感性豊かな天才 清少納言 清少納言の底意地の悪さが見える部分ばかりご紹介してきましたが、枕草子に描かれたのは、もちろんそればかりではありません。
10備忘録説:備忘録として枕元にも置くべき草子という意味(所引註で説かれたのをはじめ、近世の・らに継承されまで広く支持された説)• 『枕草子』の執筆動機等については巻末の跋文によって推量するほかなく、それによれば執筆の動機および命名の由来は、が妹中宮定子とに当時まだ高価だったを献上したとき、「帝の方は『』を書写されたが、こちらは何を書こうか」という定子の下問を受けた清少納言が、「 枕にこそは侍らめ」(三巻本系による、なお能因本欠本は「枕にこそはし侍らめ」、能因本完本は「これ給いて枕にし侍らばや」、堺本と前田本には該当記事なし)と即答し、「ではおまえに与えよう」とそのまま紙を下賜されたと記されている。
また、定子は天皇の后という高貴な立場ではあったのものの、少し軽いところがあったようで、ちょっとした もしています。
あやしくつぶれがちなるものは、胸こそあれ。
第一類本で第1段から75段までの本文のあるものは見つかっていない。
清少納言が現代に生きていたら、きっとSNSをうまく使いこなしてたはず!そんな彼女の才能溢れる文章が詰まった本作を、ぜひ読んでみてください。 変にドキドキ縮みっぱなしなのが心臓というもの。 注釈書・研究書 [ ] 底本について注記のないものは、三巻本の本文による。
17『枕草子と徒然草を7日で制覇する』、板野博行著• 『枕草子』を書いた理由 明るく華やかな中宮だった定子 『枕草子絵詞』より 『枕草子』を執筆した直接の動機は、定子から当時貴重でなかなか手に入らない「紙」をもらったことだと前にも書きました。
冬はつとめて。
上等な本などはとても気を付けて写すのだけれど、必ずといっていいほど汚してしまうようだ。
道隆一族が衰退していく不幸の最中、崩じた定子の魂を静めるために書かれたものである。
日記章段には改稿時の作も多く、自賛談のようにみえる章段も、草稿本で獲得したものを発展させて、中宮と中宮を取り巻く人々が失意の時代にあっても、天皇の恩寵 おんちょう を受けて政治とは無縁に美と好尚の世界に生きたことを主張している。 舅に褒められる婿と、姑にかわいがられるお嫁さん。
14夏は夜。 なんてエレガントに始まる枕草子ですが、平安時代や清少納言が身近に感じられる内容もたくさん書かれています。
現代語訳 男というもの、やはり、明け方の別れ際の姿にこそ、そのセンスと真情が問われるというもの。
父や曽祖父と同様に清少納言自身も歌を詠み、中古三十六歌仙、女房三十六歌仙のひとりに選ばれました。
これは三巻本よりも本文の上で劣るとされている能因本や堺本、前田本も同様であるが、要するにいずれの系統の伝本であっても、書写の過程で本文に少なからぬ改変が加えられており、三巻本においてもそれは例外ではないということである。
結婚、離婚、再婚と波乱万丈な生活を送っていた彼女でしたが、27歳の頃に一条天皇の正妻である藤原定子(ふじわらのていし)の教育係を任されます。 昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりてわろし。 だらけるもをかし。
10「枕」は寝具の枕ではなく、「歌枕」(歌語辞典)、「枕頭 ちんとう 書」(座右の)、「枕中書」(必携)などの書物を味するようだが定説はない。 ただしこれは『枕草子』に限らず、古い時代に成立した仮名の文学作品のほとんどについて言えることであるが、現在と違って本を作るのに人の手で書き写すしかなかった時代には、作者の手から離れた作品は書写を重ねるごとに誤写誤脱が加わり、また意図的に表現や内容を書き替えるということが普通に行われていた。
豊かな感性を持つ清少納言は、鋭い視点でさまざまなものごとを観察し、まるで今その場所にいるかのような生き生きとした文章を残しています。
雁の子。
『枕草子』は、書き続けるうちにしだいに独自の文学を形成した作品であり、作品の完成度は章段ごとに異なるが、読者を強く意識して読者の驚嘆や哄笑 こうしょう を求める章段や、詩人の眼 め や心を借り、あるいは逆に、自己の世界に沈潜して自己の観察を記し、新たな美を提示しようとする章段はその到達点を示している。
『岩波古典講読シリーズ 枕草子』岩波セミナーブックス、渡辺実著 事典・資料 [ ]• 『新版 枕草子(上・下)』、石田穣二訳注• 扇・懐紙など、夕べ枕元に置いたのが自然にあちこち散らばってしまったのを探すのだが、暗いので見つからない。 同時期の女流作家には「紫式部」がいます。 第七十一段~滅多にないもの~ 原文:ありがたきもの。
冒頭文 第一段:原文 春はあけぼの。 紫式部との諍いを生んだ段 清少納言は、『源氏物語』の作者紫式部の夫の悪口を書にしたためました。
冬は早朝。
作者である清少納言が自身の宮廷生活を中心に、自然や人生、人間関係などについての体験や考えを思うままに書いています。
一条天皇のもとには他のお妃が入り、も娘を中宮にしようと、定子に嫌がらせをするようになりました。
しかし、日も昇って昼頃になると、寒さの厳しさも和らぐからか火桶の火もすっかり消えて白い灰になってしまっている、これは大変よろしくない。
すさまじきもの 第二二段:原文 すさまじきもの。
『草子』は冊子とか本という意味。
現代語訳 心がときめくもの。
『まんがで読む古典 枕草子(1, 2)』角川書店、面堂かずき著• が書写したとの奥書がある本で、宸翰本と呼ばれる。
5月が煌々と輝く満月はもちろん、新月の闇夜になら、多くの蛍が宙を飛び交う姿を存分に見ることができるのだから。 二つ三つばかりなる児の、急ぎて這ひくる道に、いと小さき塵のありけるを目ざとに見つけて、いとをかしげなる指にとらへて、大人などに見せたる、いとうつくし。
清少納言は何を思って「枕でしょう」と言ったのか。
秋の夕暮れ時、夕日が射し、空と山の境では、巣に帰ろうとする烏が3羽4羽、2羽3羽と急いで飛んで行く姿が見えるが、そこに切なさを感じる。
舅に褒めらるる壻。
細谷川。
清少納言にとって宮中での生活は雲の上とも思う優雅な世界で、尊敬できる定子に仕え、自らの才能も存分に発揮できる輝いた日々だったことでしょう。
たいそう色白な太った幼児で、二つばかりのが、二藍の薄物の長いのを着て、袖をタスキに結んで這い出して来たのも、また、丈は短いが袖ばかり目立つのを着て歩きまわるのも、みな可愛い。
カルガモの卵。
『枕草子』は清少納言が定子と出会ったからこそ成立した、定子に捧げた書物だったのです。 すごいですね!いったいどんな内容を書いたのか気になりますね! 枕草子 まずは、課題となった清少納言の「枕草子」について以下にまとめます。
道長のスパイだと疑いをかけられた清少納言は、定子の側から離れることに。
現代ではなかなかお目にかかれる光景ではなく、日常的に蛍が見られていたというのも情緒を感じるシーンです。
大きにはあらぬ殿上童の、装束きたてられて歩くも、うつくし。