出会う。 、真平と結婚。 親族・親類全員が反対する状況下での結婚だった。 姉とのコンビを解消し、からへと渡る新婚旅行を経て、芸能界を引退する。 義母はに89歳で亡くなっている。 真平の父・健吉は上沼が嫁ぐ前のに亡くなっていて、箕面の18坪の家に真平と姑と3人で暮らすことになる。 宗教は。 コンビ解散後 [ ] 1978年4月、長男を出産後の7月に芸能界へ復帰。 5月に次男ゆじぇーろ()を出産した。 芸能界復帰について、上沼は後に番組内で「自分には専業主婦は耐えられなかった」と述懐している。 また、『』内での引退について触れた際は、自身の引退時に「番組スタッフとかが離れていったことが寂しかった」と明かした。 1980年代 [ ] 1990年代 [ ] とには『』の紅組司会を担当した。 の『』で紅組司会を担当した際、「上沼恵美子なんて大阪だけのです。 それをNHKが紅組の司会に起用したっていうことは風当たりも強かったですし、やはりベテラン歌手にはいびられました」「ベテラン歌手から『あんたみたいなもんが紅組の司会ってなんやの』という態度で迫られた」と語っている。 出場歌手と面談した際、「横を向いて目を会わせてくれない方が4、5人いた」と『』(、2015年12月25日放送)で語っており、「その人たちは未だに大っキライです」とも述べた。 しかし、翌1995年の『』での紅組司会の際については「ころっと変わりました。 大事にされました」と話している。 なお、も番組側から紅組司会を打診されたが、この2回、司会コンビを組み、白組司会の続投が先に決まっていたとの確執を理由に辞退した。 2000年代 [ ] のNHKが実施したタレント好感度ランキングでは、女性部門で、に次いで3位になる。 2003年度大阪地区では、、島田紳助などを抑えとしては1位となった。 下期のNHK『』で語りを担当した。 同作では主人公の老年後という設定での参加だったが、放送されたストーリー分の時代よりも後の時代から回想して語るという設定だったため、実際に本人が主役として画面に登場することはなかった。 ただし、『』の映像の流用という形で本人役での出演を果たしている。 からまで、大会委員長の紳助からの直々の依頼により、『』に初の女性審査員として出演。 『M-1グランプリ』再開後もより審査員として出演している。 なお、夫の真平は初期の『』で審査員を務めていた。 2010年代 [ ] 中旬に急性A型肝炎を患い入院するも、にラジオの生放送で復帰した。 、2人の子供が結婚したためになった。 歌手活動 [ ] 幼少時から数々のちびっこのど自慢大会に出場し、「のど自慢荒らし」と呼ばれていた。 当時のライバルはで、毎回天童が優勝するため、自身は準優勝であったという。 「海原千里・万里」時代のに発売した「」は40万枚の大ヒットを記録している。 また、同時期にのコンサートの前座を務めた際、北島に歌唱力を認められ、北島の下で歌手への転向を勧められたが断ったというエピソードがある。 コンビ解消も歌手として一年に一度はなどの会場を使用して関西地区限定でコンサートを行っている。 NHK総合テレビで放送された『』の「愛あふれるデュエット名曲集」(2015年11月24日放送、収録)では約15年ぶりに「」を姉と共に歌った。 芦川百々子・上沼恵美子の名義として熱唱し、姉をリードする姿が度々見受けられた。 ()プロデュース曲のリリース、からの楽曲提供、とのデュエットもある。 、「と顔が似ている」として話題になった。 同年のでは2人の初共演が実現した。 歌手として『』への出場希望があることも語っている。 芸風 [ ] 自身のレギュラー番組において過去に共演した芸能人を批判することがよくある。 また、ゲスト出演した芸能人に「嫌いな芸能人」などのネタを聞き出すことも多い。 放送時には効果音で実名が消され、イニシャルトークで進行される。 なお、自身が出演してるラジオ番組の中でテレビ番組にゲスト出演したの態度が不快だったと実名を出して語ったことがある。 に対し「あんなヤツ、そのうち人気が落ちる」と述べ、寸前の騒動に発展したことがある。 かつてレギュラー相談員として出演していたNHK総合テレビ『』では、長年ホラ吹きキャラクターを売り物にしていた。 やを所有しているといった単純な富豪ホラからしばしばシュールに展開するネタで人気を博したが、隣席のや、司会のによる突っ込みも重要な要素であったこともあり、他の番組などではそれほどこの芸風を披歴していない。 が強い芸能人としても有名で、怖い話を扱う特別番組やコーナーでは自らが体験した恐怖体験を語る。 