まわし よみ 新聞。 切り抜き新聞ペタペタ 小学生も大学生も「まわしよみ」:朝日新聞デジタル

蓮塾授業風景~「まわしよみ新聞」づくり~

まわし よみ 新聞

作り方 [ ]• 新聞を持ち寄る(五大新聞、業界新聞、スポーツ新聞、地方新聞などいろいろな新聞があると盛り上がります)。 ハサミ・ノリ・模造紙もしくは大きめ画用紙・サインペンを用意する。 集まったみんなで新聞をまわし読む。 (人数が多い場合はグループに分かれる)• 気になった記事を切り抜く。 (記事だけでなく広告・コラム・天気予報・四コマ漫画など自由に切り抜いてよい。 ひとりずつ記事についてプレゼンしていく。 「今日のトップ記事」を決めて、模造紙に記事を貼り付けていく。 各記事の横に、切り抜いた人の名前やコメントをサインペンで書き込む。 「まわしよみ新聞」「日付」「編集局(場所)」を書き入れて完成。 出典 [ ].

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陸奥賢(むつ・さとし) 1978年大阪生まれ。 放送作家やライターなどを経て、2007年に堺を舞台にしたまち歩き企画で地域活性化ビジネスプラン「SAKAI賞」を受賞(主催・堺商工会議所)。 2008年10月から「大阪あそ歩」(大阪コミュニティ・ツーリズム推進連絡協議会)のプロデューサーとして活動し、大阪市内だけで300以上のまち歩きコースを有する「日本最大のまち歩きプロジェクト」として、2012年には観光庁長官表彰を受賞しました。 2013年1月からはフリーとなり、「大阪七墓巡り復活プロジェクト」「まわしよみ新聞」「直観讀みブックマーカー」「当事者研究スゴロク」などを手掛けています。 「まわしよみ新聞」、発祥の地はお寺!? 観光、メディア、まちづくりに関するプロデューサーとして活動中という陸奥さんですが、陸奥さん自身も「これほどの広がりを持つとは…」と驚くほどの展開をみせているのが「まわしよみ新聞」です。 全国各地で開催されているさまざまな「」 集まる人によって、個性的で面白い壁新聞ができあがる「まわしよみ新聞」が生まれたのは、大阪にあるというお寺のイベントがきっかけでした。 代表のさんによると、そもそもお寺というのは、祭礼の神輿の順番を決める籤を引くとか、村のまつりごとを決める場だったり、駆け込んで悩み事を聞いてもらえたりと、いろんな人が集まるコモンズ(共有場)でした。 ところが、今のお寺は単なる葬式仏教の場に過ぎなくなっていることに疑問を抱き、秋田さんはもう一度昔のように、いろんな人が入ってこられる場にするにはどうすればいいかを考えていました。 そこで毎年「」という総合文化祭のようなものを開催していたのです。 秋田住職から「なんか陸奥くんもコモンズ・フェスタの企画を考えてくれへんか?」と頼まれたんですわ。 それが2012年の夏のことです。 それで「多様な人が集まる場」をつくるのに、楽しい「仕組み」をつくろうと考えて。 べつに餅つき大会でもカルタ大会でも何でもよかったんです。 ただ、簡単であんま金がかからんもんがええなあ。 最近あんま新聞読んでないし、新聞でも使ってみよか?…とか思って。 別に「新聞を読もう!」とか「新聞を広めたい!「」とか、そういう意図や意志があったわけやないんです。 いってみれば単なる思いつきで。 それをやってみたら、たまたま、めちゃくちゃ、おもろかったんですわ(笑) 「まわしよみ新聞」を思いついたとき、陸奥さん自身も新聞は10年ほど読んでいなかったそうですし、広めたいという使命感があったわけではなかったのです。 ところが、それからわずか2年半ほどで「まわしよみ新聞」は全国各地に広がっていきました。 市民団体や商店街や教育機関、自治体などから注目され、新聞社からも新聞メディアの新たな可能性を探るプロジェクトとして、熱い視線を集めています。 2015年には福岡で「」が開催され、北は北海道から南は九州まで、全国各地から「まわしよみ新聞」の主催者や協力者、関係者50名以上が参加しました。 「まわしよみ新聞」の一例。 宝塚の記事の上にチンパンジーの記事が! そして見だしには「人間欄」とあります(笑) そもそも日本は世界に冠たる「新聞大国」でした。 例えば世界最大の発行部数を誇る新聞は日本の讀賣新聞で約900万部。 