河合 あす な。 河合雅司

河合雅司

河合 あす な

河合 俊雄 | Toshio Kawai | 教授 | 臨床心理学 心理療法の実践を通して、そこで出会う様々なこころの問題を研究することに加え、心理療法の歴史的・文化的な背景を検討し、そこに垣間見える現代のこころのあり方を捉えることを課題としています。 フロイトによる精神分析では神経症を主な対象としてそれと密接に関係する自意識を前提としていましたが、現代の意識はそれとは異なる特徴をもつように変化しているという仮説のもとで、解離症状や発達障害、さらに身体疾患における心理療法に着目して研究しています。 また私はこれまで心理療法におけるイメージのはたらきに注目してきましたが、最近は心理療法における弁証法的な動きに興味を持っています。 方法論的には、心理療法を中心に、調査研究や文献研究も用いつつ、物語論的でない事例研究のあり方を模索しています。 E-Mail: kawai. toshio. 6c*kyoto-u. jp お手数ですがメール送信の際に、*を に変えてお送りください。 ) 著書 河合俊雄・田中康裕編『発達の非定型化と心理療法』創元社 2016 Kawai,T. (Eds. ) 2014 Analytical Psychology in a Changing World: The search for self, identity and community. Routledge, 23-41. 河合俊雄(2014)當村上春樹遇見榮格:從《1Q84》的夢物語談起. 2004(Ed. 論文 河合俊雄(2016)「世界の中での日本のユング心理学」ユング心理学研究第8巻, 13-24. 河合俊雄(2016)こころの最前線と古層(1). 究2016年9月号, 2-3. 田中美香・金山由美・河合俊雄・桑原晴子・山森路子・長谷川千紘・深尾篤嗣・窪田純久・伊藤充・宮内昭(2016)甲状腺専門病院における心理臨床. 日本甲状腺学会誌vol. 7 1 , 12-15. Kawai, T. et al. Eds. Analysis and Activism :Social and Political Contributions of Jungian Psychology. 193-199. London: Routledge. 河合俊雄 2016 「現代社会における物語」大澤真幸編『岩波講座現代6 宗教とこころの新時代』pp. 145-168, 岩波書店. Kawai, T. Big Stories and Small Stories agter a Traumatic Natural Disaster from a Psychotherapeutic Point of view. Gil, C. Hazardous Future: Disaster, representation and the assessment of risk. 2015, 95-108. 河合俊雄「河合隼雄と井筒俊彦」三田文学117月号, 2012, 242-251 河合俊雄「女のいない男たちのインターフェイスしない関係」新潮2014年7月号, 2014, 234-237. 河合俊雄「井筒俊彦とエラノス精神」『井筒俊彦 言語の根源と哲学の発生』2014, 河出書房新社 河合俊雄「『赤の書』ーユングと言葉」心理臨床の広場vol. 7, No. , 2014. 河合俊雄「ユング『赤の書』における近代意識とその超克』日本病跡学雑誌第87号, 2014, 43-50. 河合俊雄「河合隼雄との三度の再会」上廣倫理財団(編)『わが師・先人を語る 1』弘文堂, 2014, 221-258. 河合俊雄「身心分離とインターフェイスにおける身心変容技法」身心変容技法研究第4号, 2015, 45-51. Kawai, T. 深尾篤嗣・高松順太・河合俊雄・宮内昭・花房俊昭「甲状腺疾患の心身医療」心身医学53 1 ,42-49,2013. Kawai,T. , The Journal of Analytical Psychology. 57 3 , 378-389, Jun 2012. 河合俊雄 ユング再考:没後50周年を記念して『こころの科学』161号,6-10,2012 河合俊雄 ユング派分析家の訓練 精神療法,36,13-17, 2010. Kawai,T. "Union and separation in the therapy of pervasive developmental disorders and ADHD" Journal of Analytical Psychology, 54, 659—675, 2009. 河合俊雄 対人恐怖から発達障害まで:主体確立の躓きの歴史『臨床心理学』9 5 ,685-690, 2009. Kawai, T. Postmodern consciousness in psychotherapy. Journal of Analytical Psychology, 51, 437-450,2006. 編著 W. ギーゲリッヒ著,河合俊雄・田中康裕編 ギーゲリッヒ夢セミナー 創元社 2013. 河合俊雄・内田由紀子編 「ひきこもり」考 創元社 2013. 河合俊雄・田中康裕・竹中菜苗・畑中千紘 発達障害への心理療法的アプローチ 創元社 2010 谷川俊太郎・鷲田清一・河合俊雄 編『臨床家 河合隼雄』岩波書店 2009 詳細は、河合隼雄公式ホームページ、岩波書店ホームページへ 中沢新一・河合俊雄 編 思想家 河合隼雄 岩波書店 2009 翻訳 ソヌ・シャムダサーニ 監訳(河合俊雄・田中康裕・竹中菜苗・小木曽由佳訳)ユング伝記のフィクションと真相 創元社 2011. 詳細は、河合隼雄公式ホームページ、岩波書店ホームページへ 対談 中沢新一・河合俊雄「巻頭対談」『心理臨床の広場』Vol. 2-1, 1-10, 2009. シンポジウム記録 ダウン症児の絵画についてのシンポジウム記録「アール・イマキュレと芸術人類学」,河合俊雄・長谷川祐子・中沢新一, Art Anthropology 04, 15-24. , 2010. 翻訳 ソヌ・シャムダサーニ 監訳(河合俊雄・田中康裕・竹中菜苗・小木曽由佳訳)ユング伝記のフィクションと真相 創元社 2011. 詳細は、河合隼雄公式ホームページ、岩波書店ホームページへ 対談 中沢新一・河合俊雄「巻頭対談」『心理臨床の広場』Vol. 2-1, 1-10, 2009. シンポジウム記録 ダウン症児の絵画についてのシンポジウム記録「アール・イマキュレと芸術人類学」,河合俊雄・長谷川祐子・中沢新一, Art Anthropology 04, 15-24. , 2010.