しかし、本人は霊感があることは嫌だと述べており、普段のトークで心霊体験を語ることは少ない。 その他 [ ] この節に。 事項を箇条書きで列挙しただけの節は、本文として組み入れるか、または。 ( 2020年7月) タレントとしての活動範囲・スタンス 仕事は基本的に在阪局に絞って行い、在京局やでは滅多に仕事をしない。 これは、と異なり嫌いというわけではなく、芸能界復帰の際に夫・真平と交わした「(仕事をする範囲として)西は、東はまで」との約束を守っているためで、これにより本格的な東京進出を断念している。 事実、たかじんが、生前在京局の番組での出演は非常に少なく、自身の冠番組が在京局にはネットされなかったのに対し、在阪局制作の在京局を含む全国ネット番組には出演しており、回数こそ少ないものの在京局制作番組にゲスト出演したり、出演する在阪・在名局共同制作番組で時折行われる収録に参加することもある。 放送の『』では「来世は東京に行きたい」「東京進出をしないのは、の人と結婚したから。 (東京に行ったら)別居になるやん。 今度は東京の人と結婚したい! 」「NHKから『』の出演打診があったが、東京収録のため断った」「紅白の司会をした後、在京局から11本に及ぶレギュラー番組のオファーがあったが、夫を優先するため全て断った」と語った。 にのスペシャルウィークの特別番組『』で久々の在京ラジオ局への出演を果たす。 にはで放送のと()が司会の『ゴールデン! 』にゲスト出演し、紳助と初共演を果たした。 その際、夫の定年を機に「来年引退してに移住する」と発言したが、紳助と松本に説得されて翻意した。 夫・真平からは「自分が定年退職となる時に一緒に仕事を辞めよう」と約束されていたが、真平の定年退職後も仕事を続けている。 2014年7月20日放送の『クギズケ! 』で「(真平の定年退職時)夫から『一緒にやめようね』って言われて。 ちょっと待ってって言いました」「(仕事は)もういいじゃないか、一緒に世界旅行でもしようよという気持ちみたいだったんだけど、あたしはまだ未練があった。 コンサートやるって言ったらいい顔はしません」と語っている。 番組に出演する際の衣装にはこだわりを持っており、専属スタイリストを雇って個人で用意している。 しかし、とのにおいて、経費として申告した衣装代などが経費にはあたらないと指摘され、としてされている。 音楽・映画関係 のファンであり、「関西の第二の後援会長」と公言するほどで、過去には自らファンクラブにも入会したり、中森のコンサート会場に花などを贈っている。 (一番の後援会長は生前親交のあった友人の)。 中森も2003年にコンサートのプロモーションを兼ねて上沼のレギュラー番組内へゲスト出演して初共演している。 また、のファンであることも自身の番組内で度々語っている。 とは生年月日が同じ事が縁で交友関係があり、毎年誕生日には西城から花を贈られる仲であった。 の大ファンであり、仕事に行きたくないとき右側だけ化粧して嫌な気分のときに、ももクロの曲を聴くと残り左半分の化粧もするとネタにしている。 自らの番組にも ももクロが出演したりNHK歌番組でもファンと公言している。 『』シリーズなどのヒューマン系の映画を好む。 M-1グランプリ が主催する漫才コンテストに女性初の審査員として出演( - 、 - )。 出演は当時の大会委員長であるの直々の依頼により実現した。 紳助によると2006年に上沼が自身の番組「」に出演後、食事を共にし仲良くなり、スタッフを通じて出演依頼を行った。 紳助曰くM-1の審査員はその審査を視聴者に審査されるというリスクを負うためなり手がおらず、紳助も多くの人に直談判してきたが、ほとんどの人に断られた。 そんな中、上沼は審査員が損な役回りであると分かった上で引き受けてくれたという。 上沼のM-1グランプリにおける審査は度々話題を集めてきた。 例えば、2016年大会ではに対してネタは好意的に評価したものの、ボケの頭を猛烈に叩いてツッコむ彼らの持ち味である「どつき漫才」を、「叩いて笑いが来ない。 あのドツキはいるんやろか。 叩いてから突っ込むというのはいらないと思う、くせになってる。 これ(ドツキ)なしで突っ込んでも笑いは来ます」と公開指導を行った。 この上沼の審査は、後々のカミナリの芸風に影響を与えた。 2年ぶりの決勝進出となったに対しては「今回は無理がありましたね。 飛びすぎ!親しいから言うとくけど、どないしたんや! しっかりせんかい! まだ優勝してないねんから(初心に)戻りなさいよ」と手厳しく評論した。 