日本の大手5大新聞を合わせると2200万部以上の発行部数になりますが、5大新聞以外の地方紙も全部合わせると2200万部近くになります。 日本では毎日毎日、4400万部以上の新聞が発行されていると想像してみてください。 これはほんまに凄い数字で、アメリカの「ワシントンポスト」や「ニューヨークタイムズ」なんて、じつは100万部以下です。 発行部数的には日本の地方新聞レベルなんですな。 夏目漱石も司馬遼太郎も新聞記者で、手塚治虫も「サザエさん」も新聞の4コマから始まっている。 ぼくは断言しますが、新聞こそが日本の大衆文化をつくったんです。 日本人の生活にこれほど密着しているメディアはなかなかない。 そういう土壌があったからでこそ、まわしよみ新聞も、これだけあっというまに日本全国各地に広まっていった…というのはあると思います。 いつでも、だれでもできるコミュニケーション・ツール 「まわしよみ新聞」は、新聞(紙)というアナログを使っているので、大人も子どもも参加できるのが特徴です。 また自然と世界の情報(記事、ニュース)に興味が出てくる上に、選んだ記事を通して、お互いのことがわかり、コミュニケーションが深まるという仕掛けなのです。 初めて会った人に「自己紹介をしてほしい」と言われると戸惑いますが、一緒に新聞を切り抜いて「自分はなぜこの新聞記事を選んで貼ったのか」を紹介することならハードルがとても低くなりますよね。 他人が選んだ記事について熱く語りだす、などの意外な面白さもあります しかも「まわしよみ新聞」は誰が主催してもいいのです! デジタルのネット世界には「フリーソフト」とか「ウィキペディア」とかオープンソースという考え方が当然・常識のようにあります。 集合知で育てていくことで、共有財産にすることで、みんなが助かるという考え方です。 一方で、アナログの世界では、あまりオープンソースにして展開するという概念やプロジェクトが少ないのが現状。 そこで陸奥さんは、「アナログの新聞遊びにデジタル的な概念(オープンソース)をぶち込んだらどうなるんやろか?」と社会実験するつもりで、あえて知的財産権を主張せずに、オープンフリーで「まわしよみ新聞」を公開しました。 「まわしよみ新聞」というメディア遊びをいろんな方がやって「これはおもろい。 もっとこうしよう。 ああしよう」と創意工夫して二次創作、三次創作していけば、おもろい「新聞メディア文化」ができ上がると思ったんですわ。 要するに、ぼくはビジネスよりも文化をつくりたかった。 新聞を、メディアを遊ぶカルチャーです。 おかげでまったく儲かりませんが(笑) 陸奥さんが手がけるプロジェクトはどれも既存の場所や物と新しい関係性をつくるものばかりです。 江戸時代の大阪の町衆がお盆にやっていた無縁仏を鎮魂・供養する都市祭礼を約130年ぶりに検証、実践する「」や、お互い持ち寄った本を交換して直観で感想を交換し合う「」などもあります。 一体、陸奥さんの企画アイデアはどこから生まれているのでしょうか? うーん。 まぁ、「アイデアを得たい!」「目的を達成したい!」と真面目に追求する人が世の中には多いんですが、そうやって突き詰めても得られないことが多いんちゃうか? と思ってます。 セレンディピティ(偶察性)というんですが、アイデアってのは自分が全く想像だに、予想だにしないところから、ふとやってきます。 だから、ぼくは「まったく知らないところに行く」とか「興味のないことをしてみる」とか、ひたすら「逍遙」してます。 逍遙というとカッコよく聞こえますが、要するに無目的にフラフラしてるだけです(笑) 無目的な行動から生まれるセレンディピティ。 どうやら、そこにアイデアの端緒があるようです。 でも、不思議なことに、そうやって逍遙していたら、ひょんなきっかけでアイデアの元、ヒントみたいなものと出逢うんです。 ぼくはもう最近はノーガード戦法、無手勝流で、巻き込まれることを楽しむというか、全身オープンソースで世間をふらふら漂ってます。 自分からは目的やテーマ、問題意識を持って近づかない。 だから目的やテーマ、問題意識の真っ只中にいる人とは違う観点で、物事の発想や企画ができる。 