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【エチ注意】河合あすなとかいう精子泥棒wwwwwwwww(画像あり)

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その後、海外へ行く機会が多くなったことでようやく日本嫌悪症は治まり、老年期に至りようやく関心を持ち始める。 しかし、だけは若いころより関心があった。 のちにの『』に特に関心を示したが、心理療法家として人間の「心の成熟」を常に考えていたため興味をそそられたと述べている [ ]。 大学卒業から米国留学まで [ ] を経て、数学科を卒業。 京都大学に籍を置き、心理学を学びつつのとして3年間勤務。 学生時代には、雅雄がの「」を読んで、「すごいショックを受け、夜眠れなかった」と言うと、「そうか?ショックなんか受けなかった。 こんな面白い本はないと思うな」と答えた。 河合はから徐々に心理学に入っていき、ロールシャッハが彼の心理学の土台を築く上で大きな役割を果たしている。 河合は約1000人にロールシャッハを施行した。 河合は、当時 UCLA の教授であり投影法に精通していたのロールシャッハに関する本を読んだ際、間違いと思われる個所を見つけ、手紙で質問した。 すると丁寧な返事が来て、河合の指摘が正しく、河合が初めてそれを指摘したと記されていた。 この手紙を契機に二人の関係が始まり、後の河合の留学先にも影響を与えた。 英語で努力を積み重ねた後、1959年にとして UCLA へ留学し、クロッパーやJ・M・シュピーゲルマンの指導を受けた。 米国ではロールシャッハに関しては教授から大きな信頼を得た。 留学期間が切れた後も助手として採用されて引き続き滞在。 ネイティブアメリカンについての共同研究を行った。 河合はでの敗北を経験しており、流のに傾倒していた。 しかし、河合はの合理的な社会制度・に触れ、自分のとしてのについて深く考えさせられたという。 クロッパーはかつてに在住していたが、の迫害を逃れて米国へ亡命した系であった。 の精神医学・心理学に精通し、ユング研究所に1年間の滞在した経験のあった彼は、河合が米国で学位を取るよりも本場ののでユング心理学を修める方がよいと判断し、河合にスイスへの留学を勧めた。 この際、河合のために推薦書を書き、河合はユング研究所から奨学金を支給されることとなった。 ユング心理学との出会い [ ] にで助教授になった後、大学の許可を得てからまでに渡り、 で日本人として初めてユング派分析家の資格を得る。 その際、C・A・マイヤー に師事した。 河合が心理療法家、なかでもユング派に属したことは、幼いころから感じていた自分自身ののに導かれてのことであったといってもいいほどで、それは意図的になされたものではなく、多くの偶然の重なりの中で、何者かによってアレンジされたかと思うほどの流れでユング派の分析家となった、と著書『』の中で語り、さらにユング派のサークルでは他派に比べ、死について語られることが多いと述べている [ ]。 帰国後、からまでで教鞭を執る。 退官後、客員研究員、所長(1995年-2001年)を歴任する。 日本文化に根ざした心理療法の模索 [ ] 河合は、欧米で修めた心理学を日本では同様に適用できないことに気づき、日本的環境や日本的心性にあった心理療法を工夫して創ることに苦心したという。 その影響からの(後に社長に就任)に勧められ「コンプレックス」を出版。 その頃、後に親交ある者のと出会う。 また、彼の著作には「母性社会日本の病理」、「中空構造日本の深層」、「日本人の心のゆくえ」、「日本人という病」、「日本文化のゆくえ」などのように、批判的かつ創造的な問題意識をもった日本文化論がある。 、大塚の紹介で研究会「都市の会」に参加し、のらと出会う。 特に親交のある中村雄二郎との対談は「トポスの知」()に収められている。 を設立し、同理事長に就任。 制度や、制度の確立に尽力し、会長も務めた。 心理療法への貢献 [ ] 1965年に河合は、スイスの心理学者が子どもやの成人のクライエントへのセラピーとして用いた Sandplay Therapy を日本へ紹介した。 最初はとに導入され、そこから徐々に日本に広がり、臨床場面で幅広く使用されるに至った。 河合は非言語的な表現が多い日本人に向いていると考えていたという。 その後、日本箱庭療法学会の設立に携わる。 また、1985年にが設立され、河合はその創設メンバーであった。 でを考案した(名誉教授)は、東京で河合の箱庭に関する発表を聞き、箱庭に枠が使用されている点に注目した。 そして、患者が箱庭の「枠」があるために、箱庭による自己表現が可能であり、治療効果があることに気づき、自身の風景構成法の「枠付け法」に応用した。 