スリムクラブはこの審査にひどく落ち込んだが、2年後の番組共演時にこの話題を触れられた上沼は「私怒った? M-1で? あなたを? (記憶)全然ない」「私はいつも忘れます。 私はそういうのを忘れることにしています」と返し、笑わせた。 2017年大会では、を「一生懸命やってるのは分かるけど好みじゃない」「よう決勝残ったなと思って」と酷評した。 これ以降の大会では、敗者復活戦の結果発表前に、マヂカルラブリーの野田クリスタルが上着を抜いて上半身を露出し、スタジオの上沼に対して「えみちゃん待っててねぇー」とアピールするというのが定番化した。 2018年大会では、上沼の審査に不満を抱いた2017年大会優のの久保田かずのぶとのM-1決勝の常連であるの武智が、決勝大会後にインターネット上に配信した動画で上沼に対して暴言を吐くという騒動が起こった。 久保田は「酔ってるから言いますけど」と前置きした上で「(審査員を)そろそろもうやめてください」「自分目線の、自分の感情だけで審査せんといてください」、武智は「『嫌いです』って言われたらかって思いますよね」と発言した。 動画は削除され、久保田と武智は謝罪した。 この騒動に関して同じく審査員のは「つまらん本当に情けない話」と嘆き 、は「彼らは勉強不足」と批判 、更に大会創設者である島田紳助が週刊誌の誌面で上沼に謝罪するに至った。 その他多くのお笑い芸人が言及するなど大きな騒動になったが、当の上沼は「悪いですけど興味ないです」と一蹴した。 しかし、翌2019年大会の審査員紹介の際には「更年期障害を乗り越えました」と騒動に絡めた挨拶を行い大きな笑いを誘った。 その他 『』などで料理の腕前を披露し、番組からは4冊の料理本を出版した。 ちなみに好きな食べ物は。 「カレーうどんを食べて死にたい」と語るほどで 、特にの「一久」のカレーうどんがお気に入りだという。 のイチョウの木のライトアップは、上沼が当時のに提言したことで実現した。 オープン時の名称選定委員会のメンバーで、海遊館のネーミングは上沼が推したために決定されたものである。 当初は単なる公募に対する一般人からの応募に過ぎなかったが、上沼が推したことがきっかけとなって選定された。 次男であるを出演番組に構成作家として採用している。 次男の業界入りで口利きしたのが島田紳助。 『M-1グランプリ』の審査員を紳助に頼まれて断れなかった、と言っているのは、このためである。 愛犬はメスの(キキ)と(べべ)。 現在の出演番組 [ ] 2013年9月末以降、レギュラー出演する民放の全番組が司会者としての出演で且つである。 (、全国ネット、月 - 金13:30 - 13:45)• (、をはじめとする大半の同系列局で遅れネットするが、関西テレビと同時ネットするフジテレビ系列の地方局あり、金19:00 - 19:57)• (・共同制作、同時ネットする日本テレビ系列の地方局あり、日11:40 - 12:35)• (、関西ローカル、月12:00 - 14:55)• (、全国ネット、2001年 - 2013年、2015年 -。 2013年、は司会兼歌手、2015年 - 2018年は出演歌手専任で出演) 過去の出演番組 [ ] テレビ [ ]• (、系列全国ネット)• (関西テレビ、関西ローカル)• (、系列全国ネット)• (、ローカル、1994 - 2001)• ズバリ! 悩みおまかせ(、関西ローカル)• (関西テレビ、系列全国ネット)• (関西テレビ)• 上沼・鶴瓶あがってま~す!! (読売テレビ)• (TBS)• 上沼恵美子4時間半ナマ騒ぎ! しゃべり祭スペシャル(関西テレビ)• 関西テレビ年末生ワイド上沼恵美子4時間半生でしゃべるのはナマナマしぃ〜スペシャル(関西テレビ)• (TBS)• ビバ・レディ(朝日放送)• 上沼恵美子のこんな夫婦どないしたらええねん! (読売テレビ)• ( 、、ローカルネット)• (読売テレビ、関西ローカル)• (NHK大阪放送局、全国ネット、土12:15 - 12:38)• 上沼恵美子Xの東西べしゃり歌合戦 ・関西テレビ、全国ネット。 HEY! HEY! 」でゲスト出演以来の20年振りの出演。 