単に流れ者の社会不適合者なだけなんかもしれませんが(笑) これまでの取り組みをまとめた入門書「まわしよみ新聞のすゝめ」も通販などで販売中 弱さをシェアして付き合う「当事者研究スゴロク」 陸奥さんが考案したプロジェクトのなかでもうひとつ、「」というちょっと変わったスゴロクを紹介しましょう。 一体、当事者研究とはなんなのか…? 詳しくは『』という本をぜひ読んでほしいのですが… ある日、べてるの家に精神障害の若者が来て、幻聴に苦しんで混乱して大暴れとかしてたんですわ。 それで幻聴をどうにかしようと、幻聴のことを「幻聴さん」と擬人化して、幻聴が聞こえたとなると、「今、幻聴さん、何ていうてるの?」とみんなで話かけたりして、幻聴さんとの付き合い方を研究しはじめたんです。 つまり「研究」とは「付き合い方」の研究だったのです。 そうすると幻聴さんはなくならないけど、幻聴さんの言葉の中身が変わってくるという不思議な現象がおきまして。 「最近、がんばってるなぁ」「このあいだはよかったぞ」とか優しい幻聴さんに変わってきて若者が暴れなくなったんですな。 これはしかし幻聴がなくなったわけやないから治療やないんです。 決して幻聴が治ったわけやない。 幻聴さんとして受け入れて友達になっただけ。 この自分の病気とかアカンとことか「弱さ」を治そうとするんやなくて、その「弱さ」を受け入れて抱えたまま、みんなで付き合い方を考えていこう、研究しよう…というのが当事者研究です。 当事者研究スゴロクはその考え方にインスパイアされて生まれた人生スゴロクです。 これが「当事者研究スゴロク」の台紙。 誰でもウェブサイトから入手できます 「当事者研究スゴロク」のやり方はとても簡単。 専用の台紙「降りていく生き方ゲーム」をダウンロードしてプリントアウトして、自分の過去の人生の失敗、苦労、挫折のエピソードをみんなで語り合い、それを白紙のコマに書きこみます。 次に失敗エピソードの衝撃度により1〜6まで進むコマ数を決めます。 この時、凄い失敗、大きな苦労、大変な挫折であればあるほど6コマとコマ数が大きくなります。 普通のスゴロクは上がり(成功)を目指して進むのですが、「当事者研究スゴロク」ではどんどんと失敗、苦労、挫折していくことを目指すわけで、「降りていく生き方」を遊びます。 ゴールすることよりも、病名やコマ数を決める対話が醍醐味ですから、このスゴロクでは失敗や挫折がひどければひどいほど「失敗の達人だねえ」と褒められます。 反対に自分が「これは衝撃度6の大失敗」と思っていたことでも、他人から見れば「衝撃度2」程度にしか評価されないこともあります。 逆に自分では「衝撃度2コマぐらいかな?」と思って失敗エピソードを話してみたら、まわりからは「えー!それは5コマはいくで!」と言われたりして「え? そうなん? そうかな?(ちょっと嬉しい…)」みたいな気持ちにもなるのだとか。 しかし、こうやって「スゴロクのコマづくり」という遊びをしながら、自然と、いつのまにか参加者同士の「弱さの情報公開」が進むというわけです。 「スター誕生!」のオーディションで暗すぎてひかれた・・・4コマすすむ! 弟が無免許で水上スキーをして事故をおこした相手がヤクザで10年間のトラブルとなった・・・6コマすすむ! いま学校でも会社でも、社会全体の「しっかりせんとあかん指数」がえらい高いように思うんですわ。 でも、人間ってもっと駄目やし、弱いし、アカン生き物やし、そんなちっぽけな存在やろと。 人生は転げ落ちるもんやし、転げ落ちることにこそ、醍醐味があるんちゃうかな? と。 それを認め合える思想を広めたいと思って企画した遊びです。 失敗したことを共有できない、むしろそういうことを抹殺しようとする空気って恐ろしいと思いまっせ。 大阪には、ダメなやつを許すメンタリティがある そもそも大阪は商人のまちで、これは自分=弱さをさらけ出す文化なんです。 商いでは「自分はこれはできないが、これはできる」とちゃんと腹を割ってくれないと商売にならんわけです。 「できるというたから、やらせてみたけどできませんでした。 逃げました」というのが一番困る。 「武士は食わねど高楊枝」みたいに自分の実力を大きくいう見栄っぱりな奴は嫌われるわけです。 しかし、自分の弱さの情報開示をいきなりするのはなかなか難しい。 だから「笑い」によって、それを自然に成し遂げるわけです。 陸奥さん曰く、「大阪人の笑い」というのは基本的に「自分の失敗話」というわけです。 