中井久夫やなどのが、箱庭療法を病院に導入したため、箱庭が教育現場だけでなく、病院臨床でも使用される契機となる。 文化庁長官就任 [ ] 1月18日より第16代長官に就任。 民間人(非官僚)の起用は、に続き17年ぶり3人目となった。 2年の任期が終了した後も、お得意の駄洒落で盛り上げる講演をするなど、文化庁の知名度向上に貢献した手腕を買われ、2度に亙って長官留任を要請され、10月31日まで3期4年余在任した。 在任期間中の2002年4月、が全国の小・中学校に配布したの副教材『』の編集に携わった。 また、にはの壁画がカビによって劣化していた事実を文化庁が隠蔽していたことが明らかになり、大問題となった。 7月から高松塚古墳壁画問題の件で国内各地で関係者に謝罪し、同年8月に公式謝罪を行った。 8月17日午前、内の私邸での発作を起こして倒れ、天理市のに搬送され緊急を受けたものの容態は回復せず、2006年11月1日に文化庁長官職を休職。 1月17日付で任期切れにて退任した。 2007年14時27分、のため天理市の天理よろづ相談所病院で死去。 79歳没。 、一般財団法人河合隼雄財団が設立され、主たる事業として「」が設けられた。 逸話 [ ]• 冗談好きで、 日本ウソツキクラブ会長を自称し、架空人物・大牟田雄三との共著もある。 「うそは常備薬、真実は劇薬」という箴言も残している。 対談・座談の名手であり、対談集や共著が多い。 また上記の山口昌男や中村雄二郎をはじめ、、、、、、、、、、、、、など交友関係は多岐に渡った。 趣味はを吹くことで、大学時代にに所属、卒業後中断。 58歳から再度フルートを習い始め、演奏会も度々開催していた。 ビジネスとは一線を画した演奏会運営のノウハウをもつ文化ボランティアによる演奏会を開こうと、文化創造を設立。 設立作業を整えた1か月後にで倒れ、本人は一度もこの組織による演奏会を聴くこと無く死去した。 家系 [ ]• 河合隼雄は7人の男兄弟の五男。 長男・仁は、次男・公は、三男・は者(元所長)、四男・迪雄は、六男・逸雄は者(元助教授)。 者の(教授)、者の(法学部教授)、者の(留学生センター教授)は息子。 の(元非常勤研究員)、の(理事)は甥。 経歴 [ ] 略歴 [ ] 現在の• - (現・)に生まれる。 兵庫県立鳳鳴高等学校(現在の)卒業• (新制工学部の前身)卒業• - 数学科卒業。 (担当)• - 4月、• - 9月、留学(、まで)• - 4月、天理大学、ユング研究所()留学(1965年1月まで)• - ユング派分析家資格取得• - 4月、天理大学• - 4月、助教授(教育心理学科 臨床心理学講座)• - 京都大学教育学部教授(教育心理学科 臨床心理学講座)• - 4月、京都大学教育学部長(1983年3月まで)• - 5月、教授併任(1990年3月まで)• - 6月、国際日本文化研究センター教授(専任 京都大学教育学部教授併任)• - 3月、京都大学名誉教授(定年退官)• - 4月、国際日本文化研究センター名誉教授、 客員研究員• - 5月、国際日本文化研究センター所長(5月まで)• - (第16代 1月まで)• - 特定非営利活動法人「文化創造」を設立• - 死去。 受章 学外における役職 [ ]• 理事長(1985年11月-1991年10月、1994年11月-1997年11月、2000年11月-2003年11月)• 日本箱庭療法学会理事長(1987年7月-1996年3月)• 国際箱庭療法学会会長(1990年8月-1995年)• 宗教法人審議会委員(1997年-2001年)• 委員(1997年-2001年)• 学術審議会委員(1994年-2000年)• 「21世紀日本の構想」懇談会座長(1999年)• 委員(2000年-2001年)• 顧問(2000年-2002年)• 特別顧問 栄典・受賞歴 [ ]• 1982年 - 『昔話と日本人の心』で。 1988年 - 『明恵 夢を生きる』で。 1992年 - 日本心理臨床学会賞受賞• 1996年 -• 1995年 -• 1998年 -• 2000年 - 顕彰• 2007年 - 著書 [ ] 単著 [ ]• 『ユング心理学入門』(、1967年)のち• 『箱庭療法入門』(、1969年)• 『臨床場面におけるロールシヤツハ法』(、1969年)• 『カウンセリングの実際問題』(誠信書房、1970年) のち改題『カウンセリングの実際』(岩波現代文庫、2009年)• 『コンプレックス』(、1971年)• 『カウンセリングと人間性』(、1975年)• 『影の現象学』(思索社、1976年)のち講談社学術文庫• 『母性社会日本の病理』(中公叢書、1976年)のち• 『無意識の構造』(、1977年)• 『新しい教育と文化の探求 カウンセラーの提言』(創元社、1978年)• 『ユングの生涯』(第三文明社 