NHK紅白歌合戦出演歴 [ ] 年度 放送回 回数 備考 (50年) 初 応援団として出演 (6年) 2 紅組司会 (平成7年) 3 紅組司会 2 (元年) 4 ゲスト審査員 ラジオ [ ]• 木曜( - 1989年10月5日、) - と共同パーソナリティ• (1993年4月5日、朝日放送ラジオ)• (2005年12月18日、)• (2015年2月18日・2020年2月20日、ニッポン放送) CM [ ]• 「ママローヤル」「ピコカン」「サット」「シャキット」• (1988年)• 仏壇仏具の泉屋(1989年)• (1990年)• (1997年)• (1998年) 映画 [ ]• 『(、) - ドライブインの女将 役) ゲスト出演したの役名があまりに長いため、梅宮本人が覚えきれなかった。 上沼演じるドライブインの女将は、梅宮と対決する主人公の一番星桃次郎()に対し、梅宮に代わって「大熊田太郎次郎左右衛門」と名前を教えている。 音楽 [ ] シングル [ ]• 大阪めぐり愛/さ・い・な・ら(1989年、テイチク RE-883)• 大阪ひとり(1995年3月24日)• 春夏秋冬(1998年4月29日)• 笑顔を咲かせましょう(2002年4月24日)• コスモス揺れて(2004年6月23日)• あかんたれ(2015年9月9日)• 時のしおり(2019年11月13日) 著書 [ ]• 犬も食わない 上沼さんちの夫婦げんか事件簿(2011年7月8日、) -との共著• 犬も食わない 上沼さんちの夫婦げんか事件簿(2014年5月8日、) - 文庫化に際し、さらなる喧嘩エピソードを4本追加。 脚注 [ ] []• 『』2011年8月29日付• ,デイリースポーツ,2015年12月25日• ,デイリースポーツ,2015年10月3日• ,日刊ゲンダイ,2015年10月23日• 『紅白歌合戦の舞台裏』• なお、2018年にから自身の審査の仕方に関して非難された際に審査員を降板する意思を表した事があるが、後に撤回した(2019年も続投)。 (2014年3月22日、)• 『オリコン歌謡ニュース速報』(2015年11月25日)「人気の音楽番組速報」より。 ,goo• 『日刊ゲンダイ』2015年10月23日付• 『』2013年9月26日号• ,,2014年1月12日• 同『週刊文春』2013年9月26日号• ,デイリースポーツ,2014年7月20日• ,スポーツ報知,2018年5月27日• デイリー新潮: pp. 2019年1月8日. 2020年7月16日閲覧。 デイリースポーツ 2017年12月3日. 2017年12月4日閲覧。 bizSPA! フレッシュ 2019年6月8日. 2019年6月11日閲覧。 デイリースポーツ. 2019年1月18日. 2020年7月16日閲覧。 2017年12月4日. 2018年12月5日. 2018年12月6日. 2018年12月9日. デイリー新潮: pp. 2019年1月8日. 2020年7月16日閲覧。 サンスポ: pp. 2018年12月9日. 2020年7月16日閲覧。 サンスポ: pp. 2019年12月22日. 2020年7月16日閲覧。 - こがらや• - THE 豊中報道2・2017年10月24日• 『上沼・高田のクギズケ! 』2013年1月27日放送分( 2013年2月6日閲覧)• NEWSポストセブン. 小学館 2016年11月24日. 2018年12月3日閲覧。 時代に、相方 と出演。 昭和・平成・令和の3つの時代に出演しているが、歌手としては出場してない。 外部リンク [ ]•

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上沼恵美子 / 時のしおり C/W 人生これから [CD] ぐるぐる王国 PayPayモール店

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この記事には 複数の問題があります。 やでの議論にご協力ください。 が不足しています。 の記事は特に、を満たしている必要があります。 ( 2013年7月)• に基づく疑問が提出されています。 ( 2007年4月) 上沼 ( かみぬま ) 恵美子 ( えみこ ) 本名 上沼 恵美子 生年月日 1955-04-13 (65歳) 出身地 兵庫県 言語 日本語 最終学歴 帝国女子高等学校大和田校中退 コンビ名 ( - ) 事務所 上沼事務所 活動時期 1971年 - 1977年 7月 - 現在の代表番組 『』 『』 『』 『』 配偶者 親族 (姉) 上沼 恵美子(かみぬま えみこ、〈昭和30年〉 - )はの、司会者、元漫才師である。 上沼事務所所属。 夫は元所属のテレビ、、常務取締役・制作局長、元の。 遠戚になどがいる。 生い立ち [ ] 3人兄妹の末っ子(6歳上の姉、2歳上の兄、自身)。 出生時の体重は4200g。 