Aくんが「最近、こんなことあったんや」と話をするのは自分の失敗話で、それをうけてBくんは「お前、アホやなぁ!おれは、このあいだこんなことあったわ」と話す内容は、Aくんよりもさらに酷い失敗話でないといけません(笑) そうやって「笑い」でオブラートに包みながら、自分の弱さを情報公開して、相手の弱さの情報公開を聞き出して、「ぼくはこんなアカン人間ですから、よろしければお付き合いください」「いえいえ。 ぼくこそ、こんなにダメな人間ですが、よろしく」と弱さを基軸に社交していくわけです。 降りていくスゴロクを通して弱さをシェア 要するにある意味、大阪人は24時間「当事者研究スゴロク」をやっとるわけですな(笑) ちょっと話は変わりますが、じつは当事者研究スゴロクに参加した人から「これはインド人の人生スゴロクみたいや」といわれたこともあります。 日本人は「他人様に迷惑をかけてはいけない」といって育てられるが、インド人は「人間はカンペキな存在ではない。 自分は絶対に他人に迷惑をかける。 だから他人に迷惑をかけられても文句はいわないで助けてやれ」と育てられるとか。 人間ってのは弱い生き物やし、変やし、アカンし、ダメな存在やと。 それは「お互いさま」なんやから「許しあおう」「助け合おう」というわけです。 だからインドはダメ人間が生きやすいと(笑) 「迷惑をかけるな」という社会からは、寛容性がなくなっていく、と陸奥さんは続けます。 日本のように「他人に迷惑をかけてはいけない」と育てられた人間は他人にちょっとでも迷惑をかけられると異常に怒るんですな。 「迷惑をかけるな」という社会からは、寛容性がなくなっていく。 その結果、どんどんと「生きづらい社会」になっていくような気がします。 なるほど。 始めから弱さを大前提とした社会であれば「助けあおう」となるということですね。 誰もが互いに弱さを認め合える社会は、多様な生き方を肯定できる社会につながっていくとさえ思えます。 お互いのダメっぷりを共有して認め合う場に 「こうあるべき」から距離を置くこと ここまで陸奥さんの取り組みをみてきて思うのは、「社会は普通こうあるべき、こうあるのが普通だろう」と思っていることから一度距離を置いて眺めてみると、人はすごくやさしくなれるんじゃないかということです。 肩肘張らないコミュニケーションでいいじゃないかと思えてきます。 ぼくは、でも、いまの社会にそない悲観してなくて、基本的には、徐々に、緩やかにやけど、ようなっていくと思ってます。 というのも、今後の日本社会は少子高齢化社会で、どんどんと経済的には没落して斜陽化していく。 高度経済成長でイケイケ押せ押せの時代は「上っていく社会」に「上っていく人生」やったと思いますが、これからはそうやない。 「当事者研究スゴロク」の「降りていく人生」のように、社会全体も「降りていく社会」になっていくやろうし、そうなれば、お互いの弱さを認め合える社会になると思ってます。 要するに社会も人間もダメになっていくから、そのぶん助け合わないとしゃあないし、そういう意味で、ようなっていくやろうと(笑) 最後に、一見全くお金になりそうにないことばかりやっている陸奥さんに、「好きなことを仕事にして生きていくには」と聞いてみました。 ぼくは「まわしよみ新聞」とか「当事者研究スゴロク」とかオープンソースで公開してますが、これも社会実験で「贈与経済の実践」でもあるんです。 まず与える。 与えられると、ありがたいと思った人は、なんらかの方法で、ぼくにお返しをしてくれます。 お金という時もあれば、仕事をくれるという時もありますし、誰かを紹介してくれるという時もある。 「円稼ぎ」はできませんが、「縁稼ぎ」にはなってるんです(笑) そうやってなんとか生きてますが…でも、なんかあったときは助けてください(笑) 「まわしよみ新聞」だけでなく本を持ち寄る「直観讀みブックマーカー」などのイベントも開催中です なるほど。 やっぱり陸奥さんは「全身オープンソース」で、その在り方も、社会実験のようですね。 コミュニティづくりや、生き方に悩んでいる方は、軽い気持ちで一度「まわしよみ新聞」や「当事者研究スゴロク」に参加してみてはどうでしょうか。 きっと、肩の荷が降りるヒントがもらえると思いますから。