1978年)のちレグルス文庫• 『家族関係を考える』(講談社現代新書、1980年)• 『働きざかりの心理学』(、1981年)のちPHP文庫、のち• 『昔話と日本人の心』(岩波書店、1982年)のち岩波現代文庫• 『夢と昔話の深層心理』(小学館、1982年)• 『中空構造日本の深層』(中公叢書、1982年)のち文庫• 『心理療法論考』(新曜社、1986年)新版・河合俊雄編、創元社• 『宗教と科学の接点』(岩波書店、1986年)• 『子どもの宇宙』(岩波新書、1987年)• 『生と死の接点』(岩波書店、1989年)のち岩波現代文庫• 『こころの天気図』(毎日新聞社、1990年)のち三笠書房知的生き方文庫、新潮文庫• 『イメージの心理学』(、1991年)• 『とりかへばや、男と女』(、1991年)のち文庫・• 『こころの処方箋』(新潮社、1992年)のち文庫• 『心理療法序説』(岩波書店、1992年)のち岩波現代文庫• 『子どもと学校』(岩波新書、1992年)• 『対話する生と死』(潮出版社、1993年)のちだいわ文庫• 『書物との対話』(潮出版社、1993年)• 『ブックガイド心理療法 河合隼雄が読む』(日本評論社、1993年)• 『物語と人間の科学 講演集』(岩波書店、1993年) のち改題『こころの最終講義』(新潮文庫、2013年)• 『中年クライシス』(、1993年)のち文庫• 『 河合隼雄著作集』第一期(岩波書店・全14巻、1994年~1995年)• 『おはなしおはなし』(朝日新聞社、1994年)のち、文庫• 『ユング心理学と仏教』(岩波書店、1995年)のち岩波現代文庫• 『カウンセリングを考える』(創元社、1995年)• 『臨床教育学入門』(岩波書店、1995年)• 『物語とふしぎ 子どもが本に出会うとき』(岩波書店、1996年)のち岩波現代文庫• 『「人生学」ことはじめ』(講談社、1996年)• 『子どもと悪』(岩波書店、1997年)• 『対話する家族』(潮出版社、1997年)• 『河合隼雄の人生読本』(潮出版社、1997年)• 『河合隼雄のカウンセリング入門 実技指導をとおして』(創元社、1998年)• 『日本人の心のゆくえ』(岩波書店、1998年)• 『しあわせ眼鏡』(海鳴社、1998年) のち改題『河合隼雄の幸福論』(PHP研究所、2014年)• 『これからの日本』(潮出版社、1999年)• 『「日本人」という病』(潮出版社、1999年)のち静山社文庫• 『こころと人生』(創元社、1999年)• 『いじめと不登校』(潮出版社、1999年)のち新潮文庫• 『平成おとぎ話』(潮出版社、2000年) のち改題『こころとお話のゆくえ』(河出文庫、2017年)• 『おはなしの知恵』(朝日新聞社、2000年)のち文庫• 『日本文化のゆくえ』(岩波書店、2000年)のち岩波現代文庫• 『猫だましい』(新潮社、2000年)のち文庫• 『河合隼雄のカウンセリング講座』(創元社、2000年)• 『 河合隼雄著作集』第二期(岩波書店・全11巻、2001年~2004年)• 『「出会い」の不思議』(創元社、2002年)• 『より道 わき道 散歩道』(創元社、2002年)• 『ナバホへの旅 たましいの風景』(朝日新聞社、2002年)のち文庫• 『物語を生きる 今は昔、昔は今』(小学館、2002年)のち岩波現代文庫• 『心理療法入門』(岩波書店、2002年)のち岩波現代文庫• 『臨床心理学ノート』(金剛出版、2003年)• 『縦糸横糸』(新潮社、2003年)のち文庫• 『神話と日本人の心』(岩波書店、2003年)のち岩波現代文庫• 『ココロの止まり木』(朝日新聞社、2004年)のち文庫• 『深層意識への道』(岩波書店、2004年) のち改題『河合隼雄の読書人生:深層意識への道』(岩波現代文庫、2015年)• 『大人の友情』(朝日新聞社、2005年)のち、文庫• 『過保護なくして親離れはない』(五月書房、2005年)のちより復刊、2017年• 『心の扉を開く』(岩波書店、2006年) のち改題『こころの読書教室』(新潮文庫、2014年)• 『神話の心理学 現代人の生き方のヒント』(、2006年)のち岩波現代文庫• 『泣き虫ハァちゃん』(新潮社、2007年)のち文庫• 『河合隼雄のスクールカウンセリング講演録』村山正治、滝口俊子編(創元社、2008年)• 『河合隼雄のカウンセリング教室』(創元社、2009年)• 『生きたことば、動くこころ 河合隼雄語録』河合俊雄編(岩波書店、2010年)のち岩波現代文庫• 『河合隼雄のカウンセリング講話』(創元社、2012年)• 『私が語り伝えたかったこと』(河出書房新社、2014年)のち文庫• 『物語と現代』(岩波現代文庫、2017年) 対談集 [ ]• 『人間の深層にひそむもの:おとなとこどもの心理療法』(、1979年)のち新装版• 