時代は、事務所の意向で姉がしていたため、4歳違いの姉妹として活動していた。 母は恵美子を出産後、自宅でお好み焼き屋や焼肉屋などを営んでいたが、晩年はで暮らしに90歳で死去した。 なお、父は上沼が長男を出産後の23歳の時、12月に55歳で病気で亡くなっており、両親は29年連れ添った。 学生時代は部に所属していた。 経歴 [ ] 1971年 - 1977年:海原千里・万里時代 [ ] 員の父が好きだったため、幼少時から姉妹揃って演芸や歌を見たり聞いたりして育つ。 祖母はの師匠、太棹の名手だった。 姉は浄瑠璃のものまね、自身はのをしていた。 元々は志望だったが、漫才コンビとしてデビューするはずだった姉の相方がデビュー前にしたため、姉と漫才コンビを組むことになり、4月中頃の舞台に立つ。 中学校卒業後、に姉妹「」の妹 海原千里(門下)としてデビュー。 同年、銀賞を受賞する。 高校生ながら巧みな話術で一躍スターになり、当時人気だったに倣い、「漫才界の白雪姫」と呼ばれていた。 にはNHK漫才コンテスト優秀敢闘賞を受賞し、にはレコード「」が40万枚を売り上げて大ヒットする。 、20歳の時に出演した『』で、後の夫となる8歳上のディレクター、と出会う。 、真平と結婚。 親族・親類全員が反対する状況下での結婚だった。 姉とのコンビを解消し、からへと渡る新婚旅行を経て、芸能界を引退する。 義母はに89歳で亡くなっている。 真平の父・健吉は上沼が嫁ぐ前のに亡くなっていて、箕面の18坪の家に真平と姑と3人で暮らすことになる。 宗教は。 コンビ解散後 [ ] 1978年4月、長男を出産後の7月に芸能界へ復帰。 5月に次男ゆじぇーろ()を出産した。 芸能界復帰について、上沼は後に番組内で「自分には専業主婦は耐えられなかった」と述懐している。 また、『』内での引退について触れた際は、自身の引退時に「番組スタッフとかが離れていったことが寂しかった」と明かした。 1980年代 [ ] 1990年代 [ ] とには『』の紅組司会を担当した。 の『』で紅組司会を担当した際、「上沼恵美子なんて大阪だけのです。 それをNHKが紅組の司会に起用したっていうことは風当たりも強かったですし、やはりベテラン歌手にはいびられました」「ベテラン歌手から『あんたみたいなもんが紅組の司会ってなんやの』という態度で迫られた」と語っている。 出場歌手と面談した際、「横を向いて目を会わせてくれない方が4、5人いた」と『』(、2015年12月25日放送)で語っており、「その人たちは未だに大っキライです」とも述べた。 しかし、翌1995年の『』での紅組司会の際については「ころっと変わりました。 大事にされました」と話している。 なお、も番組側から紅組司会を打診されたが、この2回、司会コンビを組み、白組司会の続投が先に決まっていたとの確執を理由に辞退した。 2000年代 [ ] のNHKが実施したタレント好感度ランキングでは、女性部門で、に次いで3位になる。 2003年度大阪地区では、、島田紳助などを抑えとしては1位となった。 下期のNHK『』で語りを担当した。 同作では主人公の老年後という設定での参加だったが、放送されたストーリー分の時代よりも後の時代から回想して語るという設定だったため、実際に本人が主役として画面に登場することはなかった。 ただし、『』の映像の流用という形で本人役での出演を果たしている。 からまで、大会委員長の紳助からの直々の依頼により、『』に初の女性審査員として出演。 『M-1グランプリ』再開後もより審査員として出演している。 なお、夫の真平は初期の『』で審査員を務めていた。 2010年代 [ ] 中旬に急性A型肝炎を患い入院するも、にラジオの生放送で復帰した。 、2人の子供が結婚したためになった。 歌手活動 [ ] 幼少時から数々のちびっこのど自慢大会に出場し、「のど自慢荒らし」と呼ばれていた。 当時のライバルはで、毎回天童が優勝するため、自身は準優勝であったという。 「海原千里・万里」時代のに発売した「」は40万枚の大ヒットを記録している。 また、同時期にのコンサートの前座を務めた際、北島に歌唱力を認められ、北島の下で歌手への転向を勧められたが断ったというエピソードがある。 コンビ解消も歌手として一年に一度はなどの会場を使用して関西地区限定でコンサートを行っている。 NHK総合テレビで放送された『』の「愛あふれるデュエット名曲集」(2015年11月24日放送、収録)では約15年ぶりに「」を姉と共に歌った。 芦川百々子・上沼恵美子の名義として熱唱し、姉をリードする姿が度々見受けられた。 ()プロデュース曲のリリース、からの楽曲提供、とのデュエットもある。 、「と顔が似ている」として話題になった。 同年のでは2人の初共演が実現した。 歌手として『』への出場希望があることも語っている。 芸風 [ ] 自身のレギュラー番組において過去に共演した芸能人を批判することがよくある。 また、ゲスト出演した芸能人に「嫌いな芸能人」などのネタを聞き出すことも多い。 放送時には効果音で実名が消され、イニシャルトークで進行される。 なお、自身が出演してるラジオ番組の中でテレビ番組にゲスト出演したの態度が不快だったと実名を出して語ったことがある。 に対し「あんなヤツ、そのうち人気が落ちる」と述べ、寸前の騒動に発展したことがある。 かつてレギュラー相談員として出演していたNHK総合テレビ『』では、長年ホラ吹きキャラクターを売り物にしていた。 やを所有しているといった単純な富豪ホラからしばしばシュールに展開するネタで人気を博したが、隣席のや、司会のによる突っ込みも重要な要素であったこともあり、他の番組などではそれほどこの芸風を披歴していない。 が強い芸能人としても有名で、怖い話を扱う特別番組やコーナーでは自らが体験した恐怖体験を語る。 しかし、本人は霊感があることは嫌だと述べており、普段のトークで心霊体験を語ることは少ない。 その他 [ ] この節に。 事項を箇条書きで列挙しただけの節は、本文として組み入れるか、または。 ( 2020年7月) タレントとしての活動範囲・スタンス 仕事は基本的に在阪局に絞って行い、在京局やでは滅多に仕事をしない。 これは、と異なり嫌いというわけではなく、芸能界復帰の際に夫・真平と交わした「(仕事をする範囲として)西は、東はまで」との約束を守っているためで、これにより本格的な東京進出を断念している。 事実、たかじんが、生前在京局の番組での出演は非常に少なく、自身の冠番組が在京局にはネットされなかったのに対し、在阪局制作の在京局を含む全国ネット番組には出演しており、回数こそ少ないものの在京局制作番組にゲスト出演したり、出演する在阪・在名局共同制作番組で時折行われる収録に参加することもある。 放送の『』では「来世は東京に行きたい」「東京進出をしないのは、の人と結婚したから。 (東京に行ったら)別居になるやん。 今度は東京の人と結婚したい! 」「NHKから『』の出演打診があったが、東京収録のため断った」「紅白の司会をした後、在京局から11本に及ぶレギュラー番組のオファーがあったが、夫を優先するため全て断った」と語った。 にのスペシャルウィークの特別番組『』で久々の在京ラジオ局への出演を果たす。 にはで放送のと()が司会の『ゴールデン! 』にゲスト出演し、紳助と初共演を果たした。 その際、夫の定年を機に「来年引退してに移住する」と発言したが、紳助と松本に説得されて翻意した。 夫・真平からは「自分が定年退職となる時に一緒に仕事を辞めよう」と約束されていたが、真平の定年退職後も仕事を続けている。 2014年7月20日放送の『クギズケ! 』で「(真平の定年退職時)夫から『一緒にやめようね』って言われて。 ちょっと待ってって言いました」「(仕事は)もういいじゃないか、一緒に世界旅行でもしようよという気持ちみたいだったんだけど、あたしはまだ未練があった。 コンサートやるって言ったらいい顔はしません」と語っている。 番組に出演する際の衣装にはこだわりを持っており、専属スタイリストを雇って個人で用意している。 しかし、とのにおいて、経費として申告した衣装代などが経費にはあたらないと指摘され、としてされている。 音楽・映画関係 のファンであり、「関西の第二の後援会長」と公言するほどで、過去には自らファンクラブにも入会したり、中森のコンサート会場に花などを贈っている。 (一番の後援会長は生前親交のあった友人の)。 中森も2003年にコンサートのプロモーションを兼ねて上沼のレギュラー番組内へゲスト出演して初共演している。 また、のファンであることも自身の番組内で度々語っている。 とは生年月日が同じ事が縁で交友関係があり、毎年誕生日には西城から花を贈られる仲であった。 の大ファンであり、仕事に行きたくないとき右側だけ化粧して嫌な気分のときに、ももクロの曲を聴くと残り左半分の化粧もするとネタにしている。 自らの番組にも ももクロが出演したりNHK歌番組でもファンと公言している。 『』シリーズなどのヒューマン系の映画を好む。 M-1グランプリ が主催する漫才コンテストに女性初の審査員として出演( - 、 - )。 