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商品詳細

まわし よみ 新聞

気に入った新聞記事を切り貼りして壁新聞をつくる「まわしよみ新聞」が、学校の授業で広がりつつある。 様々なニュースに触れて社会の動きを知ることに加え、グループで取り組むことで対話が促されることがポイント。 自分の意見を伝えるとともに、相手の考えも理解するコミュニケーション力を育む効果が注目されている。 「この記事はあるといいな」「写真だけでもいいかも」。 兵庫県加古川市の県立農業高校。 切り抜いた記事のレイアウトをめぐり、意見が飛び交う。 6月、「国語表現」の選択授業であった「まわしよみ新聞」の様子だ。 同校では初の試み。 この日は3年生23人が3~4人ずつの班に分かれ、15分の「新聞まわしよみタイム」から開始。 持ち寄った新聞を読み、「とっておき」の記事や広告、写真を1人二つ探してハサミで切り抜いた。 続いて10分の「プレゼンタイム」では、班内で各自が選んだ記事を紹介し合う。 「これ、おもしろいね」とつい話が弾むが、教師からは「新聞には締め切りがあります。 時間厳守で」という指示も飛ぶ。 次は35分の「新聞編集タイム」。 縦約80センチ、横約50センチの白い紙をテーブルに広げて臨んだ。 写真を大胆に採用する班が多い。 貼った記事には「行ってみたい!」「食べたい!」と感想を書き込んで完成となった。 今度は「読者」になって各班の新聞を見て回る。 「個性的」「カラフルで見やすい」など、「投書」として意見をふせんに書いて別の紙に貼って一覧できるようにした。 竹内愛幸(あゆ)さん(18)の班は日本農業新聞の記事を貼って、「学びを生かした内容」などと注目された。 「自分が選んだ記事だけでは視野が狭いと感じた。 他の人の記事や感想が参考になった」。 笹本悠真さん(17)の班はたばこの広告を「さわやかすぎる!」と紹介して反響が相次いだ。 笹本さんは「様々なジャンルの記事を深く読んで発見があった」と話した。 沢原宏希教諭(31)は「新聞を使って対話を深め、一方通行ではなく他者と意見交換をしながら一つのものを作り上げる体験が大切だ」と話す。 6月に授業でまわしよみ新聞を実施した立命館宇治高校(京都府宇治市)の杉浦真理(しんり)教諭(54)も、「様々なメディアに触れる機会になるとともに、生徒のコミュニケーションが促される効果がある」。 まわしよみ新聞は各世代で取り組みが広がる。 兵庫県養父市の建屋小学校は6年生の総合学習で取り入れる。 記事を読み比べ、その感想を紹介し合うことで、自分と違う意見を持つ人に触れるという狙いだ。 6月の授業で、藤原璃人(りひと)君(11)は昆虫入りのハンバーガーの記事を「食べてみたい」と紹介した。 友だちからは「えー」という微妙な反応もあったが、「色々な記事があることを知った。 ニュースをしっかり見ようと思う」と話した。 関西大学(大阪府吹田市)では5月、国語の教員を目指す学生に向けた講義で実施し、23人が参加した。 実際の授業例として体験してもらう意図もあり、講師を務めた大阪府立北野高校の桝井英人教諭(55)は「学生にとっても、様々な意見や見方を知ることで、国語を教える上で必要な表現力や多角的な視点を身につけられる」と話した。 学校側から「新聞を読む子どもの数が増えた」という報告もあったという。 担当者は「グループ内で自然と役割分担が生まれるので、全員が参加できる良さがある」とみる。 こうしたまわしよみ新聞の活動は、イベント企画などを手がける陸奥賢(さとし)さん(40)が大阪市西成区の喫茶店で地元の人たちと新聞を切り貼りする「遊び」で始めたのがルーツだ。 2012年にイベントの一環で実施すると反応が良く、有志や市民団体、新聞を教育に活用するNIEに取り組む教員らを中心に広がった。 陸奥さんは「自分が興味や関心を持ったものを使うことは主体的な学びになる。 児童や生徒が主役になる実践的な教育ツールとして受け入れられている」と感じている。 広告や写真のみも可。 選んだ理由を語り、班内で記事について話し合う。 記事の脇には出典先の新聞名や簡単な感想を書き込む。

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