『河合隼雄全対話』全10巻(、1989年~1999年)• 『物語をものがたる 河合隼雄対談集』(、1994年)• 『こころの声を聴く 河合隼雄対話集』(、1995年)のち文庫• 『続 物語をものがたる 河合隼雄対談集』(、1997年)• 『閉ざされた心との対話 心理療法の現場から 上』(講談社、1999年)• 『心にある癒す力治る力 心理療法の現場から 下』(講談社、2000年)• 『日本人の心』(、2001年)• 『続々 物語をものがたる 河合隼雄対談集』(小学館、2002年)• 『いのちの対話』(潮出版社、2002年)• 『河合隼雄の万博茶席:しなやかウーマンと21世紀を語る』(、2005年)• 『心理療法対話』(、2008年)• 『人の心がつくりだすもの』(、2008年)• 『子ども力がいっぱい 河合隼雄が聞く「あなたが子どもだったころ」』(、2008年) 共著 [ ]• ()『フロイトとユング』(思索社、1978)のち〈講談社学術文庫〉• (、)『日本神話の思想』(、1983)• ()『トポスの知』(、1984)のち新装版 1993 、CCCメディアハウスより新・新装版 2017• (、)『むかし琵琶湖で鯨が捕れた』(潮出版社、1991)• ()『時代を読む』(潮出版社、1991)• (、、山田慶児)『洛中巻談』(潮出版社、1995)• (、安土孝、ほか)『白洲正子を読む』(、1996)• (、谷川俊太郎)『日本語と日本人の心』(岩波書店、1996)のち、現代文庫• ()『』(岩波書店、1996)のち、新潮文庫• (、谷川俊太郎)『子どもと大人:今ここに生きる子ども』(岩波書店、1997)• ()『ブッダの夢』(朝日新聞社、1998)のち文庫• ()『日本文化の新しい顔』(岩波書店、1998)• ()『子どもの本の森へ』(岩波書店、1998)• ()『生きることはすごいこと』(講談社、1998)• (杉本秀太郎、山折哲雄、山田慶児)『先端科学の現在』(潮出版社、1998)• ()『快読シェイクスピア』(新潮社、1999)のち文庫、増補版で• (、)『いま、いのちを考える』(岩波書店、1999)• (、谷川俊太郎)『家族はどこにいくのか』(岩波書店、2000)• (、)『絵本の力』(岩波書店、2001)• ()『縁は異なもの』(、2001)のち光文社知恵の森文庫• (、山折哲雄、)『宗教を知る人間を知る』(講談社、2002)• (、谷川俊太郎、池田直樹)『声の力』(岩波書店、2002)のち、現代文庫• ()『なるほどの対話』(、2002) のち新潮文庫• ()『臨床とことば 心理学と哲学のあわいに探る臨床の知』(、2003) のち改題『臨床とことば』(朝日新聞出版〈朝日文庫〉、2010)• (中沢新一)『仏教が好き! 』(朝日新聞社、2003)のち朝日文庫• (、、)『学ぶ力』(岩波書店、2004)• ()『101歳の人生を聞く』(講談社、2004)• ()『無為の力:マイナスがプラスに変わる考え方』(、2004) のち改題『「あるがまま」を受け入れる技術 何もしないことが、プラスの力を生む』(PHP研究所〈PHP文庫〉、2008)• (、)『笑いの力』(岩波書店、2005)• ()『聖地アッシジの対話:聖フランチェスコと明恵上人』(、2005)• (、山折哲雄、橋本武人)『日本の精神性と宗教』(創元社、2006)• (、谷川俊太郎)『読む力聴く力』(岩波書店、2006)のち、岩波現代文庫• ()『こころと脳の対話』(潮出版社、2008)のち新潮文庫• ()『生きるとは、自分の物語をつくること』(新潮社、2008) のち新潮文庫 英書 [ ]• Hayao Kawai,The Japanese Psyche: Major Motifs in the Fairy Tales of Japan,Spring Publications,1961• Hayao Kawai,Dreams, Myths and Fairy Tales in Japan Paperback , Daimon, 1995 のちに『日本人の心を解く 夢・神話・物語の深層へ』訳 岩波現代全書・ 2013• Hayao Kawai,The Buddhist Priest Myoe: A Life of Dreams, Lapis Press,1991• Hayao Kawai,Robert N,Bellah(共著),National Values and International Differences; Moral Visions in Japan and the U. S,(Mansfield American-Pacific Lectures), University of Montana Mansfield,1995• Kawai Hayao,The Hidden