出演は当時の大会委員長であるの直々の依頼により実現した。 紳助によると2006年に上沼が自身の番組「」に出演後、食事を共にし仲良くなり、スタッフを通じて出演依頼を行った。 紳助曰くM-1の審査員はその審査を視聴者に審査されるというリスクを負うためなり手がおらず、紳助も多くの人に直談判してきたが、ほとんどの人に断られた。 そんな中、上沼は審査員が損な役回りであると分かった上で引き受けてくれたという。 上沼のM-1グランプリにおける審査は度々話題を集めてきた。 例えば、2016年大会ではに対してネタは好意的に評価したものの、ボケの頭を猛烈に叩いてツッコむ彼らの持ち味である「どつき漫才」を、「叩いて笑いが来ない。 あのドツキはいるんやろか。 叩いてから突っ込むというのはいらないと思う、くせになってる。 これ(ドツキ)なしで突っ込んでも笑いは来ます」と公開指導を行った。 この上沼の審査は、後々のカミナリの芸風に影響を与えた。 2年ぶりの決勝進出となったに対しては「今回は無理がありましたね。 飛びすぎ!親しいから言うとくけど、どないしたんや! しっかりせんかい! まだ優勝してないねんから(初心に)戻りなさいよ」と手厳しく評論した。 スリムクラブはこの審査にひどく落ち込んだが、2年後の番組共演時にこの話題を触れられた上沼は「私怒った? M-1で? あなたを? (記憶)全然ない」「私はいつも忘れます。 私はそういうのを忘れることにしています」と返し、笑わせた。 2017年大会では、を「一生懸命やってるのは分かるけど好みじゃない」「よう決勝残ったなと思って」と酷評した。 これ以降の大会では、敗者復活戦の結果発表前に、マヂカルラブリーの野田クリスタルが上着を抜いて上半身を露出し、スタジオの上沼に対して「えみちゃん待っててねぇー」とアピールするというのが定番化した。 2018年大会では、上沼の審査に不満を抱いた2017年大会優のの久保田かずのぶとのM-1決勝の常連であるの武智が、決勝大会後にインターネット上に配信した動画で上沼に対して暴言を吐くという騒動が起こった。 久保田は「酔ってるから言いますけど」と前置きした上で「(審査員を)そろそろもうやめてください」「自分目線の、自分の感情だけで審査せんといてください」、武智は「『嫌いです』って言われたらかって思いますよね」と発言した。 動画は削除され、久保田と武智は謝罪した。 この騒動に関して同じく審査員のは「つまらん本当に情けない話」と嘆き 、は「彼らは勉強不足」と批判 、更に大会創設者である島田紳助が週刊誌の誌面で上沼に謝罪するに至った。 その他多くのお笑い芸人が言及するなど大きな騒動になったが、当の上沼は「悪いですけど興味ないです」と一蹴した。 しかし、翌2019年大会の審査員紹介の際には「更年期障害を乗り越えました」と騒動に絡めた挨拶を行い大きな笑いを誘った。 その他 『』などで料理の腕前を披露し、番組からは4冊の料理本を出版した。 ちなみに好きな食べ物は。 「カレーうどんを食べて死にたい」と語るほどで 、特にの「一久」のカレーうどんがお気に入りだという。 のイチョウの木のライトアップは、上沼が当時のに提言したことで実現した。 オープン時の名称選定委員会のメンバーで、海遊館のネーミングは上沼が推したために決定されたものである。 当初は単なる公募に対する一般人からの応募に過ぎなかったが、上沼が推したことがきっかけとなって選定された。 次男であるを出演番組に構成作家として採用している。 次男の業界入りで口利きしたのが島田紳助。 『M-1グランプリ』の審査員を紳助に頼まれて断れなかった、と言っているのは、このためである。 愛犬はメスの(キキ)と(べべ)。 現在の出演番組 [ ] 2013年9月末以降、レギュラー出演する民放の全番組が司会者としての出演で且つである。 (、全国ネット、月 - 金13:30 - 13:45)• (、をはじめとする大半の同系列局で遅れネットするが、関西テレビと同時ネットするフジテレビ系列の地方局あり、金19:00 - 19:57)• (・共同制作、同時ネットする日本テレビ系列の地方局あり、日11:40 - 12:35)• (、関西ローカル、月12:00 - 14:55)• (、全国ネット、2001年 - 2013年、2015年 -。 2013年、は司会兼歌手、2015年 - 2018年は出演歌手専任で出演) 過去の出演番組 [ ] テレビ [ ]• (、系列全国ネット)• (関西テレビ、関西ローカル)• (、系列全国ネット)• (、ローカル、1994 - 2001)• ズバリ! 