Gods in Japanese Mythology, Eranos 54-1985 Frankfurt am Main: Insel Verlag, 1987 , 397-426 独書 [ ]• Hayao Kawai, Myoes Traumchronik. Wie Myoe seine Traeume lebte, Daimon Verlag, 2001• Hayao Kawai, Harmonie im Widerspruch. Die Frau im japanischen Maerchen,Daimon Verlag, 2003• Hayao Kawai, Die Frauen um Prinz Genji. Eine japanische Geschichte voller Weisheit, Daimon Verlag, 2003 翻訳 [ ]• クロッパー,H. ディビッドソン著『ロールシャッハ・テクニック入門』ダイヤモンド社,1964• (監訳)ユング等『人間と象徴 無意識の世界』河出書房新社,1972• (藤縄昭・出井淑子共訳)アニエラ・ヤッフェ編『ユング自伝 思い出・夢・思想 1-2』みすず書房,1972-73• (監修)著『アモールとプシケー』紀伊国屋書店,1973• (皆河宗一・高橋英夫共訳)ポール・ラディン,カール・ケレーニイ,ユング著『トリックスター』晶文社,1974• (浪花博共訳)J. ヘンダーソン著『夢と神話の世界 通過儀礼の深層心理学的解明』新泉社 1974• (共訳)ユング,W. パウリ著『自然現象と心の構造 非因果的連関の原理』海鳴社,1976• (浪花博共訳)アンソニー・ストー著『ユング』岩波書店 1978,のち同時代ライブラリー、現代文庫• (共訳)イラ・プロゴフ『ユングと共時性』創元社,1987 その他 [ ]• 臨床的知の探究 : 河合隼雄教授還暦記念論文集. 上・下 責任表示 ,斎藤久美子共編 創元社 1988. 臨床家河合隼雄 ,,共編 岩波書店 2009. 9 のち現代文庫• 思想家河合隼雄 ,河合俊雄共編 岩波書店 2009. 10 のち現代文庫 CD [ ]• 新潮CD 完全原文朗読版『』(2006年、朗読:)- 談話解説CD収録• CD版 河合隼雄連続講演「こころを処方する ユングの心理学」(2010年9月、刊) 論文 [ ]• 「現象学的接近法について-ロールシャッハ法における方法論の問題」 『ロールシャッハ研究』 V 1962• 「自殺の象徴的意味について-心理療法家の観点から」 『心理学評論』 第14巻 1号 1971• 「イメージの意味と解釈」 編 『催眠シンポジアム II イメージ』 誠信書房 1971• 「面接法の意義」 ほか編 『心理学研究法 11. 面接』 東京大学出版会 1975• 「自我・羞恥・恐怖-対人恐怖の世界から」 『思想』 第611号 1975• 「精神分析的方法」 編 『心理学研究法 1. 方法論』 東京大学出版会 1976• 「Jung のタイプ論に関する研究-文献展望」 『京都大学教育学部紀要』 第28号1982• 「夫婦関係のカウンセリング」 ほかと共編 『臨床心理ケース研究 5. 』 誠信書房 1983• 「日本人の美意識」 『現代思想』 臨時増刊号 ニッポンの根っこ 青土社 1984• 「『治ること』と『治すこと』」 『季刊 精神療法』 第15巻 2号 1989• 「夢と象徴」 『臨床心理学大系 1. 臨床心理学の科学的基礎』 金子書房 1991• 「神話学」 『臨床心理学大系 15. 臨床心理学の周辺』 金子書房 1991 脚注 [ ] [] は列挙するだけでなく、などを用いてしてください。 記事のにご協力をお願いいたします。 ( 2019年5月)• 『日本心理学者事典』大泉溥 編、クレス出版、2003年、352頁。 『河合隼雄 心理療法家の誕生』(、2009年6月)• 大塚信一『河合隼雄 物語を生きる』(トランスビュー、2010年10月)• 「河合隼雄:箱庭療法」 『臨床心理学シリーズ IV. 貢献者の肖像と寄与』 現代のエスプリ別冊 至文堂 1998. 10 pp. 56 - 59• 河合隼雄『対話する生と死 ユング心理学の視点』大和書房〈だいわ文庫〉、2006年2月。 『河合隼雄を読む』(編・講談社、1998年)• 『別冊 河合隼雄 こころの処方箋を求めて』(、2001年)• 『 追悼特集 さようなら、こんにちは 河合隼雄さん』(No. 23 2008年冬号・、2008年)• 『 特集 河合隼雄 - その存在と足跡』 (Vol. 8, No. 1, 通巻第43号・、2008年1月)• 季刊『 追悼河合隼雄 河合さんと子どもの本の森へ』 (No. 12 2008年冬号・、2008年) 関連項目 [ ]• 交友のあった人物 [ ].

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河合あすな

河合 あす な

科学文明の進歩や経済的な繁栄を謳歌する一方で、「いじめ」「うつ病」「ひきこもり」等々のさまざまな心の問題が次々と噴出していた戦後日本。 そんな中、人々の悩みに寄りそい、個人の物語に耳を澄まし続けた「こころの医師」がいました。 河合隼雄 1928-2007。 日本を代表する臨床心理学者です。 河合は、私たちが見過ごしてきた「心の問題」「人間の本質」を、単なる学術的な方法を超えて、瑞々しい言葉で縦横に論じてきました。 彼の代表作「ユング心理学入門」「昔話と日本人の心」「神話と日本人の心」「ユング心理学と仏教」を読み解き、「心の本質とは何か?」「日本人の心のありようとは?」「人が再生していくには何が必要か?」といった問題をあらためて見つめなおします。 当初、河合は高校教師のかたわら大学院で心理学の勉強を続けていました。 自分が本当に学びたい臨床心理学を学ぶためには海外に行かなければならないと考えて留学した河合は、やがてユング心理学と運命的な出会いをします。 「心はなぜ病むのか」「心の根源とは何か」といった根本的な問題に対して、「普遍的無意識」「元型」「個性化」といったこれまでにない概念で新しい手がかりを与えるユング心理学に魅了された河合は、帰国後、その研究成果を駆使して、「心の問題」を抱える日本人たちに心理療法を施していきました。 その後、蓄積していった症例や夢分析などを通して日本ならではの独自の理論を構築していきます。 河合がそうやって執筆した著作の数々は、結果的に独創的な「日本人論」「生き方論」ともなっており、専門家の領域を超えて、一般の多くの人たちが「自らの心の問題と向き合うための名著」として読み継がれているのです。 それだけではありません。 河合隼雄は、培ってきた臨床経験を生かして「昔話」「童話」「神話」「仏教」などに研究領域を拡大。 それらの分野でも画期的な業績を遺しました。 それらは、西欧近代の自我意識とは全く異なる、日本人ならではの深層心理や文化の基層を鮮やかに解明してくれます。 河合の著作は、価値観がゆらぐ現代にあって、私たちが、日本の文化の「あり方」や「独自性」を見つめなおすための大きなヒントを与えてくれるのです。 番組では河合俊雄さん(京都大学・こころの未来研究センター長)を指南役として招き、河合隼雄が追究し続けた独自の心理学やその応用研究を分り易く解説。 彼の代表作に現代の視点から光を当てなおし、そこに込められた【生き方論】や【日本人論】【心を再生する知恵】など、現代の私達にも通じるメッセージを読み解いていきます。 臨床心理学者。 ) 【朗読】 要潤(俳優) 【語り】 墨屋那津子 人々の悩みに寄りそい、個人の物語に耳を澄まし続けた「こころの医師」河合隼雄は、私たちが見過ごしがちな「心の問題」「人間の本質」を、単なる学術的な方法を超えて、瑞々しい言葉で縦横に論じてきた。 「心の問題」を解決に導くには、相手を客観的に「観察」するのではなく、その問題に主体的に関わり、その人の心に起きている現象をともに生き「経験」する必要があるという河合。 それは、自然科学のように「いかに」を説明するのではなく、「なぜ」という問いを共に辿り、その人を揺り動かしている情動がおさめ心のバランスを取り戻していく過程を共に歩んでいく長い道のりだという。 第一回は、「ユング心理学入門」の前半を読み解き、「心の問題とどう寄りそえばいいのか?」や「誰もがぶつかるコンプレックスとの向きあい方」などを学んでいく。 臨床心理学者。 ) 【朗読】 要潤(俳優) 【語り】 墨屋那津子 心はなぜ病むのか? そしてどうやったら再生できるのか? 河合隼雄は、ユングが提唱した心の最も深い層にあるとされる「普遍的無意識」に注目。 それは人類に共通する基層ともいうべきものだ。 そこには「元型」と呼ばれる基本的な型のようなものがあり、それによって「影」「アニマ」「アニムス」「ペルソナ」「太母」といったイメージが、今の自分の心の状態を映し出すように生まれてくる。 そこに表現された不均衡こそが「心の病」をもたらすのだ。 主に夢の中に現れるこれらイメージをどのようにうまく統合し自己実現していくか? 第二回は、「ユング心理学入門」後半から、自分たちの内なる「イメージ」への向き合い方を読み解き、「心を再生していくために必要なこと」や「心をより豊かにしていく方法」を学んでいく。 臨床心理学者。 ) 【朗読】 要潤(俳優) 【語り】 墨屋那津子 「浦島太郎」「うぐいすの里」など日本人に古くから親しまれてきた昔話の中に、西欧近代の自我意識とは異なる日本人独特の意識が現われていることを解明した「昔話と日本人の心」。 世界の神話との比較の中で「古事記」「日本書紀」を読み解き、「中空構造」という現代の私たちも逃れない深層構造があることを明らかにした「神話と日本人の心」。 昔話や神話といった古くから伝わる物語は、いわば私たち日本人の心の深層を映し出す鏡だ。 また、昔話や神話は、私たちが生きていく上での知恵の宝庫でもある。 第二回は、昔話や神話からみえてくる、日本人の心の深層構造や生きる知恵を学んでいく。 臨床心理学者。 ) 【朗読】 要潤(俳優) 【語り】 墨屋那津子 世界トップクラスのユング心理学者を招いて行われるフェイ・レクチャーに日本人として初めて招聘された河合隼雄の講演を記録した「ユング心理学と仏教」。 臨床心理学の研究を深めるにあたって、日本人である河合がいかに仏教の力を意識するようになったかを自らの個人的経験を交えて語っている。 そこで期せずして見えてきたのは、日本における「私」のあり方。 西欧とは異なり、日本での「私」は、自他が浸透し合った流動的な存在なのである。 それは、心の治療を行う上でも新しい地平を開く新たな視点だった。 