悩みおまかせ(、関西ローカル)• (関西テレビ、系列全国ネット)• (関西テレビ)• 上沼・鶴瓶あがってま~す!! (読売テレビ)• (TBS)• 上沼恵美子4時間半ナマ騒ぎ! しゃべり祭スペシャル(関西テレビ)• 関西テレビ年末生ワイド上沼恵美子4時間半生でしゃべるのはナマナマしぃ〜スペシャル(関西テレビ)• (TBS)• ビバ・レディ(朝日放送)• 上沼恵美子のこんな夫婦どないしたらええねん! (読売テレビ)• ( 、、ローカルネット)• (読売テレビ、関西ローカル)• (NHK大阪放送局、全国ネット、土12:15 - 12:38)• 上沼恵美子Xの東西べしゃり歌合戦 ・関西テレビ、全国ネット。 HEY! HEY! 」でゲスト出演以来の20年振りの出演。 NHK紅白歌合戦出演歴 [ ] 年度 放送回 回数 備考 (50年) 初 応援団として出演 (6年) 2 紅組司会 (平成7年) 3 紅組司会 2 (元年) 4 ゲスト審査員 ラジオ [ ]• 木曜( - 1989年10月5日、) - と共同パーソナリティ• (1993年4月5日、朝日放送ラジオ)• (2005年12月18日、)• (2015年2月18日・2020年2月20日、ニッポン放送) CM [ ]• 「ママローヤル」「ピコカン」「サット」「シャキット」• (1988年)• 仏壇仏具の泉屋(1989年)• (1990年)• (1997年)• (1998年) 映画 [ ]• 『(、) - ドライブインの女将 役) ゲスト出演したの役名があまりに長いため、梅宮本人が覚えきれなかった。 上沼演じるドライブインの女将は、梅宮と対決する主人公の一番星桃次郎()に対し、梅宮に代わって「大熊田太郎次郎左右衛門」と名前を教えている。 音楽 [ ] シングル [ ]• 大阪めぐり愛/さ・い・な・ら(1989年、テイチク RE-883)• 大阪ひとり(1995年3月24日)• 春夏秋冬(1998年4月29日)• 笑顔を咲かせましょう(2002年4月24日)• コスモス揺れて(2004年6月23日)• あかんたれ(2015年9月9日)• 時のしおり(2019年11月13日) 著書 [ ]• 犬も食わない 上沼さんちの夫婦げんか事件簿(2011年7月8日、) -との共著• 犬も食わない 上沼さんちの夫婦げんか事件簿(2014年5月8日、) - 文庫化に際し、さらなる喧嘩エピソードを4本追加。 脚注 [ ] []• 『』2011年8月29日付• ,デイリースポーツ,2015年12月25日• ,デイリースポーツ,2015年10月3日• ,日刊ゲンダイ,2015年10月23日• 『紅白歌合戦の舞台裏』• なお、2018年にから自身の審査の仕方に関して非難された際に審査員を降板する意思を表した事があるが、後に撤回した(2019年も続投)。 (2014年3月22日、)• 『オリコン歌謡ニュース速報』(2015年11月25日)「人気の音楽番組速報」より。 ,goo• 『日刊ゲンダイ』2015年10月23日付• 『』2013年9月26日号• ,,2014年1月12日• 同『週刊文春』2013年9月26日号• ,デイリースポーツ,2014年7月20日• ,スポーツ報知,2018年5月27日• デイリー新潮: pp. 2019年1月8日. 2020年7月16日閲覧。 デイリースポーツ 2017年12月3日. 2017年12月4日閲覧。 bizSPA! フレッシュ 2019年6月8日. 2019年6月11日閲覧。 デイリースポーツ. 2019年1月18日. 2020年7月16日閲覧。 2017年12月4日. 2018年12月5日. 2018年12月6日. 2018年12月9日. デイリー新潮: pp. 2019年1月8日. 2020年7月16日閲覧。 サンスポ: pp. 2018年12月9日. 2020年7月16日閲覧。 サンスポ: pp. 2019年12月22日. 2020年7月16日閲覧。 - こがらや• - THE 豊中報道2・2017年10月24日• 『上沼・高田のクギズケ! 』2013年1月27日放送分( 2013年2月6日閲覧)• NEWSポストセブン. 小学館 2016年11月24日. 2018年12月3日閲覧。 時代に、相方 と出演。 昭和・平成・令和の3つの時代に出演しているが、歌手としては出場してない。 外部リンク [ ]•

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