第四回は「私とは何か?」という人間にとって最も根源的な問いに仏教と臨床心理学の双方から新たな光を当てるとともに、「人間は他者とどう関わっていけばよいのか」「苦しみや悩みを乗り越えて再生していく力とは何か」を学んでいく。 河合隼雄の「幸福論」 個人的なお話になりますが、河合隼雄さんの著作は、私の人生のパートナーともいうべき存在でした。 とりわけ壁にぶつかったり、困難に直面したときに読み返し、そのたびに打開のヒントを与えてくれる存在。 実際、私の手元には「河合隼雄語録」とでもいうべき重要な言葉の抜き書きがあり、今もふとした瞬間に読み返しては、さまざまな示唆をもらっています。 この時期に、河合隼雄の著作をきちんと読み直す意義は深いのではないか。 1年くらい前からそんなことを考えはじめていました。 番組の講師を選ぶ際に大きな基準としていることが二つあります。 まずはその名著を愛し、深く読み込んでいること。 でも実はそれだけでは解説は難しい。 その名著を深く愛しながらも、距離をとって客観的な視点で読み解くことができる。 これも大事なもう一つの基準です。 愛しているだけでは、その名著への愛情告白だけに終わってしまうおそれがあります。 しかし、距離をもちすぎてしまうと、ドライな解説に終始して、逆にその名著の生き生きとした魅力が伝わらなくなる。 この絶妙なバランスが非常に難しい。 哲学者、人類学者、宗教学者、批評家……。 いずれも生前、河合隼雄さんと交流のある方々で、対談などもされ、ご本人のお人柄もよくご存知のかたがたです。 しかし、不思議にも「河合さんの本は大好きなんだけど、ご本人と距離が近すぎて、たぶんうまく語れない」と多くの方々がおっしゃるのです。 研究ジャンルは全く異なるので、個人的には、「この人だったら、客観的に語れるのでは」と思ってオファーしたので、とても意外でした。 もちろん、河合隼雄さんの長男でもあり、隼雄さんのさまざまな著作を編纂もされている俊雄さんのお名前は、私の中でも当初念頭にあったのですが、「肉親だから、距離が近すぎて語るのが難しいのではないか」という思いが強く、あえてお会いするのを避けていました。 そんな思いを抱きつつ、多くの人たちの助言に従って、一度お会いすることにしました。 そして、実際にお話してみて、懸念が払拭されました。 河合俊雄さんは、ご自身と隼雄さんとの「距離」が近すぎるからこそ、逆にきちんと「距離」をとろうと自覚的に取り組まれていることが強く伝わってきたのです。 また思わず、肉親としての思いがあふれてくるような瞬間もありました。 ただ、あくまでに冷静に、そしてできるだけ客観的に、視聴者にきちんとつながるような解説を、悩みながら真摯に模索している姿勢は、常に一貫していました。 やはり河合俊雄さんにお願いしてよかったと、収録を終えた瞬間にしみじみと思いました。 一見、心理療法家向けに書かれているような少し専門的な著作も、私たちの日常の人間関係や心との向き合い方に貴重な示唆を与えてくれます。 そして、その言葉の数々は、私たち一人ひとりがどうしたら「幸福」へ近づくことができるかというテーマにつながっています。 俊雄さんにもせっかく解説いただきながら、時間の関係でどうしても最終回にいれることができなかった一つのエピソードを紹介し、私自身の感想も交えて、河合隼雄さんの「幸福論」というものを考えてみたいと思います。 赤面恐怖でひきこもってしまった二十歳近くの青年が創った箱庭です。 砂に埋もれ顔だけ出した少年の顔が箱庭の中心にあります。 赤面恐怖を表すかのように、顔を火であぶられているその少年は、恐ろしい怪獣たちに取り囲まれています。 まさに彼が置かれている現状が如実に表現されています。 話を続ける中で、その男性は、二人の人物をその二つの世界の境界近くに置きました。 河合隼雄さんは、それを治療者の自分とクライエントであるその男性だと考えました。 そこで、「一緒にこの楽しい世界に入って行けるように努力しよう」と励まし、治療を続けたといいます。 かなり長い時間はかかりましたが、その男性は少しずつ治癒していったといいます。 中心にいたのはその男性だけではない。 この箱庭は、主客分離以前の世界なのだから、治療者である自分も一緒にその中心にいたのだ、と。 そして、同時に、この外側に置かれている楽しい世界は、むしろ、もう一方の苦しさや悲しさに満ちている中心部分によって支えられているのだと、直観したといいます。 だから治療が長引いてしまったのだと反省するのです。 実は、治療者の本来の役割は、この中心に位置を占めることではないか。 クライアントと分離しがたいほど深いレベルにおける、苦しみとかなしみの中に身を置いていると、自然に日常の世界が開けてくるのではないか。 そのような結論に至る河合隼雄さんのとらえ方に、私は深く心を揺さぶられました。 フルートは単音しか鳴らないけど、鳴らすときに常に、実際には鳴っていないその音の和音を意識していなければ決していい音色にならない。 また高い音色を出すときには、それにひっぱられるように体が上に上がってしまってはだめで、むしろ体のほうはおなかの下のほうへ下がっていき、その高い音を支えるようでなければならない。 そのように先生に指導されたという隼雄さん。 でなければ、その幸福は浅薄になってしまうというのです。 ここには、河合隼雄が長年にわたって続けた洞察の一つの結論があります。 それは、私たちが幸福を考える上で決して忘れてはならない「理」だと、私は心に刻んでいます。 最後に、河合の幸福感が凝縮したその一文を引用して、この「こぼれ話」を終わらせていただきます。 恐らく大切なのはそんな悲しみのほうなのであろう」(「河合隼雄の幸福論」より).

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